俺の大好きな人

ゆーすでん

俺の大好きな人

「お姉さん、妊娠していたんだ」


いま、何て言った?姉ちゃんが妊娠?

そんな訳ない、姉ちゃんに恋人なんていない。

恋人ができたら、きっと俺に話すはず。弟の俺に。


「聞いてませんでした。恋人がいるなんて。」

「お姉さんの部屋に男性用のスウェットと下着が見つかったんだけど。」

「それ、俺のです。」

「君の?よく泊まるの?」

「たまに…、最近はお互い忙しくて会えてませんけど。」


そう、二か月前に泊まった。あの日の姉ちゃんはすごい疲れてた。

心配で、声を掛けたら大丈夫って優しく頭をなでてくれて。

晩御飯を一緒に食べて、楽しくて、愛おしくて。


「一応、指紋の採取と、DNA用の皮膚片採取お願いします。」

「え?」

「関係者の方には全員にお願いしてますので。」


事務的なやり取りに、なぜか笑いがこみ上げそうになる。

全ての採取を終えて、俺は聞いてみた。


「姉は、どんな姿で、殺されていたんですか?」


一瞬の沈黙、


「彼女の姿、見たよね?」


姉ちゃんの姿?綺麗だったよ。まるで、眠っているみたいで。

でも、体の刺し傷がすごかった。それでも、顔だけは安らかで綺麗で。

あの時は、目を見開いて俺の事だけ見てくれていた。


「やめて、なんでこんなことするの?私たちきょうだいでしょ?」

俺は、あんたが好きなんだ。血が繋がってない、戸籍上の兄弟なんて関係ない。

姉さんを、俺が幸せにするから。俺は、姉さんに俺の全部を注ぎ込んだ。

抱きしめて、幸せだったんだ。だって、やっと俺のものに。


「君がお姉さんを殺したんだね?」


目の前のじじいが俺に聞く。

何言ってる?俺は姉さんを迎えに行っただけだよ。

大好きな人をまた抱きしめるために。

抱きしめようとしたのに、姉ちゃんは、俺を突き飛ばしたんだ。


「もう来ないで、お願い。あんたは、私にとって弟なの。」


俺を見ていて欲しいのに、俺を男として見てほしいのになんで?

あんなに、抱っこしてくれて、頭も撫でてくれて、俺の初恋は姉ちゃんなんだよ?

その日は、大人しく帰ったけどやっぱり我慢できなくて部屋を飛び出した。

姉ちゃんのマンションの前で荒い息を繰り返す。


夜中に姉ちゃんの部屋のドアが開く。姉ちゃんが出てきた。

あたりを伺うようにそっと出てくると、夜の道を一人歩いていく。

俺は、そっとついていくことにした。

どこに向かうんだろう。後姿が、可愛くて抱きしめてしまいたくなる。

ふと、スマホをとった。誰かに連絡するのか?様子を伺う。

一生懸命、誰かにメッセージを送っているようだ。

たまらなくなって、俺は走り出した。


「君のお姉さん、死の直前メッセージを送っていたみたいなんだけど、誰か知ってる?」

「知りません。」

「内容も、知らない?」

「知るわけないでしょう。」


ここは取調室だ。気が付いたら、任意同行されて、ここにいる。

そこで、証拠品袋に入れられたスマホの画面を見せられた。

俺は、叫び声をあげてスマホの画面を壊そうとした。


「私は、あなたの子供を妊娠しています。あなたは私の弟です。でも、この子を堕ろすことは私にはできません。でも、貴方なら私を殺せるでしょう。

嫌がるように、全力で拒否したから。でも、あんたはわかっているのかもね。

ごめんね。つらい思いをさせて。大好きだよ。愛してる。」 

 


俺の愛しい人の最後の声を、お前らが見るのか。

声が枯れるくらい叫んで暴れまわった。姉ちゃんの言葉を見るな。

俺の愛しい人を。


あの夜、姉ちゃんは「来ないで」と呟いた。キスしようとしたら、全力で拒否されて。だから、俺はサバイバルナイフで滅多打ちにしたんだ。でも、顔だけは、刺せなかった。


姉ちゃん、俺。姉ちゃんと他人として会いたかったよ。姉ちゃんも同じでしょ?

地獄であったら、いっぱい抱きしめたい。抱きしめてね。

俺が、姉ちゃんと子供を全部愛するからね。


「君は、しばらくお姉さんに会えないよ。」


弁護士が、アクリル板の前で呟く。

会いたいよ、姉ちゃん。ただ、呟いた。|

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