第29話 幕間:前日の会談act4

 口だけの笑みにヒビが入った。

 少なくとも後藤の目にはそう見えた。


 目の前で、やや低い視線の位置。

 簡素な椅子に腰掛ける徳人という少年の年相応の顔。


 後藤の「白々しい」という発言に何一つ返さず、続く言葉を待っているのか、いや、少なくとも後藤の目には困惑に見えた。


 困惑の、顔。


 埒が開かないので話を続ける。


「お前は、魔術師という存在を嫌悪していると言ったな。それがもう既に嘘臭い。まるで、こっちが都合の良い発言をしてくれたから、それに乗っかった様な同意。ツレがレストランでメニュー頼んで「俺も同じの」って言う様な、適当っぽさを感じたんだよ、俺は……」


 そして、なんとなく癖で胸ポケットを漁るが、仕舞われていたはずのタバコが無かった。

 どの道火を起こせる100均ライターも回収されていたので、あったところで意味は無いが。


「で、俺は考えた。さして賢くもない頭でな。ただ、我ながら勘は鋭い。だから、結局これも勘の導いた推察だが……お前、これだけのことをやっておきながら、結局、自分が何をやりたいのか分かんねえんじゃねえか?」


 ここまで話しても、しかし、徳人は相変わらずのヒビの入った表情のまま何も言わず……と思ったが、やや視線を逸らした。


 だから、後藤は逆に自分が相手を責めてる様な気分になってきた。

 なってきたが状況が状況だ。

 一度ぶちまけ始めたから、最後までぶちまけ通す。

 相手の心を抉る。抉り出す。


「お前が美樹鷹を殺した理由は、やっぱり母親のためじゃねえのか。盧乃木和架は、多分、魔術師の家の異常性に馴染めなかった。具体的にどうだったのかは分からねえ。分からねえが、病死した時——」


「病死……じゃないです」


「あ?」


 急に口を開いたので、少し驚く。


「盧乃木和架はですね。母さんは自殺したんですよ……」


 その言葉は自身の感情を抑圧する様な鬱屈なる響き。

 その言葉を最後に残すと盧乃木徳人は立ち上がり、足早に部屋を去っていった。

 それに、なに一つ声をかけられなかったのは、自分で、盧乃木徳人という少年の心に踏み込み、その解体をしておきながら、それをしたという罪悪感のためか。


——我ながら人が良すぎる


 昔、「お前は人が良すぎるから長生きできないね」などと抜かして先に死んだ同僚のことをふと思い出しつつ、自分が盧乃木徳人という少年に告げようとした彼自身の本性を頭の中で反芻した。


 盧乃木徳人は底の見えない人間だ——というのが間違いで、そもそも覗ける底が無い。


 盧乃木徳人は裏の読めない人間だ——これも間違いで、そもそも読まれる裏が無い。


 空っぽの、これだけのことをしておきながら、そこになにひとつ熱意や動機のない人間。


 先の反応から見るに父親の盧乃木美樹鷹を殺したのは死んだ母の復讐である事は確信できる。


 だが、憎悪は常に目を曇らせ、おそらく、自分の父を手に掛けて、時間が経ち冷静になって、そうしてこう思ったのではないか。


——果たして、盧乃木美樹鷹は殺されるほど悪い人間だったのか、この憎悪に値するだけ悪い人間だったのか


 自分はただ、一時膨れ上がった感情のために間違えて父を手に掛けたのではないか——と。


 果たして、当時10歳の少年がそのストレスに耐えることができるだろうか。


 まあ、無理だろう。


 その証拠が「父を手に掛けたあの感触だけは覚えている」という発言。


 真実味のある嘘というのは実際に一部真実を含んでいるものだが、その真実味のある嘘で自分を騙し、魔術師という存在を嫌悪する盧乃木徳人という人物像の殻で心を守って生きてきた。


 だから、そこに何1つ動機はない。


 ただ、自分の意思で行動している様で周りに流される空っぽの復讐者。


 それが盧乃木徳人という少年の、年相応の子供としての正体。

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