第28話 幕間:前日の会談act3

 電車の走る音がけたたましく鳴り響き、その渦中で盧乃木徳人ののぎ のりひとの告げた事実。

 それは沙耶香さやか徳人のりひとが『腹違いの姉弟』であること。

 その一言で後藤は全てを理解した。

 

 当時、あの家に居た人間は盧乃木美樹鷹ののぎ みきたか盧乃木和架ののぎ わかの2人。

 徳人は彼らの間で出来た子供——とすれば

、沙耶香は別の女性の胎から生まれたことになる。


——つまり、盧乃木美樹鷹とケイン・レッシュ・マの子供


ということになる。


 逆のパターン。

 つまり徳人が美樹鷹とケイン・レッシュ・マとの子供と考えなかったのは徳人の言動から。


 加えて、それが盧乃木家で『繰り返されてきたこと』と徳人は言った。


 その意味までは分からず、話の続きを促す。


「盧乃木家で生まれた子供には、2種類いるんですよ」


 唐突に言った徳人。


「……何の話だ」


「この界隈で珍しい話でもないでしょうが——魔術師として家を継ぎ、ケイン・レッシュ・マを殺す方法を模索する子供。これは魔術師を産む母体として優れた女と作られる。そしてもう1パターン。それはケイン・レッシュ・マと作る実験台の子供」


「……」


 察しが良いのはこういう時、困る。

 気づきたくないことにも気付いてしまう。

 後藤は切に思った。


「ケイン・レッシュ・マを殺す方法を探るための実験台マウスか……」


 一方がその手を模索し、もう一方がその贄となる。その関係。

 ケイン・レッシュ・マ自身を実験台とするのもできただろうが、それだけでは効率が悪い。


 効率が悪いのだ。

 実験台が1人だけでは。


 だから複数用意したのか。


 ただの実験台ではなく、不老不死の実験台を。

 ケイン・レッシュ・マ自ら生んだ子供達を。


「……お察しの通りです。彼らはそもそも同種で繁殖できず、普通の人間と不老不死者ノスフェラトゥのハーフになりますが、不老不死の特性は有す。そして実際のところ、その実験台を殺す事には何度か成功していて、その都度、補充もされている」


——補充。補充か


「これが盧乃木家が積み重ねた歴史。ケイン・レッシュ・マの提案の元、行われた邪法。それを疑うことなく、言われるがまま繰り返した家」


 命への冒涜という意味でこれほどの事は無いか。


 徳人へのケイン・レッシュ・マという存在への嫌悪の理由が後藤には分かってきた。


 が、ここで質問を差し挟む。


「沙耶香は……扱いが違うらしいが」


「これはですね、あくまで祖父の代までやっていたこと。父が当主になってからは行われていないって話です。あの怪物が死にたがるのをやめたかららしいですが……しかし、祖父の代の所業を見過ごした罪が父にはあった……」


「……なるほどね。なるほど」


 後藤は数秒、結論をまとめるため間を置く。


「魔術師の家でやる事。旧来的とは言え珍しくは無い。珍しくは無いが、お前は……」


 徳人が言いたい事に察しが付いた。


「……お前、さては魔術師の世界にドップリ浸かっておきながら何よりそれを嫌悪しているな?」


 ということ。


「だから手始めに自分の生まれた家を滅ぼそうってのか?コレを知ったから父親を殺したのか?」


 と、朧げに見え始めた徳人という少年の輪郭。影の様にぼやけていたその有り様を徐々に捉える中——しかし、一抹の違和感。


 ただ、徳人はこの推察を


「そうです。その通りです」


 肯定した。

 ただ、この発言が後藤には——


「魔術師っていう生き物はですね。皆、平等に罪深いんですよ。この世界に浸かってそれがよく分かりました」


 その肯定は推察がピタリとハマった証拠でありながら、今度は頭の中で何かが引っかかり始めた後藤。


 何か。

 それが掴めない。


「そして、あなた。ケイン・レッシュ・マに毒されず、盧乃木家が何をおこなってきたのか、知らない。そんなあなたを殺そうとまで思わない。だから、こうして保護したというわけです」


「そりゃあ……ありがたいね」


 という皮肉を言って目の前の少年を眺める。

 相変わらず、底が見えないというか、裏が読めないと言うか。


——いや


 ここである事に気づいた。

 これもまた、推察。

 だから、その補強のために


「質問いいか?」


「……どうぞ」


 手で促される。

 徳人の表情は部屋へ入った瞬間の微笑に戻っていた。

 それがどこか嘘くさい。


「結局、お前は沙耶香をどうしたい?あいつ……死なないんだろ?」


 少し言い淀んだのはそれが、目の前で語られて、なお信じ難いから。


「別に死んでもらわなくて良いんですよ。この『咎人狩り』で、姉さんが『不老不死者ノスフェラトゥ』ということが広まったら、それだけでまともに生きることは難しくなる。それが目的です」


 後藤はその様に話す徳人の顔を見つめた。


「それで結局『咎人狩り』が失敗に終わったとしても、それでいいんです。僕だって高望みはしていません。盧乃木家に関わった者とケイン・レッシュ・マを地獄に落とせればそれで……」


「——もう良い」


 話の途中で、後藤は徳人を遮った。

 その顔は何か納得した様で、しかし、子供を諭す大人の様に上から相手を見る様に。


「徳人……お前、お前さ……」


 少し、間を置く。

 言って良いか迷ったからではなく、大人が子供に何か言い聞かせる際、どう言ったものかと考える。そんな時間。


 ただ、結局直裁的な言い方を選び、


「白々しいよ」


 そう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る