第10話 前夜 中

——時刻は19:00、咎人狩りの行われる前夜


 徳人とエイブスは部屋に各々の顔を確認。

 まずはにこやかな笑み絶やさぬ舘脇六蔵たてわき ろくぞう、そして緊張した面持ちの付き人、璃子。

 2人とも洋装で、六蔵は黒を基調としたオフィスカジュアル、璃子はワイシャツにロングスカートで固めの印象。


 対し、徳人を真顔で見つめる六波羅舞美々ろくはら まみみ

 オーバーサイズな長袖Tシャツに、首のチョーカーが目立つ地雷コーデ。

 こちらは部屋の空気にそぐわない。


「皆さん、お集まりの様で」


 徳人が早速口を開いた。


 他の部屋同様ヴィンテージ家具で統一され、ガラス製ローテーブルに、それを挟む2台のソファ。

 一方に六蔵が座り、その背後に璃子が立ち有事に備える形。

 その向かいのソファには猫背気味の六波羅舞美々が鎮座。

 その全員を視界に捉え、


「では、事前の確認といきましょうか」


 しかし、話初めで舞美々が一声制す。


「……今、出てった人ほっといて良んですか?」


 やや生意気な口調。

 権威を嫌う彼女らしい話し方。


 だが、これは六蔵と璃子も気になっていたことだ。


 事前の顔合わせ、という事で呼ばれたのは3者。

 入室順は、六蔵と璃子が2番手、六波羅舞美々が時間ギリギリに3番手だ。

 つまり初めに来た人物が居た。

 居たのだが、徳人の顔を見るなり部屋を出て行ってしまった。

 それは召集された刺客の1人。


 『ラフカン・A・ハーン』


 つい先まで舞美々の隣に腰掛け、呆然と天井を見上げていた人物。


「あの人は問題ありません。こうやって集まるのを嫌いますからね。これからする話も事前通告の確認なので、皆さん退室はご自由に……」


 そもそも、なんらかの派閥に深入りしない舘脇家、六波羅舞美々と違い、ラフカン・A・ハーンは徳人同様『悦楽の翁』率いる一派に属していた。


 であれば必要以上に顔を合わす必要もなく、いつも通り仕事をこなすだけ。

 そう思ったのだと察せる付き合いが徳人とラフカンにはあった。


「ふーん、あそう」


 とりあえず納得したらしい舞美々。

 彼女は徳人へ向けた視線をソファにもたれかかった折、正面へ戻す。


 見つめる先は六蔵、ではなくその背後の璃子。


 一目見た瞬間から、まだ少女っぽい未熟な感じとか、童顔な顔付き、妙にオドオドしてる所は諸々含めてかなりタイプ。

 こう、虐めたくなるし、引っ叩きひっぱたきたくなる。

 引っ叩いて×××××とか……

 そんな淫らみだらな妄想が捗り、この眼福に預かれただけ、わざわざ来た甲斐はあったかなぁ、なんて考え始め、しばらく居残ることを決める。


 ただ、そんな薄気味悪い視線と意図を璃子がどう受け取ったのかは理解の外。


 やや引き攣った表情で、璃子はそれを受けて、


(気持ち悪い……)


 と思うが、それを切り出す勇気はない。

 六蔵主人の手前、勝手に発言してはならぬ体面もあった。


 だからかは本人のみ知る事だが、六蔵が胡乱うろんげな視線を少しだけ、六波羅舞美々へ向けて、それは瞬きの様に一瞬で、それだけ終えると彼は


「そろそろ、始めて良いと思いますよ」


 と、徳人に開始を促す。


◆◆◆◆


○咎人狩り 総則

1.この処罰における罪人に指定された者は全ての魔術師から命を狙われるものと心得よ


2.罪人は1ヶ月間の生存、あるいは主催者兼監督役の死をもってその罪が許される


3.主催者兼監督役は罪人の到達できる場所に居を構え、その所在を公にしなければならない。必要以上にその所在から離れてはならない


4.罪人に手を貸した者もまた、罪人と同様に扱われる


5.咎人狩り施行中における『老人』の介入を禁ずる


6.以下5名の名において1~5の規則が遵守されることを命ずる。

アハト・アハト・オーグメント

寧楽楪ねいらくちゃ・ドップマン

山田 鈴廣すずひろ

アスィーラ

エゴール・ルキーニシュナ・プーシキン


◆◆◆◆


「——以上が、咎人狩り総則です。つまり、5人の翁によってこの規則は保証され……」


「質問いっすか?」


 軽く手を挙げ、舞美々が徳人に聞く。

 六蔵と璃子は過去に行われた咎人狩りのあらまし含め、関すること全て頭に叩き込み、この時点で質問は無い。


「どうぞ」


「じゃ、遠慮なく。規則の2番目、大丈夫なんですよね?」


「と、言いますと?」


「いや、監督役が途中で死んで全部オジャンとか嫌ですよ。アタシは」


 何とも無礼な質問だった。

 つまり、六波羅舞美々は盧乃木徳人の自衛能力を疑ってるわけだ。

 だが、そんなことはつゆ知らぬと、あくまで自分の興味を押し通す舞美々。


「その点は信用していただくしか無いですね」


 徳人は微笑で答える。

 どうにも人を安心させる様な声音を含み、

 だが、舞美々は納得しなかった。


「そもそも、規則の3も変じゃ無いですか?なんか罪人を裁く規則の割に罪人に甘いってか」


 舞美々は語調が少し荒くなる。


「それは、咎人狩り成立の起源が関わります。これは『伝統派』の決闘裁判を元にしている。だから、ある程度罪人に対抗の余地があるよう平等にしつつ、主催者にリスクを負わせ、簡単に開催できないようにする意図がありますので……」


 ここで徳人が言った「主催者のリスク」とは、1ヶ月の間、「主催者兼監督役は居所を明かさねばならない」ということだが、それは「罪人に殺されるかもしれないから」では無い。


 そもそも咎人狩りを主催できる高等魔術師は派閥の内外問わず敵が多い。

 そのため咎人狩りの最中、主催者兼監督役が暗殺された例は過去に数件あった。


 そもそも何者かを葬り去る刑罰は魔術師の世界で政敵の暗殺に使われることが多く、だが、『咎人狩り』が『処刑』より気軽にその手に使われては元も子もないので、開催のリスクを引き上げた。

 処刑より施行のハードルが低く、リスクは高い。

 咎人狩りはそんな立ち位置。


そこまで背景を理解したかはともかく、一応納得したようで舞美々は


「ふーん……」


と、唸りそれ以上口を開くことはなかった。


 それ以降は特に疑問も挟まれなかったのでスムーズに話は進む。


「各々、討ち手としてやり方をこちらから指示、制限を科すことはいたしません。協力していただいても、バラバラに動いて自分の管理するコミュニティの人間を使っていただいても結構。隠蔽はこちらが責任を持って行います」


「また、報酬については事前に通告されていた物を支払いましょう」


「そして今回の咎人狩りにおける罪人ですが……」


◆◆◆◆


「気に食わないな」


 20分ばかしで一通り話を聞き終え、部屋を出た矢先の六蔵の発言がこれだ。

 背後から廊下を付いてくる璃子はその突然の言い草に、驚き半分で疑問を浮かべる。


「何が……ですか?」


 璃子には、とんと思い至らぬ。

 立ち場上仕方ないことだが、ああいった他の魔術師との腹の探り合いの場面に立ち会ったことがまるで無い。

 経験が足りないので察しがつかない。


 だが、その様な経験を積んだ六蔵にとって何か思うところがあるのか、と思い至った璃子はそう尋ねた。


「……いや、続きはビルを出てから話そう」


 それだけ話し、2人は年代物カーペットの敷かれた廊下を歩む。

 ちなみに廊下にはこの2人だけ。

 主催者兼監督役の盧乃木徳人と、その付き人エイブスはまだ部屋に残っていたし、六波羅舞美々はそもそも話の途中で飽き、欠伸を噛み殺しながら10分前に部屋を出た。


 結局最後までキチンと聞いたのは六蔵と璃子だけという始末。


 わざわざ最後まで聞いた六蔵の目的は、『咎人狩り』の通達を読んだ時点で感じた違和を確信に変えるため。


 そしてエレベーターで降り、ビルを出た2人は近くにあったコーヒーチェーン店に入る。

 それほど堅苦しく無く、しかし洒落しゃれていながら客層を広く保てる内装。

 店内は夜にも関わらず、仕事終わりの社会人がちらほら席を埋めていた。


 そんな中で六蔵はドリップコーヒーを、璃子は「苦くなくて、牛乳の入ってない物」と曖昧な注文をした挙句、勧められたカスタムを入れたソイラテを受け取り、適当に2人で向き合い座れる席に落ち着いく。


 そうして璃子は少しホッとする。


「緊張した?」


 先の顔合わせもそうだが、璃子が舘脇の家から出たのが1週間前。そして、自由に外をうろつくのは初めてだった。

 六蔵はその疲れを気遣う。


「はい……まだ出歩くのに慣れてなくて。それにこの服も、六蔵様自ら選んでいただいたみたいで……」


「いいよいいよ。よく似合ってる」


「……その、えっと、ありがとうございます」


 やや早口で礼を述べた璃子を見つつ六蔵はマグカップのコーヒーを口に含む。それを見て璃子も恐る恐るソイラテに口を付け、


(甘い……)


 甘すぎると言って過言ではない。

 そもそも舘脇家では、和食しか食べてこなかった璃子だ。だから、乳製品は全般的に匂いが駄目だったし、菓子類も普段から食べることはないので、外界の食べ物は何にせよ璃子の味覚と嗅覚に刺激が強かった。


 一方六蔵は昔からありとあらゆる手を使い外に出ていたので、この手のものには慣れている。


 そんな彼を見つつ、璃子は舘脇の家に帰った時、味覚がちゃんと働くかどうか心配になった。


(そうだ……ちゃんと六蔵様が無事帰られる様に……)


 改めて璃子は決意を固めた。

 そして、


「あの……」


「ん?ああ、そうそう。ビルでの話の続きだったね」


「……はい」


 本当は改めて固めた決意を述べようと思ったのだが、否定できず相槌を打つ。


「うん、監視も無いみたいだし。そろそろいいか」


——監視はない


 舘脇六蔵という有数の才と実力を持つ魔術師が言うのであれば、それは確実だ。


 いわゆる『第六感』というやつで六蔵は周囲の異物を気取る。

 この界隈における『第六感』とは単なる直感では無く、むしろ霊感。

 魔術的な知覚のことを指し、舘脇の血を継ぐ者なら、雑踏の中周囲50メートルの人間の数をピタリと当てたり、敵意を気取る程度訳もない。

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