⑫義兄の実の父親とは

「実のお父様? あ、でも向こうの人達はそのことは何も言わなかったけど」


 父親が誰であるとは関係なく、ともかく共に育てたという話は聞いた。


「そう、向こうの人達には別にどうでもいいことだから特に調べもしなかったのよね。調べようと思えば、当時はもっと簡単だったはずなのに」

「あ」


 そうか。

 どうでもいいことなら、確かに調べる必要が無い。

 調べてどう、ということが向こうには無いのだ。

 分かったところで何をする訳でもない。

 父親が分からない子供も皆一緒に育てる習慣の場所では、重要なことでは無かったのだ。


「じゃあお姉様はどうして」

「私には知っておきたいことではあったから。いつか役立つかもしれないでしょう? そして結婚してしまったら、わざわざ調べに行くこともできないじゃない。毎日に追われることは目に見えていたし」

「それは――確かにそうだけど」


 北東に調べに行った際には結構な日数がかかった。

 もし調べ物があるとしたら、行き帰りだけではない。

 私は身軽だが、一度奥様になってしまったらそうはいかないのだ。


「それに情報はできるだけ早く手に入れた方が勝ちだしね。まあ、オネストがわざわざ調べるとは思っていなかったけど」

「そう?」

「そうよ。まずあのひとは自分の父親に何かしらの夢を抱いていたこと。母親に関してもそうだったし。更に正体が分からない父親なら、もっと夢を見られるじゃない。極端なことを言えば、旅人をやっている皇子の一人だと思い込むこともできるでしょう?」

「……前例がありますからね……」


 そう、この帝国では皇帝にならなかった皇子皇女というのは、さして価値がある訳ではない。

 特に選定レースへの出場を辞退した皇子皇女は早めに自分の立ち位置を決めてできるだけひっそり暮らす道を選ぶ。

 その道の一つに「旅人」もしくは「旅行者」というものがある。

 これはかなりの皇子が選ぶ道で、単身帝国のあちこちを巡っては詳細な旅行記を送る義務を課せられるものだった。

 その皇子達が立ち寄った際に地方の女と何かしらあって…… というのは、まあ確かに前例があるのだ。

 ただし、だからと言って皇族になるとかそんなことは無いのだが。

 それでもその血が入るということにロマンを感じる層はそれなりにある様で。

 また「父親が分からない子」の夢の一つにもされるものだ。


「でもまあ、夢は夢よ。だから現実をしっかり把握しておこうと思ったの」

「で、どんな人か分かったんですか?」


 おそらくその後は自分で調べたというよりは、名前と住所からそれなりの業者に依頼したのだろう。

 調べる内容が多くなければ、当時のお姉様でも支払える報酬だったろう。


「ええ。南の商家の後継ぎだった男。出奔した時点で、既に妻も子も居たの」

「あらら」

「男が出奔した後、残された母子は大変だったそうよ。一応働き手だった息子は取引先に支払う金を持って行く際に行方知らずになったんですって」

「え! それって」

「犯罪とまでは言わないのよね。自分の家の金ではあるし。ただそれで取引先との関係に亀裂が入って、以来、事業ががたがたになったんですって」

「何と」

「そこをふんばったのが、残された妻だったそうよ。ともかく跡取りである息子のためにと。でもそこに不幸が続いてね。家業が持ち直しそうになったところで、南の風土病でその息子以外皆どんどんやられてしまったそう」

「何それ、ふんだり蹴ったりじゃない」

「そう。その息子はその後親戚の手も借りて、家財その他全部処分してほとんど身一つで東南の方へ向かったそうよ」

「それは大変…… ん?」


 何か私は何処かで似た話を聞いたことがある気がする。


「お姉様、まさか……」

「まあそうやって調べたことは、私にとっての武器になるから。で、話の時間を戻すけど、あの後私がちょいちょい実家に戻ってきたでしょう?」

「ええ。その時に留守番を任せたって」

「そう、まずそこであのひと達何でおかしいのかって思わないのか、よね」


 ああそうか。

 あれは二人をより接近させるための一手だったのか。

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