⑪北東の役場でお姉様は何を探したか

「案の定オネストはグレヤードさんの葬儀から戻ってきてからも何処か上の空。まあその時はそれでもすぐに元に戻ったんだけどね。けどカイエが北東に馴染めずに帝都に戻ってきてしまった」

「それも予想していた?」

「無論よ。そもそもカイエは帝都近郊生まれ帝都育ちみたいなものでしょ。あちらの生活は確かに情に厚いのよね。だけど商家生まれに加えて、お嬢さん育ち。それに勤めに出たところも行きずりの人に愛想良くする様なところでしょう? そしてそれに性が合っていた。そういうひとに向こうの距離の無い関係は難しいのよね」

「ああ……」


 確かに距離感は薄かった。

 私はあそこに長期滞在しても面白いかな、とは思った。

 だがそれはそもそも私という人間が、基本的に誰とも無意識に距離を置くことに慣れているからだ。

 悪く言えば、向こうの人々とは別物だと考えているから仲良くできるのだ。

 長期滞在でもあくまで旅人。お客様。

 だがカイエ様はきっと向こうでそう扱われなかっただろう。

 兄嫁と言えば向こうの人々には否応なく家族なのだ。

 おそらく向こうの人々は裏も無く親切だったのだろう。

 だがカイエ様にはその距離感が駄目だったのだ。


「それに向こうのお義父様がまるで会ってくれないとこぼしていたわ。まあそれもそうよね。お義父様からしてみれば、若くして亡くなった娘と何処か似ているんですもの。情に厚いからこそなかなか顔を合わせづらかったんでしょうね」

「ああ……」


 写真を見せてもらった時のことを思い出す。


「……でもお姉様、向こうの様子をよく知っているのね」

「ああ、ちょっと調べたいことがあったから、結婚前に訪ねていったことがあったのよ。オネストには内緒でね」

「内緒…… 一人で?」

「さすがに貴女じゃあるまいし。結婚相手の実家を訪問して挨拶しておきたいとお父様に言ったら、エルダとその旦那さんを一緒につけてくれたわ」


 さすがだ。


「でも何を調べに行ったの?」

「貴女この間行った時に、高速馬車で行ったでしょう? 途中の駅で入領手続きをしなかった?」

「……え? ああ、したわね。それが?」

「北東も領都に横断鉄道を使って行く程度なら特にそういうことはないの。だけどあの辺りの出入りには記録が取られるのよ」

「え?」

「あそこは後で開発された地域だし、帝都からの馬車が直行できる最初のそれなりの大きさを持った町なのよね。ただそれだけに、帝都から逃れた犯罪者とかが立ち寄る場所になりやすいの」

「え、それは初耳……」

「その辺りは貴女の先輩がよく知っていると思うわ。私達の帝国は版図が広くて色んな土地があるでしょ。領都とかだったら、それなりに自警組織が昔からあるけれど、生活できるところを広げていく中でできた新しい場所というのはそういうものが薄いのね。だからあの町だけではなく、帝国全土のあちこちに入領の際に身分証の提示と登録が必要な場所があるのよ。あそこはたまたまそういうところだったのね。そういうところだと気付いたから、私はあえてそこの役場に行ってみたの」

「役場」

「その記録が保管されているからね。長い間の。まあいちいち確認する人も居ないだろうけど。そして別に秘密でも何でもないから、それこそ身分証がきっちりあるなら、またそこに自分の名前と身分とか記録すれば見せてくれるというわけ。まああれよ。帝都中央図書館の閉架図書の閲覧程度の感覚よね」

「ああ!」


 それならよく分かる。

 だが理由自体は私にはまだ解らなかった。


「貴女にしては察しが本当に悪いわね」

「……私はお姉様ほどそういうことに頭は回らないんですよ」


 微妙に嫌味をこめて私は言った。

 お姉様はそれには気付かぬ素振りで。


「出してきた側は何だ何だという顔をしたけどね。ちなみに私が調べたのは、その頃から22~25年前あたりの記録。と言っても、よそ者が滞在目的で来ること自体があまり無い地域だから、見つけるのはそう難しくなかったわ」

「だから一体何を見つけようとしたの」

「オネストの実のお父様よ」

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