仮の彼氏は料理をすることを認めません

 そんな行動を見た紗夜は首を傾げ、内釜を指さしながら口を開いた。


「それなに?」

「「「え?」」」


 驚いたのは勇だけではなかった。椅子に座って2人の様子を見ていた千咲と匠海までもが驚き、見開いた目で紗夜を見やった。


「お前……これ見たことないのか?」

「うん。うちでも見たことないよ?」

「いやいや姉さん?うちにもあるよ?」

「うっそだ。見たことない」

「……匠海。家で星澤さんになに作らせたの?」


 本当に見たことが無さそうにキョトンと首を傾げる紗夜のことはほっとき、いつも一緒にいる弟の匠海に視線が集まる。

 15年も生きていたら内釜――名前は知らなくとも見たことはあるだろうと思っている勇と千咲は家族に問題があるのじゃないかと睨んでいた。


「インスタントラーメンだね……」

「インスタントラーメン!?それで二度と作らなくていいのって言ったの!?」

「いやだって、沸騰しても火止めようとしないし、泡吹き出してんのに『これが良いの』とか言って火止めようとしないし、なぜか包丁使いたがるし……」

「めっちゃその話気になる……!けど!それよりも今は内釜のことよね」


 なんとか情動を食いしばり、今話題に出ている内釜のことを聞くべく続けて言葉を口にする千咲。


「洗い物はしてないの?」

「してるけど、器具とかの場所は教えてないから内釜とかお玉とかは俺が洗ってるな」

「理由それじゃん……料理しないし洗い物でも見ないならそりゃどこで見るってなるよね……」

「ごめんお兄さん……完全に俺のせいだ……」


 頭を下げる匠海と、そうだそうだと言わんばかりに頷く千咲。そんな匠海に対して首を横に振る勇はチラッと千咲を睨みつけて匠海に言葉を返した。


「全然大丈夫だよ。今日は俺ができる限り教えるから」


 勇の優しさに感情的になった匠海は両手を顔の前で合わせて縋るようにお礼の言葉を次々に並べ始める。


「ありがとうございますお兄さん!どうか姉さんをよろしくおねがいします」

「おーけー。怪我させない辺りで手伝わせとくわ」

「本当に任せました!」


 男の約束を交わした勇と匠海を不思議そうに見守っていた紗夜は小首を傾げて勇に問う。


「私がどうしたの?」

「怪我はさせないよって話。とりあえずやるぞ」

「はーい」


 特に気にはしていなかったのか、紗夜は楽しげに返事をすると勇が道具を出している間に手を洗い出す。

(流石に手を洗うという動作はするか……)

 変な心配をしていたが、手を洗うことに感心した勇は温かい眼差しを紗夜に送った。


「な、なによ。変なことはしてないでしょ?」

「感心してただけ。ちゃんと手を洗えるんだなって」

「……私をなんだと思ってるのよ……」

「自意識過剰の女」

「それはあなたもでしょ?」

「お前ほどじゃない。手洗えたなら米を研いでくれ」


 料理中に口喧嘩をすると危うく怪我をしかねないと思った勇は強引に内容を変更させ、手を洗い終えた紗夜を確認して指示を出した。

 だが、頭上にクエスチョンマークを浮かべる紗夜は首を傾げて勇の目を見つめだす。そんな紗夜の姿を見返す勇もなにを思ってるのか分からずに首を傾げる。


「米を研ぐって?」


 紗夜の質問に思わずデコを指を押し当てる勇はうねりだしてしまう。

(うっそだろ?いや、家で米を研いだことないならわからないのも無理ないのか?いやいや。いやいやいやいや)

 脳が混乱して頭の中はいやいや、という言葉に埋め尽くされる。そんな勇なんて知らない紗夜は、どういう意味か知るために勇を更に問い詰める。


「ねね。米を研ぐってなに?まずこれってどうやって使うの?包丁は使わないの?私包丁使いたい。あれ楽しそうだからやってみたい」


(ああぁぁああぁ!!)

 混乱が爆発したのか、脳内で叫びを上げる勇はガシッと紗夜の肩を掴み、紗夜の体を回れ右させるとそのまま押しながらリビングの方へ向かっていだす。

 そしてソファーの前に着くとまたもや回れ右をさせ、勇の方に紗夜を向かせると、そっと肩を押し出して強引に腰を下ろさせる。

 ボフッという音と一緒に座り込んだそんな紗夜はなにが起こったか理解できていない表情を浮かべ、未だに自分の肩を持つ勇の顔を覗き込むと、若干声を荒らげた勇が匠海の方を振り向いた。


「ごめん匠海くん!無理だ!コイツにはまだ料理というのがハードルが高すぎた!今回は俺一人で作る!ちゃんとハヤシライスは作るから安心してほしい!」


 突然勇にそんな事を言われた匠海は驚く――ことなどなく、察した眼差しを勇とその下にいる紗夜に向けて小さく頷く。


「本当すみません、うちの姉が。家でちゃんと教えておきます」

「え?なんのこと?私も料理したい」


 なにが起こったのか未だに理解できていない紗夜は純粋な表情で勇と匠海の顔を交互に見やりながらそう呟いた。

 紗夜の純粋な顔に一瞬心が動かされる勇だったが、こんな状態の人間と料理をすれば最悪指が飛ぶと思い、心を鬼にして紗夜に口を開いた。


「ほんとすまん。その純粋な心を貶すわけではないが、お前では料理なんて無理だ。分かってくれ。ちゃんと家で練習してから一緒に料理しような」


 極自然に次回は一緒に料理しようと約束をしようとする勇だったが、勇の言葉を聞いた紗夜は今まで見たことないほど目を見開き、かと思えば頬を膨らませてふいっとそっぽを向く。


「私だってできるもん。なんでできないって決めつけるの。料理ぐらいできるし。あなたの方が下手だもん」


(子供かよって言いたいところだが、今言ったら更に拗ねるよなぁ……)

 どうしたもんかと頭を悩ます勇はとりあえず肩から手を離し、紗夜の隣に腰を下ろす。


「なんと言うか、あれだよ。人間には得意不得意があるんだよ。顔が良い代わりに料理ができないとかさ」

「そんなの言ったらあなたは顔良いのに料理できるじゃん」

「それは……たしかに……」

「ほら。否定できないじゃん」


 先程までの元気はどこへ行ってしまったのか、ますます機嫌を悪くさせてしまう紗夜に、勇は頭を悩ませてしまう。

(どう言えば良いんだよこれ……。そこら辺の女なら適当に頭撫でながら優しく微笑んで慰めれば一瞬で立ち直るが、こいつはそうも行かねぇよなぁ……)

 うねりを上げる勇の隣では、そっぽを向く紗夜が自分の頭の中だけで勇にとある提案を出していた。

(私の頭を撫でながら慰めればいいじゃん。一応彼氏なんだしそれぐらいのことやったら?私のことを貶しておいてそんなこともしないんだ。ふーん)

 気づかないところですれ違いが起きていたことなんて知る由もない2人は顔を合わせることもなく、このままではご飯の時間が遅くなると思った勇が立ち上がる。


「とりあえず、すまん。今回は俺が作るから素直に座っててほしい」


 どうしたら良いのかわからない勇は頭をさげ、


「勝手にしたら良いじゃん。私なんていらないんでしょ?」


 相も変わらずそっぽを向く紗夜は勇のことなど許すわけもなく、頭を下げていることにも気づかずに冷たい言葉を並べた。

 結局解決策が分からずじまいに終わってしまい、地獄化したこの雰囲気では1人だけニヤつきの笑みを浮かべる者がいた。


「いいね〜。私ああいうの好きなんだよね。カップルが喧嘩するのってなんか良くない?」

「……俺には全くわからんよその気持ち。見ててかなりめんどくさいもん」

「それが良いんだよ匠海くんやい」

「……やっぱりわからんなぁ……」


 千咲の分かりかねない発言に首を傾げる匠海は冷たい目を姉である紗夜に向けていた。

(料理できなかったのは俺のせいだけど、そこまで拗ねなくても……)

 姉の姿に若干の失望を見せる匠海とは裏腹に、良いねと思う千咲は相変わらず匠海の影でニヤつきの笑みを浮かべていた。

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