料理下手な仮の彼女

「ねね!なにすればいい?」

「ほら、勇呼んでるよ?」

「……俺、調子悪い気がする」

「気のせいだから。星澤さん1人で料理させたら、怪我するかもしれないから早く言ってあげて?」

「……はい」


 自分の感情が変わりだすことを体調不良だと千咲に訴える勇だが、勝手に冷蔵庫を見始める紗夜と強引に背中を押される千咲によってキッチンに向かうことになる。


「勝手に冷蔵庫見るな」


 コテッと頭を優しく叩くと「いだっ」と大げさに頭を抑える紗夜は腰をかがめながら勇を上目遣いに眺める。


「冷蔵庫は家の中でも1番デリケートと言っても過言じゃない場所なんだからな?」

「なんで冷蔵庫がデリケートなの?」

「理由聞くな。今回は俺の優しい心に免じて許してやるが、次はないと思えよ」

「…………人の頭叩く人がなに言ってるの」

「わざと聞こえるように言うな」


 頭を抑えたままそっぽを向いた紗夜は、決して小声ではない声で勇に聞こえるように呟いた。無論、聞こえていた勇はツッコミ待ちである紗夜に言葉を返し、今回は頭を叩くことはなかったが、優しく背中を押す。


「それで、やることを伝えるんだったな。お前、なにができるんだ?」


 勇の質問とツッコミをされて満足した紗夜は顎に指を当て、んーと自分がなにができるのかを思い出す。


「全部できるよ?」

「……絶対ウソだろ」

「ほんとだって!匠海に『上手すぎるからもう二度と料理しなくていいよ』って言われたぐらいだもん!」

「………………………………そ…………っか…………」


 紗夜の純粋な気持ちに水を差す事もできない勇は匠海をジッと睨み、1つ溜め息をつく。


「え、なに?私、変なこと言ったかな」

「いや、別に変なことは言ってないよ。可哀想だなと思っただけ」

「だよね。二度と料理しないでいいよは流石に私を褒め過ぎだよね。料理が上手なのは知ってるけどそんな褒めなくてもね」

「…………お前ポジティブで良いな」

「ありがと〜。匠海にもよく言われる」

「そっすか……」

「うん〜」


 あまりにも純粋さに眉間を指で抑える勇は悲しさもあり、これからの心配もしていた。

(終わったぁあ……!こいつ、絶対料理できないやつじゃん。実質俺一人でハヤシライス作ることになるじゃん)


「カレーにしとけばよかったぁ……!」


 思わず、心の中だけでとどめておこうとしていた言葉が口からこぼれ、台所の前で左右に体を振っていた紗夜の動きがピタッと止まった。


「え?カレーにしとけばよかったってどういうこと?」

「……いや、別に深い意味じゃないけど……」

「けど?」

「……朝、次は私が作ってあげるって言ったじゃん?それで、なら今回は俺の好物であるカレー作ってもらえばよかったなぁ〜って意味でして……」


 探り探りに言葉を口から出していく勇の言い訳はかなり完成度が高く、目を泳がしていたのにも関わらず嘘だということがバレることはなかった。


「あ〜確かに。なら私1人でカレー作ろっか?」

「いややめとく。器具の場所とかわからないだろうから今回はハヤシライスで我慢しとく」


 即答だった。紗夜が提案を持ちかけたときには勇の口は開いており、紗夜が言い終わると同時に言葉を発した勇は冷蔵庫から食材を取り出しながら、またもや言い訳を並べた。


「それもそっか。ならハヤシライス頑張っちゃお〜」

「……今回は大変になりそうだな」


 紗夜には聞こえない声でそう呟いた勇は食材を台所に置き、米を炊くために内釜を取り出す。

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