さよなら望月商店

そうざ

Goodbye Mochizuki's Store

 その日、久し振りに隣町の駄菓子屋〔望月もちづき商店〕の前を通りかかった俺は、入り口の曇りガラスに貼り出された紙を見て、あっと思った。貼り紙には弱々しい文字でこう書かれていた。

『誠に勝手ながら、望月商店は今月末を持ちまして閉店させて頂く事になりました。長らくのご愛顧、ありがとうございました』

 こっそり店内を覗くと、丁度、店主の婆さんが客の小学生と会話をしている最中だった。

「どうしてめちゃうのっ?」

「今時、こんな駄菓子屋は流行らないからねぇ」

 閑古鳥が鳴いているだろう事は、容易に想像出来た。看板は勿論、外壁や屋根や至る所に昭和の遺物と言いたくなる古めかしさが臭い立つ。唯でさえ少ない品揃えは欠品も多そうだ。

 俺が小学生の頃は、もう少し繁盛していた印象がある。学校帰りに立ち寄ると、いつも子供達の歓声と笑顔に溢れていた。やがて中学校に上がると足が遠退いた。

 ここだけの話、俺はこの店でよく万引きをしていた。開けっ広げの店内は防犯のの字も意識していない空間で、大抵は婆さんが売り場に面した座敷でテレビを観ながら店番をしていたが、奥の座敷に引っ込む瞬間は恰好の狙い目だった。

 俺としては、やり過ぎないように、と節度を持っていたつもりだ。だけど、中にはポケット一杯に飴玉やらガムやらを詰め込み、涼しい顔で店を出て行く豪傑も居た。その内に、どれだけ大胆な万引きが出来るかを競い合う連中まで現れ、俺は呆れながらもそれを見て笑っていた。

 万引きの伝統は先輩から後輩へと引き継がれ、あの店はやりたい放題という情報が広まってしまった。その事も店仕舞いに影響しているかも知れない。俺は流石にやり切れない心持ちになった。

「もう年だからねぇ」

 そう呟く婆さんが昔より小さく見えた。

 聞いたところに拠ると、俺の親が子供の頃にはもう〔望月商店〕は存在していたらしい。早くに夫を亡くした婆さんは、俺が生まれる何十年も前から一人で切り盛りして来たと言う。

 その歴史にもう直ぐ幕が下ろされてしまう。

 俺は財布の中身を確認し、思い切って入店した。婆さんは俺の顔を見て、いらっしゃい、と普通に迎えた。俺の事なんか憶えていないようだ。

 俺は、ちょっとほっとした。もし俺の顔に見覚えがあり、万引きの常習犯と認識していたとしたら――婆さんだって万引きが横行している事は百も承知で、それでも犯人を特定しようとか、怪しい奴を出入り禁止にしようとかせず、いつだって子供達を温かく招き入れてくれた。

 俺は、持ち金の全てを駄菓子に換えた。俺が〔望月商店〕にしてあげられるせめてもの謝罪と恩返しだった。

「毎度ありがとうございます」

 婆さんは昔のままの笑顔で決まり文句を言った。


 それから数ヶ月後、不意に思い出して〔望月商店〕の跡地に立ち寄った。

 そこには、アダルトショップ〔望月商店ツー〕が華々しくオープンしていた。外観は小綺麗にリフォームされ、エントランスには防犯カメラが目を光らせている。窓ガラスの隙間から、レジ前にちょこんと座っている婆さんが見えた。

 俺は心に誓った。

 ――俺が成人するまで、くたばるなよっ!――

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