世界一のステーキ(アルゼンチン)

 食べ物の味や匂いを文章で説明するほど難しいものはない、と思う。味わい、食感、香り、温度など視覚以外の五感に頼る部分が大きい。それでも書いておきたいと思うのがアルゼンチンで食べるステーキだ。


 アルゼンチン南部にはパンパと呼ばれる肥沃な土地が広がる。土に含まれる成分だかなんだかが草に良い影響を与え、それを食べて好きなだけ走り回って育つ牛はとにかく美味しい。ちなみにアルゼンチン人が一年で食べる牛肉の量は平均60kg、日本人は10kgだからその量に驚く。彼らが牛肉が主食だと言うのも頷ける。

 

 私は肉があまり得意ではない。鶏と豚は食べるが選択肢に魚があればそちらを選ぶし、牛肉(羊肉も)は滅多に買わない。牛肉でなければ出来ない料理をするときは、脂部分を落とし、酒に漬け込んだり生姜やニンニクで肉の匂いをなるべく抑えてから使う。

 

 私たちがアルゼンチンを訪れたときに必ず少なくても2回は行くレストランがある。そのレストランで食べるステーキは私が知っている牛肉とは全く別物で、まず香りが違う。素人がどこまで説明出来るがわからないが、多分あれが牛肉本来の赤身の香りなのだと思う。獣臭といえばそうなのだけど、お日様を沢山浴び美味しい草をたらふく食べた牛の匂いというのだろうか。そこに炭火で少し焦げた香ばしい香りがプラスされる。

 

 温めた真っ白い皿の真ん中に潔くドンと置かれたステーキにナイフを入れると濃いピンク色の赤身が現れる。まだ肉汁は落ちない。口に運び、歯を入れたときに初めて肉汁が溢れ出す。少しカリッとした表面から、ややウェルダン寄りのミディアムに焼かれた肉を噛むと、さくっと歯が入る。ただ柔らかいのとは違う。弾力はあるのだが、噛みきれないゴムのような弾力ではなく、例えて言うならマッシュルームのような感じだろうか。プリッとした弾力はあるがスッと噛み切れる程度の弾力だ。

 味は部位によって様々なので自分好みの部位を探すのも楽しい。牛肉初心者の私は、色々試した結果脂身の少ない300gのサーロインに落ち着いた。関西出身で牛肉上級者の旦那は真ん中に脂身の塊がある450gリブアイ、毎回これを2枚食べる。

 サーロインは味があっさりしていて上級者には物足りないようだが、初心者にとってはリブアイやテンダーロインは脂がガツンと来るので少々きつい。まあ彼曰くその脂も甘くて美味しいらしいのだが。


 初めて食べたときには「これが牛肉か」と、漫画のような台詞が出てしまった。稚拙な表現だがそれしか出てこなかった。

 なるほど、これが牛肉というものか。そりゃ虜になるよな。

 

 ちなみにアルゼンチンではどこのレストランでもステーキは大体美味しい。いくつか評判のレストランを回ったが不味いと感じたことはない。肉本来の質が良いのだと思う。だがその中でも一番旨い、と思うのがエル・ミラソルだ。焼き加減も塩の振り方も絶妙。良い肉を更に美味しいものに格上げできる匠の焼き師がいるのだろうというのが私たちの勝手な予想だ。いくつか支店はあるがレティーロ駅近く、高架下のレコバ店が私たちの中では不動のナンバーワンだ。

(直近2022年渡航)

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