第6話

 私は気を取りなおして作業を再開した。私の仕事は製品を作る途中の検査だった。

 ちょうど半分ほど組み立てた状態での検査工程。

 このあとさらに部品が組み付けられるので見えなくなる部分を検査する。傷などがないか、部品が正しい向きで付いているか、欠品はないか、いつもと違うところはないかなど。


「美里さん、ストーップ!」


 神栖くんが走ってきた。私は検査途中の製品を台車に置いた。ストップがかかったときは次の工程に流してはいけない。


「どうしたの?」


「容器の機種が間違ってた、いったん全部回収する」


 ぎょっとする、とはこういうことだろう。

 製品の回収が終わるまでは待機になる。恵ちゃんも対応に追われている。


「機種判別する装置が壊れてたらしいよ」


 雫が私のところにやってきた。


「あれ、でも確か流し始めに人の目でチェックするんだよね?」


からチェックでしょ、どうせ装置で見るんだし。壊れてたけど」


 チェックするのは作業者で、ダブルで神栖くんか恵ちゃんが確認をするシステムだった。


 誰がミスをしたかなんてのは突きとめたくないのでそこは触れないでおいた。雫も同じことを思っているようでそれ以上は言わなかった。


「で、どこで分かったの?」


「美里さんの次の検査工程。容器が違うと組付かない部品があるみたい」


「そっか、じゃあ百台くらい流れたのか」


 雫が「多分ねー」と言い、もう一人同僚が合流した。仕事の話はそこで終わり、最近オープンしたお店のパフェの話になった。

 雫ともう一人が熱くなっているので私は聞いているだけでよかったので都合がよい。


 今回の機種違い、私いつもは確認しているところだったんだよね。手順の指示書には確認する項目はないんだけど「もし機種違いが流れたら」と思って最初の一台目は自主的に確認していた。

 けれども今日は……変な嫉妬心でそれどころじゃなかった。情けなくて雫たちには言えなかった。

 手順は指示書通りの作業をしているので私に落ち度はないのだけれど……。いつも通りに仕事をしていたらもっと早く発見できたし製品をぶつけることもなかったと思う。


「美里さんどうしたの? 具合悪い?」


 雫と同僚が私を心配そうな顔で見ている。


「ううん、ちょっと考え事してて。なんでもないよ」


 私は無理に笑顔を作った。


「ねえ美里、駅前にできたケーキ屋知ってる?」


 もう一人の同僚が私に尋ねる。


「えっ知らないよ」


 雫も知らないと言い、ケーキ屋の説明が始まった。私が好きそうな内装のケーキ屋だと知り興味が沸いた。

 雫も行きたいと言い出し会話が盛り上がる。私の頭のなかは件のケーキ屋でいっぱいになっていた。

 ああ、これが「この瞬間に集中する」ってことなのかなと頭の片隅で思った。


 私のなかから、先ほどまであった後悔の念や落ち込む気持ちが消えて行った。

 ありがたい。きっと私が落ち込んでいるのを察して、私が好きそうな話題に持ってきてくれたのだと思った。遠慮なく甘えよう。


―よそ様に生かされている―


 いつだったか本で読んだ言葉。きっと今、その状態。


 話しているうちに昼休みのチャイムが鳴った。

 昼休みにSNSを見る。なるべくよい言葉を読んで、少しでも糧にしようと思った。私は少し、弱っている。名言の力を借りよう。


 自分軸で生きよう。


 どきっとした。今の私は、ある意味他力本願な状態だ。少し笑ってしまう。


 自分軸とはいえ、この身は借りもの。形は仮のもの。

 そう思ったらそんなに落ち込む必要もないんじゃないかと思えてきた。実際私のミスは製品をぶつけたことで、それは恵ちゃんと神栖くんが解決してくれたことだし。

 やっぱり生かされているんだな。



 十一月になった。寒いけれども私は休日でも早起きをしている。三文のとくというし。ニュースでは先日「立冬」だと言っていた。

 もう少ししたら初雪が降るかもしれない。

 どれくらい寒くなったのかな、朝の空気を感じようと思いベランダに出てみる。


「わぁっ」


 思わず声が出てしまった。山と陽の光のコントラストがすごい。絵画みたいにきれいだった。

 こんな色をしている光、見たことがない。憂いを含んでいる光だと思った。見ていて泣きそうになった。どうしてだろう。

 この景色、時間を知らなかったら夕方だと思うかもしれない。だからか。夕方の景色はなぜだかもの哀しい。


 これは朝の光だ。眩しい、見るというより、見えかけている。そんな気がする。

 そして私は、何かをつかみかけている。山と陽の光の美しさ。この自然の何たるかを肌で感じる。感想は、言い表せない。けれども私がこれから生きるヒントをもらった気分になる。


 生理が来た。なんだ、先日まであんなにすぐに落ち込んでいたのはPMS(月経前症候群)だったのか。うん、そのノリで、よいと思う。


 ごはんがおいしい。アイドルのダンスが楽しい。好きなバンドの新曲が難しい。一気に押し寄せる。


 もっとたくさん、色々なおいしいものを食べたい。アイドルをもっと見たい。バンドの曲を、もっと聴きたい。


 私の日常にはこんなにも楽しいことや幸せがあったのか。気づかないだけで、毎日すぐここにあったんだ。探しにいくと案外見つかるものなんだ。


 嫌なことはとりあえず、寒いこと。それだけ。楽しいことと幸せなことは確実にまだ出てくる。情報整理が追いつかないほどに、どうしたらよいのだろう。

 ひとつずつ、でよいのだ。とりあえず数えてみようかな。

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死にたい私と生きたい私 青山えむ @seenaemu

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