第2話

 昼休み、雫からお弁当の写真が送られてきた。曲げわっぱのお弁当箱だった。

 曲げわっぱは、それだけでオシャレだし美味しそうに見える。ごまをふったご飯に玉子焼き、ちくわの磯辺揚げ、冷凍のハンバーグ、かにかまのマヨネーズ和えにミニトマトがまん中に載っていた。

 確かにこれは、自信作だわ。私も食べたい。


 それに雫が作っている、というのも加点の対象だろう。きつめのスパイラルパーマでショートヘアがよく似合っているオシャレさんだ。体型もすらっとしていてミニスカートがよく似合う。こんなオシャレさんに気軽にお弁当写メを送ってもらえるなんて、ありがたいことだ。


 私のお昼ごはんは社員食堂のおにぎりとサラダだった。私は少食であると同時に、食べることも面倒くさかった。


 曲げわっぱのお弁当箱、いいなぁ。あれだとおかずが少なくてもオシャレに見えるし自分だけのために作っても自己満足度が高いかもしれない。自信作ができたらインスタにアップしてもいいかもしれない。わくわくしてきた。次の休みにさっそく曲げわっぱを見に行こうか。


 そんなことを考えていたらメールを受信した。華絵はなえからだ。


―梨食べる? 渡したいから仕事終わりに会える日教えて―


 梨がもらえるなんてラッキーだ。さっそく今日欲しい。その旨返信をした。



 私が勤める会社と華絵が勤める会社の中間に位置するコンビニ駐車場を待ち合わせ場所にした。

 私が到着した少し後に華絵が到着した。


「遅くなってごめーん」


 華絵が笑顔でこちらに向かう。遅くなんてない。私が早かったのだろう。華絵はいつでもばっちりなのだ、メイクもファッションも。仕事終わり、制服から通勤服への着替えにも余念がないことを知っている。会うのが昔からの友人の私でも、メイク直しは必須だろう。


「そんなことないよ、私が早く着いただけ」


 私は本心からの言葉を言った。朝ほど寒くなかったので、車の外で話をした。


 華絵はショートパンツにロングブーツを履いていた。さすがだ。ロングのカーディガンを羽織っていたが、ショートパンツからはみ出した足の保温にはなっていない。朝、寒くなかったのだろうか。華絵の会社は駐車場から歩いて一分以内なのを思い出した。いやそんなことを気にすること自体、野暮やぼというものかもしれない。


 華絵はすぐに梨を渡してくれた。スーパーの袋いっぱいの梨だ。十個以上ありそうだ。


「こんなにいいの?」


「うん、余ってるからもらってくれたら助かるよ」


 華絵のお姉さんの旦那さんの実家が農家で、大量に果物をもらうらしい。

 羨ましいと思ったが、りんごの時期にはうちも腐るほどもらい廃棄に困るほどになるので、そういう感じなのだろうと理解した。遠慮なく梨を頂戴する。

 それからたわいない話をする。


「私、曲げわっぱのお弁当箱買おうと思ってるんだ」


 さっき決めた旬の話題をあげる。


「あーあれ、きちんと乾かさないとカビるらしいよね」


「そうなんだ? あ、木だからか」


 知らなかった。そこまで繊細なものだったのか。曲げわっぱはお値段もけっこうする。それにカビが発生したら泣いてしまう。


「二個買ってがっつり乾かしてローテで使うとか」


 華絵の自由な発想は聞いていて清々すがすがしい。

 けれどもあの高級品を二個も買うのはさすがに躊躇ちゅうちょする。

 それに私のことだ、お弁当作り自体が長続きするかも分からない。情けないがそれが事実だ。

 ここで解決策を決めて目標に向かうなら「それをやればいい」になるのだが。


 頭のなかで天秤にかけてみる、曲げわっぱでお弁当作りと曲げわっぱの手入れ・二個買いを。


 そこまで達成したい目標でもない。目標というより「ちょっとやってみたい」だけだ。あー決定だ。こんな気持ちで高級曲げわっぱを買うわけにはいかない。


「うん、普通のお弁当箱でやってみて続きそうなら曲げわっぱを検討する」


「それがいいと思うよ」


 曲げわっぱは解決した。すっきりした私は、華絵の髪の毛に目が行く。

 ブラウンのハイライト、キューティクルに見えるロングヘア。派手な顔立ちに似合うワンレン。これで長身、スタイル抜群なんだから華絵はまさに完璧。


 先ほどからコンビニに入っていく男の人がこちらをチラチラ見ている率が高い。

 華絵を見ているのだ。美人で長身でギャル。パーカを着たおとなしそうな男子やジャケットを着ている男の人も見ていく。


「美里って白髪ある?」


「えっ、あ、ないよ」


「だよね、美里はきれいに黒髪だもんね。いいなぁ私最近増えてきちゃって」


 意外だ。完璧な華絵に白髪があるなんて。


「華絵に白髪なんて全然見えないけど」


「カラーで隠せてるって感じかな」


 華絵は自分の頭に手を当て、髪の毛に指を通してみせた。引っかかることなくスーッと指は通りきった。手入れされているのが分かる。


 華絵はきれいな黒髪と言ってくれたけれど、全然だ。

 私は洗うのが楽だからボブにしているだけだし、朝はくしを通して水をかける程度。寝癖が直ればいいという感じだ。


 華絵にならって自分の髪の毛を触ってみた。パーマはあてていないのに細かい段がついている。栄養が足りないのだろうか。


「白髪を気にするせいか最近胃の調子も悪くてさ」


 華絵はまたもや意外な発言をした。外見からは全然分からない。華絵は顔もファッションも完璧だし人を惹きつける魅力を持っている。


 そうえいば華絵の職場にはとても嫌なひとがいてストレスだと言っていた。それも原因のひとつなのだろうか。

 華絵は人当たりがよい。話題も豊富だしきれいだし、誰もが華絵と話したいと思うだろう。同時にそれをよく思わないひともいるだろう。


 それに何年か前、華絵は手術をしていたことを思い出した。

 お見舞いに行ったときの華絵は少しやせていたけれどしっかり笑顔だったし髪の毛もサラサラだった。

 辛いところは見せない、病気でも手入れをする。華絵はしっかりとギャルだった。手術をしたあとなのに、華絵は生命力に溢れていた。


 けれども私には逆にそれが不吉にも思えた。弱々しく見えるひとは、それ以上悪化はせずに現状維持をする。そうじゃないひとが実は重いものを持っていたりする。なぜかそう思っていた。


 ああ、神様に愛される人は早死にするって昔漫画で読んだ気がする。

 憎まれっ子世にはばかる、とセットなのだろうか。そうか、ここにも世の理があった。


 他人によく振る舞おう。神様に愛されたら、自然にそちら側に行けるかもしれない。

 胃薬と頭痛薬を持ち歩こう。苦しんでいるひとがいたらそっと差し出すために。少なくとも華絵には渡せるかもしれない。

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