死にたい私と生きたい私

青山えむ

第1話

 死にたい。私は、ずっと死にたい。理由は面倒くさいから。


 生きていくのは本当に面倒くさい。お金がかかるしお金を得るための仕事に耐えて、その対人関係に気を遣う。

 それが毎日だ。それが義務で作業だと思っていたのか、今まで疑問も持たずに生きてきた。


 中学のとき、同級生の親が死んだ。高校のとき、友達の兄が死んだ。十年ほど前、知り合いが事故で死んだ。四年前は父親が病気で死んだ。


 みんなお通夜で泣いていた。泣かれる人たちが死んだ。もっと生きたかった人たちばかりだった。

 もっと生きたいと思っている人たちが死んでしまう。私のように死にたいと思えば死ねない。世のことわりだ。


 死にたいと思っている人は私だけではない。そんな人に吉報。

 おいしくごはんを食べて運動をしてたくさん笑って元気に生きる、を選択すると百年くらいしたら自然死できるそうだ。


 よい案だと思った。けれども私にはそれを選択する気力がない。

 ごはんがおいしくなるように努めて運動の時間を確保して笑えるような精神状態と環境を維持する。


 考えただけで疲れてしまう。心の奥底で、私はまだ死にたいと思っている。世の理がそれを阻む。ずっとそうだった。


 よって私は、「生きたい」と思って生きることにする。

 そうすると今までの世の理に沿うと、逆の結果になるはずだ。願いは簡単には叶わないから。


 さあ、私は生きたい。とっても生きたい。生きる楽しみを作ろう。いや、見つけることから始めよう。



 さっそく憂うつな月曜日がやってきた。でも大丈夫、月曜日は漫画雑誌が発売される。人気作品がたくさん連載されている雑誌だ。私はそれを買うことにした。


 今朝はいつもより十分早起きをした。出勤前にコンビニに寄るため。

 近所のコンビニは朝のラッシュ直前だった。山積みされた漫画雑誌を買う。会社の駐車場に着いたら少しは読めるかもしれない。


 車の後部座席に雑誌を置く。新連載、と書かれていた。当然ながら全然知らない漫画家の名前だった。知らないキャラクターが笑顔でこちらを見ている。

 出社までの楽しみができた。全部は読めないだろうから、仕事後の楽しみもできた。少しの期待を持って会社に向かう。


 今日はやけに冷えると思ったら岩木山いわきさんのてっぺんが白かった。初冠雪だ。


 岩木山は県内で一番高い山だ。通勤経路で真正面になる。毎日目に入るので気にしなかったが、今朝は一目瞭然だった。


 富士山の絵はいつもてっぺんが白かったので、子どもの頃は山はそういうものだと思っていた。

 最近になり、てっぺんの白いものは雪だと知って妙に納得をした。標高が高いので雲が被っているし雪も早いんだ。


 会社の駐車場に到着したが、思ったよりも時間がぎりぎりだった。コンビニに寄っただけなのに。寄り道分と会計の時間を合わせても二分ほどだと思う。

 

 朝の二分は到着を五分遅らせるのだと知る。漫画雑誌は一ページも開かずに私は会社へ向かった。


 駐車場から会社までは歩いて三分ほどかかる。風が冷たい。三分は結構な時間だ。

 そろそろ裏起毛のアウターを着たほうがいいだろうな。まだ雪が降っていないのに厚着だとなんだか恥ずかしい気がして、私はまだパーカーを着用していた。


 寒風のなか、社員がぞろぞろと会社に吸い込まれていく。


「朝、美里みさとがいる会社にたくさん人が歩いていくのを見たよ。笑っちゃうくらいたくさんいた」


 以前友人に言われた言葉を思い出す。

 私が勤める会社は県内でも有数の大工場だ。千人単位で社員がいるはず。工場も三棟ある。もちろん社員は、知らないひとのほうが多いだろう。


 月曜日の仕事は装置の点検時間に割り当てられている。

 私の部署では家庭用電化製品を作っている。手作業でも組み立てるし装置でも作る。作業者も装置もたくさん存在する。


 この装置全てを一日がかりで点検や予防保全、清掃などをする。

 私はこの仕事が好きだった。自分のペースでやっても余裕が生まれるからだ。機械関係が弱いひとは苦手らしいけれども、私は組み立て作業のほうがよっぽど苦手だった。


 この職場は生産体制になると全てにおいて余裕がなくなる。人員も生産計画数も時間も。

 けれども点検のある月曜日だけは少しだけゆっくりできる。


「美里さん、話しかけてもいい?」


 装置の吸着部分を清掃していたら声をかけられた。同僚のしずくだった。


「いいよ」


 私は手を止めて雫と向き合う。雫は私より年下だけれども話しやすいのでお互いタメ口で会話をしている。


 雫の好きなバンドがドラマの主題歌を担当することになったと報告された。

 ドラマのタイトルを聞くと、私が好きなアイドルが主演するドラマだったので盛り上がった。

 それから色々な話をして、お弁当の話題になった。私はひらめいた。


「雫、今日のお弁当の写真あとで送ってほしいな」


「ナイスタイミング、今日は自信作なんだよね」


 お弁当をオシャレに美味しく作る。これを火曜日の楽しみにしたらどうだろう。いや、もう一日追加しようか。火曜日と木曜日の楽しみにしてみよう。

 レシピはスマホで検索すると読み切れないほど出てくるだろう。

 もちろん検索語句は「ずぼら」、「手抜き」を追加する。


「雫は毎日お弁当作ってすごいね」


「ときどき彼氏にも作るんで、ちょっと頑張っちゃうわけですよ」


 そうか、相手がいると張り合いも出るわけですね。

 彼氏にお弁当を作る、なかなかのパワーワードではないか。少し嫉妬したかもしれない。


 しかし何に嫉妬したのだろうか? 私にはいない、彼氏がいるという状況にだろうか。

 嫉妬はきりがない。正確に把握することが対応への一歩だと思っている。


 雫が誰かに呼ばれて立ち去った。正直助かったと思った。嫉妬を含んだ私は、うまく表情を保てる自信がない。

 なるべく他人と目を合わせないよう、私は自分の仕事に戻った。


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