第3話会話 一人称の話

「魔王さんって、どうして自分のことを“ぼく”って言うんですか?」

「唐突ですねぇ。急にどうしたんですか?」

「見た目は女性的、中身もまあ女性的、声もかわいい女の子って感じなのに、一人称が男の子っぽいのが気になりまして」

「気になってたんですか?」

「出会った時から」

「けっこう前からですね。お答えしましょう。そもそもぼくは、昔はいろいろな一人称を使って気分転換をしていたんです」

「例えば?」

「麻呂とか」

「麻呂」

「小生とか」

「小生」

「Xとか」

「X。……X……?」

「けれど、次第に飽きてきまして、そんな時にやって来た勇者さんが言ったんです。なぜあなたは“ぼく”と言わない! と」

「急展開について行けませんね」

「勇者さんいわく、ぼくっ娘からしか摂取出来ない栄養素があるのだそうです」

「栄養素」

「親の仇のごとくプレゼンされたので、一旦『ぼく』と言うことにしたんです」

「ファンサですね」

「そしたら、今度は鞭を取り出して」

「やっと勇者対魔王の熱いバトルが」

「いえ、罵倒しながら鞭で叩いてほしいとお願いされまして」

「罵倒」

「断ったんですが、烈火のごとく懇願してきまして」

「想像したら地獄のようですね」

「面倒になったので倒して捨てました」

「その勇者、どんな顔してました?」

「うれしそうでした」

「同じ勇者として恥ずかしいです」

「神様も人選ミスって言ってましたよ」

「今代も人選ミスってるのではやめに訂正してほしいです」

「勇者さんはミスじゃないです! ですが、ずぼらなところがあるのは確かですね」

「おーい、言われてんぞ神様。ところで、そんな経験をしたのに『ぼく』のままなんですね」

「響きもいいですし、かわいい見た目に反して少年っぽい一人称だとギャップ萌えになるかと思いまして!」

「魔王なのにギャップ萌えとか気にしても……」

「と、特徴的な一人称はどれだけで記憶に残るんですよ!」

「あー、自分のことを名前で呼ぶひととか?」

「なんですかその顔。名前呼びだめなんですか?」

「個人の自由ですから何も言いません。どう思おうが、お好きなようにしていただければと思います」

「ですが、表情が強めのNOと言っていますよ」

「勝手な解釈しないでください」

「今しがた好きに考えろって言ったじゃないですかぁ!」

「……まあ、呼ぶ名前があるだけマシかもしれませんけどね」

「何か言いました?」

「いえ。魔王さんこそ、名前呼びしてそうな見た目していますけど、しないんですか?」

「偏見の極みですね。そもそも、ぼくに名前はないと前にも――」

「魔王は~って」

「役職! 魔王は名前じゃなくて役職です!」

「一周回ってギャップ萌えですよ。ドン引き萌え」

「そんな萌えは求めてない……」

「第一、自分のことを『麻呂』とか『小生』とか『X』とか言うひとと関わりたくないですよ。X……。いやほんとにXて……。頭おかしくなりそう」

「頭だいじょうぶですか?」

「ご自分の頭の心配をされた方がいいかと。まあ、あのラインナップからよくまともな『ぼく』を選び取ったと思いますよ」

「特に気に入ったんですよ」

「どの辺が?」

「文字数が」

「文字数」

「短くて言いやすいです」

「ふうん。それならおすすめのものがありますよ」

「おっ、ぜひ教えてください」

「余」

「勇者さんもひとのこと言えないじゃないですか」

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