藁人形に五寸釘⑮

「そもそもこの事件には幾つか気になっていることがありました」

「その一つが佐藤がどうやって丑の刻参りを知ったのかと言う訳か」

「そうです、正直一番最初に丑の刻参りを思いつく人はそうそういないと思います。誰かから教えられない限り」

「それで君は私に聞いてきたわけか」

 悠季は頷く。

「予想通り佐藤さんは届いたメールから丑の刻参りを知り、実行に移したんです」

「だが、メールで丑の刻参りを知ったとしても実際に実行に移すとは限らないだろう?」

 薫の疑問は最もだ。見ず知らずのアカウントから丑の刻参りの内容が書かれているメールが届いたからと言ってそれを実行に移すとは限らないだろう。

「確かに普通の心理状態の人なら実行に移すとは思いません。でも許せないほど恨んでいて、今回みたいに相手が自分よりも力や体格が勝っている場合、その可能性は格段に上がります。何より実行するにあたって直接的に恨みを晴らそうと行動するよりもデメリットが少ないんです」

「ほう」

 薫は面白そうに口元を三日月に曲げる。

「丑の刻参りは相手に直接的に危害を加えているわけではありません。なので罪に問われるとしたら、神社のご神木に釘を打ち付けたことによる不法侵入と器物損壊ぐらいです。直接相手に危害を加えようとした場合、それよりも重い罪に問われる可能性もありますし、相手の反撃にあう可能性だってありえます。だから佐藤さんはこの方法を知って実行に移したんだと思うんです」

「話の筋は通っているとは思うが、それは佐藤が事件を行うまでの経緯だろう。それでどうしてもう一人の犯人が存在していると」

「もう一人の犯人は、佐藤さんに捨てアカウントでメールを送り、丑の刻参りをするように仕向けたんです」

「何のために?」

 悠季は薫の瞳をしっかりと見つめながら答えた。

「身代わりと三島さんにお灸を据えるためです」

 

「身代わりとお灸?」

「はい、佐藤さんに丑の刻参りを行わせる。その事実を三島さんに伝えることで、これまでの行動を顧みさせる機会を与えます。実際にここの来た時の三島さんは疲れているように見えましたし、多少なりとも効果はあったんだと思います」

「それがお灸と言う訳か」

 薫はなるほどねと呟く。相変わらず瞳の奥は楽しそうに怪しく輝き続きを煽ってくる。

「そして身代わりですが、これはそのままの意味です。三島さんを恨んでいるのは佐藤さんだけと思わせるため。そして本人が行っている丑の刻参りを隠すためです」

 

「私たちが確認した藁人形は一つだけのはずだが?」

「確かにあの時、僕が確認したのは一つだけです。でも雑木林の全てを確認した訳ではないです」

 悠季は一拍おいて、語気を強める。

「それにあの時薫さんはこう言ったんです。『君はあれほどの恨みを抱えた人間が他にもいると思うのかい?』って。それを聞いて確かにこんなことをする人が二人もいるとは思えないと思いました。でも、そもそも一人の人間が自分の身代わりとして行わせる様に仕向けたとしたら二人いてもおかしくありません。それに、もし二つ目の藁人形が存在しているとするなら三島さんのけがについても辻褄が合います。三島さんはにけがをしていました」

 先ほど来ていた彼は頭のけがは良くなったが腕については菌が入って悪化していると言っていた。

「そうだったね」

「藁人形には五寸釘を差すところによって呪いの効果が変わるという話があります。頭に打つと相手に事故や事件など災いが起こるとされています。胸なら死を意味するらしいです」

 悠季の脳裏にあの時の藁人形が生々しく浮かび上がる。恐ろしく、禍々しく、脳裏から離れない鮮烈なまでの光景。

「そして腕の場合は相手のが治る」

 さっき二人を見送ったとき、薫の「お幸せに」と言う言葉に二人は反応していた。


「薫さん、この事件のもう一人の犯人は長野さんなんですよね?」

「……」

「そもそも僕より前に薫さんは気づいてましたよね?」

 でなければ僕が長野さんに聞こうとしたときに遮るように入ってくるわけがない。

「……いやぁ、実に面白い推理だったよ」

 薫は明るい口調で声を上げる。

「君の推理は確かに一定の筋が通っているし、理由と揃っている。だが、どれも確固たる証拠になるものはないね」

「それは……」

「あくまでも出てきた情報からつなぎ合わせた推理に過ぎない。よくできていたと思うけどね。流石私の助手だ」

「そうですけど、でも、もし僕の推理が当たっていたら三島さんは……」

 薫はやれやれと首を軽く横に振る。

「一度だけしか言わないよ」

 彼女はそう前置きして、口を開く。


「私たちは事件をしたんだよ。に1つの丑の刻参りの事件をね」

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佐倉薫の怪奇譚 陽川 綴 @tuzuri246

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