藁人形に五寸釘③

「では、改めてこれまでの経緯を教えて頂けますか?」

 薫はソファーに並んで座った二人に切れ長の瞳を向ける。

「ほら、光輝」

 長野美香が見蕩れていた三島亮介の脇腹を肘で突く。

「いたっ、お前突くなよ」

 三島は軽口を叩いているが、そんな余裕があるようには見えない。良く寝れていないのか、目の周りにはうっすらとクマが出来ているし、何より頭と左腕には包帯がまかれていた。

「んっ、なんかあるのか?」

 悠季の視線に気付いた三島が眉をひそめた。

「その、怪我の方は大丈夫なんですか?」

「見た目ほど酷かないよ、なんだよお前心配してくれてたのか」

「ええ、まあ……」

「あんがとよ、頭の方は全治2週間とか言ってたっけな、腕は打ち身と擦り傷だけだから本当は包帯なんて巻くほどの事じゃないんだけど……」

 三島が黒目だけを横に向ける。

「巻くほどの事です、ばい菌が入って炎症とかしたら大変だし、特に……その、……呪いの可能性だってあるのだから」

 長野はやや尻すぼみになりながらも言い切った。


 どうやら100%呪いの所為であると信じているわけではなさそうだ。

「やっぱ、考えすぎだって、今どき呪いなんてよ」

 三島も呪いの所為だと信じているわけではなさそうだが、それはどちらかと言うと、自分に言い聞かせているようだ。


「うちの助手が話をそらしてしまって申し訳ないが、今一度、経緯を教えて頂けますか?」

 薫は凛とした声で告げる。

「ああ、すんません、経緯なんだけど……」

 三島は思い出すようにゆっくりと話し始めた。


「10日前だったかな、急に頭が痛くなったんだよ。それも風邪のときとかと違って何て言うか上手く説明できないけど、ともかくいつもとは違う感じだった。ただ、その時はそういう日もあるかと思って、一応市販の頭痛薬を飲んだりしてたけど、それが2、3日経っても一向に良くならなくて。寧ろ変な感じがずっと続いていると言うか、より悪くなっている感じがしてきて、流石になんかやばいと思って病院にいっただよ。医者にもはっきりとした原因がわからないらしくて、頭痛薬と点滴を打ってもらったんだけど、やっぱり良くならなくてよ。


 それで三日前、今度は左腕にも頭と同じような感覚が出てきて、立ってるだけでもふらふらしているみたいになって、やっぱもう一回病院に行こうと思ってマンションの2階から階段で下りようとしたとき、ふっと声が聞こえてきたんだ。頭の中に直接響いてくるみたいな感じで。


『私のものにならないなら、死んでしまえ』


 その瞬間、急に体の力が抜けちまって、階段を転げ落ちて、このざまだよ」

 三島はそう言って自嘲気味に笑った。


 正直、ぶっ飛んだ話ではあるし、にわかには信じられないような話だったが、三島の話しには実感のようなものが感じられたし、何より、包帯を巻いている彼の状態から嘘のようには思えなかった。そもそもこんなところで噓の話をする必要もない。


「2、3質問させて頂いてもよろしいですか?」

 じっと話を聞いていた薫が口を開いた。三島は頷く。

「まず1つ目ですが、その変な頭痛と言うのは今も続いていますか?」

「いや、頭痛はないっすね」

「では、2つ目、最初に体に不調をきたしたのは10日前で間違いないですか」

 三島は顎を軽く引いて少し考え込むようなしぐさを見せた後、「ああ」と答えた。

「その日は大学の講義で絶対に出席する必要があってだるいなって思ってたんで」

「なるほど」

 薫は右手を顎に添え、目を瞑った。彼女が集中して考えるときになる癖だ。

「では最後に、確かに話を聞いた限り、今回のケースは何かしらの呪いと思えなくもない。ただ、何故、”丑の刻参り”だと思ったんです?」


 悠季はPCにメモしていた手を止めた。それは悠季も引っかかっていた部分だった。話を聞いている限り、”丑の刻参り”だと関連付けられるような情報は一切出てきていない。それなのに、”丑の刻参り”だと断定して依頼をしてきているのか。


「それは……」

 三島は言葉に詰まる。彼の太ももに置かれている手を包み込むように、横から手が覆いかぶさる。

「私が、そうだと思ったんです」

 ずっと口を噤んでいた長野が口を開いた。

「それはどうして?」

 長野は三島の手に重ねていた手をぎゅっと強く握ると、薫を見据えて言い放った。

「犯人じゃないかと思っている人が見ていたんです、”丑の刻参り”のサイトを」


 

 


 

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