藁人形に五寸釘②

 丑の刻参り。日本に古くから伝わる呪いの一つであり、江戸時代には既に存在していたとされている。午前一時~三時の間、丑の刻に白装束を身にまとい、神社の御神木に藁人形を五寸釘で打ち付ける。これを誰にも見られることなく七日間続けることで、呪いは成就し、呪った相手は苦しんだのち死に至るとされている。


「丑の刻参りですか」

 悠季は怪訝そうな顔をした。頭の中では白装束を着た髪の長い女が、木に藁人形を宛がい五寸釘を打ち付ける光景が浮かんでくる。

「君も聞いたことぐらいはあるだろう」

「白装束を着て木に藁人形を五寸釘で打ち付けるとかそんなのですよね」

「概ねその通りだよ、まあ、途中で見られたら呪いの効力は無くなるとか、頭に五徳を被り火をつけた蠟燭を乗せる必要があるとか、胸に鏡をつけるとか、細かい面倒な作法があるけどね」

 薫はコーヒーに口をつけ、やはり上手いと満足そうに頷いている。


「でもあんなの迷信なんじゃないですか?」

「相変わらず君はリアリストだね」

 薫は流れるような美しい所作でカップをデスクに置くと、好奇心がありありと浮かんだ大きな瞳で悠季を見つめた。

「どうして君はそう思うんだい?」


「丑の刻参りで呪い殺されたという証拠を持ったものが出てきていないです」

「確かにその通りだ。残っている昔の文書は往々にして誇張や著者の主観、伝聞などをもとに書かれているからきちんとした証拠と言うには弱いだろう」

「それにそもそも呪いで人を殺せるわけがありません」

「ふむ」

 薫は髪の毛の先をくるくるといじり始めた。

「君の言い分は最もだ、多くの人もきっとそう答えるだろうね」

ただ、と薫は続ける。

「その二つとも、丑の刻参りで人を殺せないという根拠になるかもしれないが、100パーセントあり得ないと断言できる理由も存在しないだろう? 仮に呪いで人が死んだとしても証拠なんて残るわけがないのだから」

「それは……そうかもしれないですけど」


 言葉に詰まった。薫が言った通り、あり得ないと断言できるものなんて存在しない。悪魔の証明やシュレディンガーの猫のように、丑の刻参りも証明が不可能な代物なのだ。


「さて、もう少し談義を続けていたいところではあるけど、どうやら依頼人がご到着のようだね」

「えっ」

 悠季が声を上げるのと、入口から「すいませーん」と若い女性の声が聞えてくるのはほぼ同時だった。

「まずは話を聞こうじゃないか、丑の刻参りの被害に合っているかもしれないという彼女たちに」

 

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