第6話 光壁のマスク

 ただ一人走っていく。受験者が疎らに散っている。俺は一人でズリアンの元にやってきていた。

 カラシンゴだ。首元には二という張り紙がある。つまり、二ポイント手に入るのだろう。俺はこいつを檻のところまで連れていくことにした。

 伸びる足。それを避け、後ろに下がる。

 伸びる足。それを避け、後ろに下がる。

 カラシンゴは一向にその場から動かない。

 埒が明かない。倒せないからこそ逃げるしかない。それなのに、ポイントの入る檻のエリアまで連れて行きたいのに着いてこない。まさに無駄を極めている。

 人影が現れる。

 カラシンゴがターゲットを変えた。

 放たれる伸びる足。足はその人を直前に軌道を変えた。足が不自然に曲がったためにその人には当たらない。

「──。」

 無言で現れたのはヨムだった。

 目元を隠す前髪が静かに揺れた。

 カラシンゴは足を伸ばして攻撃するも、同じように直前で足が歪に曲がり、攻撃は外れていった。

 クギャァシャッギャアバァ。聞きなれないズリアンの雄叫び。その直後、カラシンゴは空高く飛び跳ねた。そこから前転していく。回転した勢いでかかと落としをするようだ。

 ヨムが宙を舞う。何かに引っ張られたかのように空へと放り投げられた。と同時に、かかと落としは不発。地面に与えた衝撃は凄かった。その反動も凄かった。カラシンゴは自らダメージを追っている。

 太陽が照りつける。

 瞬く間だった。俺は日差しによってギラリと姿を現す糸を目撃した。

 カラシンゴは痺れを切らして攻撃するものの、ヨムは空へと飛ばされるように逃げていく。そのまま檻の方へと向かっていった。

「負けてられねぇな。」

 ちょっと体が熱くなってきた。ギラつく太陽の仕業ではない。心の底から湧き上がる負けん気だ。

 適当に道を往く。

 数名の参加者が苦戦してるのを見て、早くしないといけないという焦りも芽生えてくる。

 少し進むと、そこに七五三がいた。相手はヒアランだった。

 マスクからレーザーが放たれた。

「って、おいおいおい。殺しちゃ駄目なんだよ。」

 彼女は俺のことに気づいたようだ。

「何当たり前のこと言ってるの?」

「いや、当たり前のこと分からないと思って言ってるんだけど……。」

「いい? ズリアンは殺したらポイントを手に入らないけど、殺さなければ得点は手に入るのよ。いい? 弱らせちゃえばいいのよ!」

 その手があったか。頭が硬かった俺が情けない。

 彼女は瀕死のヒアランを持って檻の方へと向かった。

 少しずつやり方が分かってきた。

 ヨムのように巧みに敵を欺いて檻まで誘導するパターン。七五三のように瀕死にしてから檻へと持っていくパターン。俺なら後者だな。

 ズリアンを見つけた。サイのズリアン、サイスタだ。ポイントは三点のようだ。

 殺さないように慎重に、けど危険だから大胆に。俺は顔面に噛み付いた。のっしりとしていて遅い。だからこそ、簡単に噛みつけた。

 噛みついたまま右足を軸に一周回る。強力な顎で噛まれたサイシタは逃れられず、一緒に周りを回った。そこで牙から解放されて空中へと解き放たれる。重力の関係上、地面に叩きつけられた。

「これで良しと。後は持っていくだけだな。」

 俺はマスクにより野獣の力を手に入れている。サイスタを軽々しく持ち上げて檻のエリアへと持って行った。

 まずは三点。要領は掴めた。後は同じように繰り返すだけだ。

 走って、見つけて、シバいて、持ってくる。

 走って、見つけて、シバいて、持ってくる。

 走って、見つけて、シバいて、持ってくる。

 終わりのブザーがあちらこちらに鳴り響いた。急いで檻のエリアへと向かう。


 そこに全ての受験者が集まった。

 一時間程度かけて建物の中へと戻る。そして、アリーナへと集められた。

「さて、合否を開示します。合格者のみ読み上げます。」

 俺らが戻っている間に集計していたのだろうか。もう結果が分かるみたいだ。少し胸がざわめいている。

立秋りっしゅう七五三なごみ。合格。」

 よっしゃ、と腕に力を入れている。

「続いて、先負せんぶクシブ。合格。」

 俺も、その喜びの波に乗る。手のひらを出した。隣にいた彼女と思いっきりハイタッチした。

「そして、友引ともびきヨム。合格。」

 ヨムも合格したみたいだ。ただ、本人は無表情で静かに佇まっていた。嬉しい雰囲気は見られない。

「以上、三名を正規雇用とし、ランクをC級からB級へと昇格させます。では解散。」

 続々と帰っていく人。残されていく俺はヨムの所へと行った。

「やったな。」なんて言葉は、まるで無視されたかのように無言で返された。

「明日から、また一緒に仕事しような!」

「うん。今度はみんな正社員として頑張ろうよ!」

 それでも彼女は黙っていた。

 隣で七五三が心配そうに覗く。

「明日は──」ボソっと放たれる。

「平日は──無理。」

 そう言うとヨムはこの場を後にした。

 そう言えば、立夏が言っていたな。平日は北朝鮮で暗殺の仕事がある、と。つまり、ヨムもまた立夏と同じ仕事があるのだろうか。だからこそ、平日は仕事があるためにこの仕事ができない。

 俺は一人で頷いた。

 横にいる人は何も分からないため呆気に取られている。流石に暗殺業のことは言えなかったため何も言わずに戸惑う彼女をただただ見ていた。



 俺らはシロクマさんに呼ばれた。

 正社員としての説明があるようだ。

「よく来てくれたね。正社員として''ランク''について知って貰おうと思うのだが、まずは一報伝えることがある。早速だが、君達のチームは解散することにした。」

 部屋の中に優しく穏やかな声が流れた。

「君達はアルバイトから社員となり、働く量が増えたのだよ。そこで休日しかシフトに入れない立夏やヨムのチームではやっていけないと思い、チームを解散することにしたよ。代わりに彼をチームに入れることにした。」

 そこに現れた少し茶金の髪のスタイリッシュな男。真面目そうな雰囲気が漏れている。

「えっ、ええっ! 先輩が私のチームにっ!」

 強烈な驚きを見せる七五三。あまりの衝撃に、俺はなんとも言えない程びっくりした。

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