第11話 別れの挨拶

 日中はシュライザーが引く馬車に乗って先へと進み、日が落ちたらリディーの剣の稽古。


 それを繰り返すこと数日、王都シャントリューゼが見えてきた。

 中に入るべく正面の南門へ向かうと、ベンゼルが御者台から降り、門番をしている二人の兵士に声を掛ける。


「夜遅くにすまん。俺だ、ベンゼルだ」

「おお、少佐! お疲れ様です!」

「お戻りになられたんですね! ……おや、あちらの女性は?」


 片方の兵士が御者台に座っているリディーに視線を向ける。

 門番として見慣れない女性の素性が気になるのだろう。


「ああ、彼女はリディーといってな。ルキウスの妹だ」

「ルキウスということは!」

「ゆ、勇者様の!」


 兵士達は慌てた様子でリディーに向かって跪いた。

 世界を救った勇者ルキウスはもちろん、その家族も彼らにとっては畏敬いけいの対象であるからだ。


「おい、よせ。リディーはそんな扱いを望んでいない」


 ルキウスの実家で話していた時、リディーは『うやまわれることが苦手』だと話していた。

 なんでも『凄いことをしたのはお兄ちゃんであって、私は何もしていないから』という理由らしい。


 現に、離れた場所からこちらを見ているリディーは困ったように笑っている。

 どう対応すればいいのかわからないのだろう。


「「はっ! 失礼いたしました!」」


 兵士達はそう言って立ち上がった。

 それに対してベンゼルは大きく頷いてから口を開く。


「そういう訳だから彼女の身元は心配ない。門を開けてもらえるか?」

「はっ! ただ今!」


 片方の兵士が答えると、二人は巨大な扉を押し開ける。

 そのことにお礼を言い、さあシュライザーとリディーのもとに戻ろうとした、その時――


「あ、そうだ!」


 何か思い出したのか、兵士が声を上げる。


「どうした?」

「申し訳ありません。お伝えするのをすっかりと忘れておりました。陛下から伝言を預かっておりまして、『無理強いはしないが、できれば夜にワシの自室に来てほしい』とのことです」

「夜に? なぜ、わざわざお休み中のところに」

「少佐はこれから旅に出られるのでしょう? またしばらく会えなくなりますから、最後に王としてではなく、育ての親としてお会いになられたいんじゃないかなと」

「……そうか」

「恐らくですが。ちょうど今は夜ですし、そのまま向かわれてはいかがでしょうか?」

「そうだな、そうしよう」


 答えるとベンゼルはリディーのもとに戻り、御者台に乗って門をくぐった。



 ☆



 馬宿で宿泊の手続きをしてシュライザーを預けた後、二人は城にやってきた。

 そして二階の奥まで進むと、ベンゼルが重厚な扉をノックする。


「ん? 誰だ?」

「夜分遅くに申し訳ありません。ベンゼルでございます」

「ベンゼルか! 少し待っとれ!」


 少しして扉が開かれる。

 その先に立っていたのは寝間着姿の王。

 普段の威厳に満ちた風貌とは異なり、今ではすっかりどこにでもいる優しそうなお爺さんだ。


「来たか、ベンゼル。……ん? そちらの娘は確か」

「はっ! こちらはルキウスの妹のリディーです」


 ベンゼルが紹介すると、リディーがペコリと頭を下げる。


「お久しぶりです、陛下。またお会いできて光栄です!」

「おお、そなたか! うむ、久しいな。ルキウス様の最期を伝えて以来だから……大体二年振りになるか。元気そうで何よりだ! ほら二人とも、中へ入ってくれ」

「あっ、はい!」

「失礼いたします」


 ベンゼルとリディーは王の自室に足を踏み入れた。

 そのまま二人は王に促されるがまま椅子に腰を下ろす。

 ひと呼吸おいて王も着席すると、頬を緩めた。


「それにしても、まさかベンゼルが女子おなご、それもルキウス様の妹を連れてくるとはな。一目惚れか?」

「おたわむれを。私はそんなに軟派ではありません」

「なんだ、違うのか。しかし、それではなぜリディー殿を?」

「……実は彼女も私の旅に同行することとなりまして。そこで恐れながら、陛下に折り入ってお願いが――」


 お願いがございまして。と続けようとした瞬間、王が手をかざして遮ってくる。


「ベンゼルよ、今は公務中ではないのだ。そのように堅苦しく接する必要はない」

「……はい。すみません、つい癖で」

「うむ、それでいい。して、お願いというのは?」

「はい。リディーも他国へ入国できるよう、その旨を書状に書き加えてほしくて」

「なんだ、そんなことか。ちょっと待っておれ」


 そう言うと、王はテーブルに置かれている紙を手に取り、筆を走らせた。

 ほどなくして、その紙を差し出してくる。


「よし、ベンゼル。持っていけ。各国の代表者にはもう話を通してある故、関所でこれを見せれば通してくれるはずだ」

「ありがとうございます。これで旅も捗ります」

「わざわざすみません! ありがとうございますっ!」

「うむ。ところで、なぜリディー殿が同行することになったのだ?」

「あっ、それは私がお願いしたんです! ……その、お兄ちゃんが命を懸けて守ってくれたこの世界を、私もこの目で見てみたいって思って」


 その言葉に、王はリディーに優しい笑みを向ける。


「……そうか。そうだな、そなたは見て回るべきだ。いい旅になることをワシも願っているぞ」

「はい! ありがとうございます!」


 リディーが満面の笑みを浮かべて答えると、王は大きく頷いた。

 そしてベンゼルに視線を戻し、話を続ける。


「そうそう。そなたが目覚めたことについてだが、各国の王もそのことを伏せておいてくれるそうだ。『英雄の頼みなら』と言ってな」

「そうですか。それはありがたい限りです」

「うむ。ああ、それと『近くに来た時はぜひ顔を出してほしい』とのことだ。改めて礼を言いたいのだろうな」

「わかりました。必ず挨拶に伺います」

「そうしてやってくれ。……さて、ベンゼルよ。そなたのことだから明日には旅立つのだろう?」

「そのつもりです」

「やはりそうか。寂しくなるな」

「……ええ。でもそう遠くないうちに帰ってきます」


 ベンゼルには、仲間達との約束を果たす以外にやらねばならないことがある。

 それは王を始めとした、この国の人達に恩返しをするというものだ。


 その使命を果たすためにも、旅に五年も十年も掛けるつもりはない。

 平和になった世界をじっくりと目に焼き付けるため、ゆっくりと各地を回るつもりではいるが、それでも最長で三年までと決めている。


「……そうか。ならば、その日を楽しみに待つことにしよう。どうか、無事でな」

「はい。ありがとうございます……養父上ちちうえ


 そう言った瞬間、リディーが目を見開いてベンゼルを凝視する。

 ベンゼルも自分に向けられる視線に気付いたが、今は敢えて触れないでおいた。


「うむ。リディー殿も元気でな。ベンゼルのこと、よろしく頼む」

「あっ、は、はい! お世話になるのは私のほうですが」


 リディーが慌てた様子で答える。

 その後、時間が時間ということもあって二人は王に別れの挨拶を告げ、城を後にした。

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