第10話 剣の稽古

 カンパーニ村を発ってから数時間。

 日が落ち、肌寒さを感じ始めた頃。


「今日はここまでにするか」


 そう言うと、ベンゼルはシュライザーを道の脇で停止させた。


「あっ、はい! よいしょ、っと」


 可愛らしい掛け声を上げながら、リディーが御者台から飛び降りる。

 それにベンゼルも続くと、二人は野宿の準備を始めた。



 数十分後。

 焚き火を作り、シュライザーに飼葉と水を与え終わったところでベンゼルが切り出した。


「よし、そろそろ始めるか」


 その言葉にリディーは表情を引き締める。


「はい。よろしくお願いします」

「ああ。お前はこれを使え」


 ベンゼルは片手剣を差し出した。


 これは自室から持ってきた私物。

 彼の得物えものは大剣だが、片手剣も問題なく扱うことができ、大剣が刃こぼれしてしまった時などのために持ってきていたものだ。

 彼女には少し大きく重いかもしれないが、女性用の剣などは持っていないので、こればかりは仕方ない。


 リディーは大きく頷いて両手で剣を受け取る。

 そして深呼吸してから不慣れな手つきで剣を抜いた。

 ひと呼吸おいて、ベンゼルも自身の大剣を抜剣するとリディーの隣に立つ。


「まずは素振りからだ」

「素振り?」

「ああ、身体に剣を慣れさせなければならないからな。さて、剣の振り方だが――」



 ☆



 時折助言を挟みつつ、料理をしながらリディーが素振りしているのを眺めることしばし。


「よし、今日はここまでにしよう」

「いえっ! 私ならっ、まだっ、大丈夫ですっ!」


 剣を振りながらリディーが答える。

 ベンゼルは溜め息を吐くと、なおも素振りを続けようとしている彼女の手を押さえた。


「無理をするな。続きはまた明日の夜だ。いいな?」

「……はい」


 リディーは不服そうな顔をするも、動きを止めた。

 それを確認すると、ベンゼルは焚き火の前に腰を下ろす。


「さあ、飯にしよう」

「あっ、はい! もうお腹ぺこぺこです!」


 本当に腹が減っていたのだろう。

 先ほどまでとは打って変わって、リディーは笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


「そうか。今日のメニューはクリームシチューだ」

「やった! 私、クリームシチュー大好きなんです!」

「そいつは何よりだ。ほら、温かいうちに食え」

「はい! じゃあ、いただきまーす!」


 リディーは手を合わせてからスプーンを口に運ぶ。

 その瞬間、「んー!」と声を上げ、嬉しそうに破顔はがんした。


「すっごく美味しいです!」

「ならよかった。クリームシチューはルキウスも大好物でな。それを作ってやると大喜びしていたものだ」

「そうですか! あー、本当に美味しい!」


 リディーは食べることに夢中のようで、話を広げず一心不乱にスプーンを口に運ぶ。

 その様子にベンゼルは顔を綻ばせた。


「いい食べっぷりだ。ほら、お代わりを入れてやる」



 ☆



「はぁ、はぁ」

「……ん?」


 耳に届いた荒い息遣いにベンゼルは目を覚ました。

 一体何事かと、音が聞こえたほうに顔を向ける。


「はぁ、はぁ……やあっ! はぁ、はぁ……たあっ!」


 リディーが汗だくになりながら剣を振っているのが目に入った。


「フッ、まったく」


 ルキウスと王都を旅立った日の夜。

 夕食をとった後、見張りのため交替で睡眠をとることにし、ベンゼルは先にルキウスを休ませた。


 その数時間後。

 起床したルキウスと交替してベンゼルが寝ていたところ、荒い息遣いが聞こえてきて目を覚ました。

 何気なくそちらに目をやると、ルキウスが一心不乱に剣を振っていた。


 そう、今のリディーのように。


(さすがは兄妹だな)


 無理はしてほしくないが、その頑張りを邪魔したくはない。


(頑張れよ、リディー)


 ベンゼルは頬を緩めながら、再びまぶたを閉じるのだった。

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