青春したいだけな田舎のヲタJKが勘違いでボート部に入った結果、百人一首で全国大会に行ったお話

鳴海なのか

プロローグ「セーラー服を着たら美少女になれるはずだったんだが……?」


 物心ついた頃。

 私は既にだったんだと思う。



 何をやってもうまくいかず、やることなすこと全てが裏目。

 他の子の真似をして動いても、私だけ色んな大人に説教される。


 怒られすぎて生きる事すら疲れた私は、幼稚園で不朽の名作絵本『ぐりとぐら』にドキュンとハートを撃ち抜かれた。鮮やかに描かれる知らない世界はあまりにも平和で、それでいて刺激的……ぱらりとページをめくるたび1人静かに興奮していた。


 しかも隅で隠れて読書してれば、大人に見られないから怒られない。

 絵本の世界だけが唯一の居場所となった私は、必死にひらがなを覚え、園の数少ない蔵書を延々ヘビーローテしまくったのである。



 小学生では図書館通いの魅力にハマり、外国児童文学中心に片っ端から読み漁る。

壮大な冒険はもちろん、何気ない日常でさえ“物語”の世界では新鮮だった。絵がなくても、文字を追いつつ脳内妄想する楽しさを覚えたのもこの頃だ。


 アニメ、マンガ、ゲーム……好きな世界はどんどん増えた。


 ――人を変えるより、自分が変わるほうがうまくいく

 ――何気ない事を深堀りすると、発見があって楽しい

 ――うまい話にゃ裏がある、何事も堅実1番!

 ――失敗してもいい、だけど結果を素直に受け入れ、反省してから次へ行こう


 こういう大切な事を教えてくれたのも、だいたい本やゲームだったなぁ……




 *




「はぁ~……やっぱ最高やわァ、セーラームーン……!」


 単行本コミックスを閉じた瞬間もれでる毎度おなじみの感嘆。

 だってほんとのほんとに最高なんよ……語彙力が仕事しないってやつ!



 ――美少女戦士セーラームーン


 それは中学3年の私にとって、別格中の別格。

 主人公達が戦士である前に“普通の女の子”ってのが最高。めいっぱい日常を楽しみまくる姿は可愛くて素敵でキラキラしてて、私の理想の青春そのものなんだっ!



 小学生でアニメ版に惚れ込んだ私は原作連載誌『なかよし』を購入開始。単行本コミックスは帯まで綺麗に保管し何度も何度も読み返す。原作のカラー扉絵はもう芸術だし、アニメだと第2シリーズ『Rアール』の映画が至高に最高……まぁ異論は認める。甲乙つけがたい良絵&良話がたくさんあるしね!


 そしてに憧れる。物語開始時にセーラー戦士は中学生だったから「私も中学に入ればああなれる!」と信じて疑わなかった。



 満を持しての中学入学。

 憧れのセーラー服を着れた時は飛び上がった!

 部活は茶道部。第3シリーズ『スーパー』の15話茶道回に登場した美少年家元・やぶら小路ぶら小路 玉三郎くんの華麗すぎる立ち振る舞いに衝撃を受け、その興奮冷めやらぬうちに“茶道”という響きだけで勢い入部したのだ。


 振り返ると中学は中学でそんなに悪くなかった。

 茶道部の体験は新鮮だったし、お茶もお菓子もおいしかった。ゆるゆる週1活動なぶん放課後や休日の時間がたっぷりだから、アニメや本やゲームも満喫できた。

 小学校来のヲタ仲間2人も同じ中学だったし。心許せる友がいるってほんと大事!


「でも『うさぎちゃんみたいな青春だったか?』っていうと、ちょっと――いやッ! 比べるまでなく“月とスッポン”すぎるんだって……はァ……」


 は容赦なく残酷だ。

 直視したが最後、溜息まみれになっちまう。



 入学前の計画だと、私はセーラー服に袖を通した時点で、セーラームーンの主人公うさぎちゃんみたいな美少女として明るく楽しい日々を送れるはずだった。


 だが中学生になっても、私自身に特筆すべき変化なし。

 身長は伸びたけど、鏡をのぞけば小学時代と変わらぬ自分。お世辞にも美少女とは似ても似つかぬ顔だし、スタイルだっていまいち。せっかくのセーラー服も着こなせてる気がしない。


 友達と過ごす日々は心やすらかだったけど、セーラームーンみたいにキラキラだったかというと……うん、恐ろしく地味。トキメキとかも記憶に無いぞ??




「となるとだな」


 さすがに大学生や社会人は“うさぎちゃんみたいに”って年齢としじゃない。

 制服着れなくなっちゃうし。



「高校生になったら、かぁ……」



 中学までの友達、2人とも別の高校に行っちゃうんだよな。

 まずは速攻でクラスの女子と友達になろう!


 今から美少女に激変するのは絶望的。

 鳥取暮らしだから東京・麻布十番セーラームーンの聖地で遊ぶのも無理。


 でもセーラームーンみたいに何気ないことでキラキラ笑って、学校帰りに寄り道して、アイス買い食いして、ゲーセンとか喫茶店とかも行っちゃったりして、中学までとひと味違うド定番イベントもいっぱいで……そんな感じでハジけてキラめく、マンガみたいな……




「……やっべ! 最高じゃんッ!!」



 特にすることもなかった中3の春休み。

 私はセーラームーンの単行本コミックスを何度も何度も繰り返し読んでは、まだ見ぬ夢を膨らませ続けていたのだった。

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