第1話「ぼっちとボートと勘違い」


 ぽかぽか日差しの昼休み。人もまばらな教室。

 高1になった私は、自分の席で頭を抱えていた。



「…………なんでや……なんで、になってしもたんや……?」


 予定では入学初日にクラスの女子と意気投合。

 今頃仲良く食堂ランチタイムなはずなんだけど??



 思えば勇気を振り絞るべきは初日だった。

 だけど自分から話しかけるなんて人見知りのコミュ障にはハードル高すぎ!

 そのうち何とかなると先送りするうち、1日、2日、1週間。

 当初は満開だった桜もすっかり散り過ぎて……


 ……気づけば、ただのになっていた。


 ってか女子のグループ形成って、なんであんなに速いわけ?

 入学2日目には大半完成してたんだけど??

 あ~混ざりてぇ~……けど出遅れた私が混ざれる空気とか微塵みじんもねぇからッ!




「こうなりゃしかないか」


 各種作品を片っ端から履修した私は知っている。


 ――


 それは青春物の定番テーマ。

 異能も魔法も無い学園で青春するなら「1話で部活に入る」は王道中の王道展開。


 クラスの子の会話断片から察するに、大半は既にどこかへ入部済。

 まぁ私が遅すぎるだけだが。

 漏れ聞こえるだけで目に浮かぶキラキラな1コマが羨ましいぜ……!



 1度きりの高校生活。

 入学直後ファーストアタックに失敗した以上、逆転の超必殺技スーパーコンボは限られる。


 ――つまりッ!!

 今すぐ部活に入らなければッ!

 私の青春は永遠に来ないかもなのだッ!!




「問題は何部に入るかだよねぇ……」


 まず運動部はありえん、除外。

 こちとら筋金入りの運動音痴や!


 じゃあ文化部?

 絵画も楽器も授業以外経験なし。

 人前で喋る演劇や放送も無理無理無理。



「後は……――ん? そういや私、どんな部があるか知らないかも」


 そりゃイメージもふわっとするし、答えなんか出るわきゃない。

 苦笑しつつ生徒手帳をめくり部活一覧ページを開く。サッカー部やテニス部などメジャーな部が並ぶ一覧を上から順に眺めるうち、1つの部に目が留まった。




「ボート部……?」


 瞬間、脳内へと舞い降りたのは――


 ――晴れ渡る青空の下。緑あふれる美しい公園の広い池で、キャッキャと笑い手漕ぎボートを満喫するお嬢様達の優雅な午後のひと時っぽい幻影ファンタジー……



「……うん、いい。とってもいい……すんごくよすぎる! ボート乗った事ないけどマイペースにゆっくり漕げば運動神経とか関係ないだろうし、健康的かつ健全で高校生っぽく楽しめる気がする!」


 私の心はすっかりボートに傾いていたのだった。




 *




 善は急げと職員室に乗り込む。

 担任に聞き、ボート部顧問を務める先生は即判明。


 ここまで順調、次の作戦も決まってる!

 を申し込むのだ!


 案外、活動内容が想像と違うかもだし、そもそも私が他人と会話できなきゃ続かない可能性がある。正式入部後は退部したくともなかなかできないかもしれない。

 だが体験入部ならッ!

 思った感じと違っても即日サヨナラできるはずッッ!!


「う~ん、我ながら完璧な作戦。でも緊張するな……」




 ……思い出せ、心の師匠ピエール・ベロニカを!


 ゲーム『アークザラッドII』の彼は何度失敗しても諦めず、常に次の新たなステップへと猛進し続け、最後には素敵な居場所を見つけた。枠に囚われない自由な発想、飽くなき探求心、決して折れない雑草魂……“彼の猛烈な生き様”に心揺さぶられたあの日、「私も彼みたいな挑戦者チャレンジャーになるぞ!」と強く固く誓ったじゃないかッ!




 バクバク暴れる心臓をだましにだまして、なだめてすかし。

 何とか勇気が出たところで勢いのまま話しかける。 


「すいませんっ、ボート部に体験入部できますか?」

「え? 体験入部?? ――あ~そゆこと」


 首を傾げるボート部の顧問。

 すぐに何か思い当たったらしく満開の笑顔を浮かべた。


「なら今日の放課後、〇年〇組の教室に来いッ!」

「は……はい!」


 想定以上の手応えに深く安堵する私。

 教室への帰り道、脳内はキラキラな女子とボートを漕ぐ幻で埋め尽くされていた。



 ……しかし本当はだったのだ。

 ボート部顧問が、自分の脳内妄想優雅なお嬢様方とは正反対の“真っ黒に日焼けした豪快筋肉系の大柄男”だったことに。




 *




 放課後、指定された教室前へ。

 飛び出しそうに高鳴る鼓動を静め、とにかく呼吸を整える。


「ふゥー……」


 ドアの向こうは、きっと

 明るく笑う同級生女子達とのんびりゆったりボートを漕いで。

 部活帰りにはメロンパンとか苺アイスとか買い食いして。

 うわぁ明日数学だ~、宿題しなきゃ~、とかきゃあきゃあ笑って。


 どうか、どうか……

 私もそんなマンガみたいな青春に混ぜてもらえますように。




 おそるおそるドアを開けると……





「……?」





 教室にいたのは数十人ほど、意外と多いかも。


 てか男子率高くない?

 お嬢様どこ?! そりゃ確かに女子も割といるけど日焼け&筋肉しっかり系の動ける感じの方々で想像とタイプが違っ――




「――よかったぁッ、女の子だ!」

「何でか分かんないけど今年誰も女子が来てくれなくて」

「このまま誰も来なかったらどうしようと思ってたよ~」

「ボート部だよね? ボート部入るんだよね? ね? ね?」


 私が固まった一瞬のうちに。

 女子数人にぐるっと囲まれ熱烈大歓迎がスタートしてた。


 何が何だか分からなかったが、1つだけ理解した。

 絶対を間違えた。


 とはいえ皆様の喜び方の圧は半端なく強烈で、気弱なぼっちが「違いますぅ!」と水を差すなど不可能中の不可能であり……




 ……気づけば私は、差し出された入部届に記入を終えていた。

 として。


 この時点で“当初の夢”ははかなく散った。


 かわりに女子の先輩はじめ仲間の部員はいっぱいできたよ。

 だけど私はセーラームーンみたいに、同じタイミングで同じ事を始めた同級生女子達と何気ない日々の出来事とか、ずっと一緒だからこその特別な感動とかを分かち合いたかっただけなのに……



 ――なんで同級生女子、誰もいないんだよぉおぉぉォッ!!




 *




 後で知ったところ、ボート部はバリバリの運動部だった。

 炎天下でもお構いなく競技用ボートを1kmとか漕いでタイムの速さを競うのだ。

 そりゃ日焼けもするし、筋肉も必要不可欠。

 公園で優雅に水とたわむれるお嬢様とも無縁。


 超マイナースポーツとはいえオリンピック種目になるほど市民権は得てるし、少し調べりゃ実態は分かったはず。盛大な思い込みで勘違いし、フィーリングで突っ走ったあたり、完全なる私の落ち度。



 というかそもそも体験入部ってシステム自体、うちの部に存在しなかった……


 ……ニカッと笑う顧問に一杯食わされたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る