最終話「見果てぬ夢、やぶれたあとに」


 翌日から本格的に私の部活が始まった。



 平日朝は自転車登校30分。

 授業が終われば池まで自転車移動50分。

 ウォーミングアップ後にボート漕ぎ1~2時間。

 片付けてから自転車帰宅50分。

 自転車酷使しまくりすぎて、しょっちゅうパンクしてたっけ。


 日曜は起きてご飯食べたら池に直行。

 8:30出だから、朝の特撮は余裕で観れた!


 さらにボートは自分で整備リギングしなきゃなんない。

 工具の使い方も教わって、色んな設定を試行錯誤してみたなぁ。



 半端ない運動量に毎日グッタリだったけど、徐々に体力がついてきた。

 そのぶん授業は時々寝てたし、家でもご飯とお風呂以外だいたい寝てた。

 日焼けしすぎて、久々に会った中学の友達に「別人じゃん」とびっくりされたね。


 ただし鍛えても鍛えても筋肉がなかなか付いてくれなくて。

 いや~ほんと、先輩達がうらやましかったね。

 引き締まった女子の腹筋シックスパック、無茶苦茶かっこよかったんや……!




 *




 そんなこんなですんごく真面目に頑張った。

 何よりボート漕ぐのが好きだったし!


 結果、3年になった頃には……



 ……なんと!!

 に入った!


 地元新聞のスポーツ欄に「本年度の県内4強」として自分の名前も書かれてた時は、こっそり切り抜いてファイリングしちゃったり……もう翌日からの練習に気合が入ったねっ!




 そして迎えたインハイ県内予選の結果は――







 ――  退 

 


 私は最後の切符ラストチャンスを掴み損ねてしまった。

 



 *




 インハイ予選で負けたからって、別に私のボート人生が終わったわけじゃない。

 後日に国体予選も控えてる。


 だが出場者は同じ面々。

 1回負けを喫した私に勝てる未来は見えなかった。



「……ってかがインハイ出場寸前ってすごくない?」


 運動音痴すぎて苦労した中学までから考えたら、十分すぎるほど快挙だよ。


 シングルスカルって種目も私の性に合ってて。

 1人で漕ぐからこそ、自分のペースで心ゆくまで疾走感を楽しめた。

 なんだかんだ部活は居心地よかったし、日々の練習・大会・合宿などなど部活物の定番イベントもいっぱい満喫できたよね。



 ――マンガみたいに青春したい


 その一心で飛び込んだ部活。

 あの頃に描いたイメージとは違ったけど、凄く素敵な青春だったなぁ……




「……あ。思い残すこと何もないや」


 この事実に気づいた私は、国体予選までの残された時間、勝負など忘れて純粋にシングルスカル漕ぎを楽しもうと決めたのだ。




 *




「ねぇ! に出ない?」


「……は?」


 急に声をかけてきたのは3年の女子2人組。

 知り合いの知り合いだったか……?



 そもそも高総文祭高校総合文化祭とは演劇とか吹奏楽とかの高校文化部の全国大会で、通称・文化部のインターハイ。


「私、ボート部なんだけど……?」


 誘われた理由が分からず混乱しつつも、私は一応聞いてみる。


「知ってる。でもインターハイ出ないんだよね?」

「なら時間あるんじゃない?」

「まぁそうだけど……ってかなんで私を?」

「同じ小学校の子に聞いたよ。百人一首、強いんでしょ!」


 言われて思い出した。小学3&4年の時の担任がたまに百人一首大会を開催してて、自分は割と勝率が高かったことを。


「いや、あくまでクラス大会だし……それに小4ってもう7年前だよ? 最近百人一首に触ってない私なんかが全国大会で勝てるわけないし――」

「それでもいいからお願いっ!」

「他に頼れる人いないんだよ~経験者ってだけで心強いから!」

「でも……」



 渋る私に、彼女達は顔を見合わせ言葉を続けた。



「実は百人一首同好会の顧問のA先生、そろそろ定年なんだよ」

「『1度でいいから高総文祭に生徒を引率するのが夢だったんだ』って言ってて……私達も卒業だし、今年ラストチャンスなんだよね。ダメ元で県予選参加だけでもいいし、もし負けてもそれはそれでアリというか」

「そうそう! 百人一首同好会はうちら2人しかいなくてさ~。もう1人いたら心強いし、そのぶん勝率もあがるなって……どうかな?」



 A先生のことは知ってた。

 話した記憶はないけど、優しそうなおじいちゃん先生。

 あの先生の夢なら叶ってほしい……なぜか不思議とそう思った。


「……わかった。ボート部の顧問に聞いてみる」


 どうせ私の夢は既に終わったようなもの。

 国体予選まで時間があるし、ちょっとだけ人の夢を手伝ってみるのも悪くない。



「ほんと?! ありがとう!」

「あ、今年の高総文祭の開催県は静岡なんだけど、A先生が『もし全国まで行けたら極上の鰻重うなじゅうご馳走するよ』って!」


「――へ?」


 思わず顔が引きつる。

 何を隠そう、私はうなぎが大嫌いだ。小さい頃に初めて食べた鰻があまりにヌメヌメでニオイが苦手で、どうしても好きになれなくて。


 だけど1度引き受けた以上、断るわけにもいかず……



「よォし、おいしい鰻重うなじゅう食べるぞ~」

「お~!!」


 盛り上がる2人の横で、私は「もし勝ったら鰻をどうやって断ろう」ってことで頭がいっぱいだった。




 *




 ボート部顧問の許可はあっさり取れた。


 高総文祭に出るには、まず県予選を突破しなきゃなんない。

 私は100個の句を暗記し直しつつ、ボート部の活動を削って百人一首同好会の練習に参加。うろ覚えの感覚をどうにか取り戻すべく頑張った。



 県予選の日はすぐに来た。


 とはいえ所詮しょせん付焼刃。

 全国なんてどうせ無理、だけど悔いは残したくない。

 半ば諦めつつも、全力で臨み―







 ――結果、私は



 試合を通して気づいた。

 百人一首は意外とスポーツである。


 全ての札を暗記するというだけじゃない。

 読み手の声を聞き瞬時に札を取りに行く

 迷った時でも思い切りよく勝負に出る

 長時間の試合を耐え抜く


 私はこれらを3年間の過酷な部活ボートと自転車漕ぎまくりで既につちかっていたのだ。

 地道な努力が初めて実を結んだ瞬間である。



 さらに私を誘った女子2人も着実に勝利し、3人揃って「全国高等学校総合文化祭 小倉百人一首かるた部門」の出場権を勝ち取った。


 泣かんばかりの勢いで喜んだのは引率のA先生。

 もちろん約束通り後日、高総文祭が開かれた静岡にて、地元でも評判だという良いお店の1番良い鰻重うなじゅうをご馳走してくれた。


 断り切れなかった私は観念し、おそるおそる鰻重うなじゅうを口へと運ぶ。




 ……あれ?

 おいしいぞ???


 本場のうなぎはパリッとしてて、くさみなんか全然なくて、むしろ香ばしくて良い香りで、白いご飯が進みまくるんだが??


 小さい頃に食べたうなぎがたまたまハズレだったかも、との可能性に気づいた私は、夢中で食べて食べて食べまくって……食べ終わった頃にはすっかりうなぎが好物になり、皆と「おいしかったね~」と喜びを分かち合っていた。




 *




 ――同級生女子との青春


 当初の夢は、既に諦めたはずだった。


 だがボートを頑張り、百人一首に巻き込まれた結果、短期間だけど叶っていた。

 大会目指しキャッキャと笑って練習したり、遠征の新幹線で眺める窓の景色に一緒に感動したり、生まれて初めてプリクラ撮ったり……ほんとマンガみたいにキラキラした日々だった!


 さらに、もう漕ぎ納めと割り切ったはずの競技ボートは、なんだかんだ高総文祭後にも長いこと乗り続ける流れになったが、それはまた別のお話。



 事実は小説より奇なり。

 人生ってつくづく先が読めないよな……

 


 そんな日々を追憶するたび、私はあの時の極上の鰻重うなじゅうの味を思い出し、ゴクリと喉をならすのだった。

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青春したいだけな田舎のヲタJKが勘違いでボート部に入った結果、百人一首で全国大会に行ったお話 鳴海なのか @nano73

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