第43話 エピローグⅡ 後日談

 結局、レヴィンを除く九名の生徒たちは、メルディナの警備隊とマッカーシー侯爵の私兵によって無事、保護された。捕えられていた場所は王都の東隣の都市メルディナ。彼らが保護されたのはメルディナのスラムの悪党、ゲラルド一味の拠点であった。


 警備隊が現場に踏み込んだ時、そこには抵抗する五人の男と倒れ伏す四人の男の姿があった。倒れ伏していたのは首領のゲラルド、幹部のフレディ、魔物使いのアンスガー、鑑定士のバージルである。

 その近くには行方不明になっていた生徒九名がおり、警備隊を見ると保護を求めて駆け寄ってきた。幸い、誰も怪我や体調不良を訴えることもなく、無事王都ヴィエナへと帰還を果たした。


 生徒たちの証言からすぐに地下室が調べられた。そこには、広い部屋が一つと独房のような造りをした部屋が一つ存在していた。広い部屋は凍える程の寒さで、至るところが凍結していた。また、炭化したがいくつも転がっており、独房の方では縛られた男二人が発見された。

 独房の檻は、鋭利な刃物で斬られたかのように綺麗にスッパリと切断されていた。生徒たちは手足を縄で縛られて目隠しをされた上、猿轡を噛まされていたと言うが、レヴィンと言う少年の活躍により全員がその縛めから解放されたらしい。そのレヴィンと言う生徒は、現場からは見つからなかった。生徒たちによれば、スネイトと呼ばれる人物が何処かへ連れ去ったと言う。そのため何の手がかりのないまま、捜索は続行されることとなったが、彼は数時間後にあっさりと見つかることとなる。ゲラルド一味のメンバーで確保できたのは、警備隊に取り押さえられた五人と地下室にいた二人、そしてゲラルド、アンスガーであった。ゲラルドは瀕死の状態であったが、生徒の一人であるローラヴィズ・フォン・マッカーシーの回復魔法によって死の淵から生還したのだ。フレディは一旦は確保されたものの隙を突いて逃亡。その行方は分かっていない。鑑定士のバージルは完全に心臓を貫かれており、回復魔法の甲斐もなく死亡した。


 ゲラルドはメルディナでの尋問では何も話さず、黙秘を貫いていた。メルディナ警備隊の取り調べなどまるで意に介さない様子であったと言う。しかし王都へと移送され、取り調べる者が変わった瞬間、洗いざらい話し始めたと言う話だ。王都には拷問官ごうもんかんと言う職業クラスに就く者がいるらしい。後日、それをローラヴィズから教えられたレヴィンは戦慄し、ヘルプ君に確認した程である。そしてその能力を知って、更に震え上がったほどである。


 ゲラルドとその一味は今回の誘拐事件のみならず、その他の多くの事件にも関わっていたようだ。昨今の王都や近隣都市での子供の失踪事件は、ゲラルド一味によるものだと考えられており、今なお余罪が追及されている。誘拐された子供たちは、アスプの実を食べさせられて仮死状態にされた後、メルディナへと移送されていたと言う。移送していたのは、主にゲラルドと関わりを持つ商人たちであった。その子供たちは奴隷として売られ、現在も行方不明のままである。子供たちを運んだ商人は複数存在したようだが、その中の一人にレヴィンが護衛したハモンドの名前もあった。彼は現在もなお王都で取り調べを受けている。彼の商会は取り潰しは避けられないだろう。ちなみにアスプの実は人間を仮死状態にすると言っても、移送中に汚物を垂れ流すなど生理現象までは防げない。だからこそハモンドは強烈な匂いを放つ香水と一緒に輸送していたのだ。あれは人間の臭いを消すためのものだったのである。今回の件にはハモンドは絡んでいなかったが、誘拐には魔物使いのアンスガーが関わっていたことが明らかになった。課外授業で生徒たちが攻撃した拠点の魔物全てが操られていた訳ではないが、少なくとも第一班付近の魔物は操作されていたようだ。大抵の国でもそうだが、アウステリア王国内では各都市で商人が輸送する積み荷は必ず調べられることになっている。ゲラルドの息のかかった商人がそれを免れていた理由は、城門で積み荷を改める衛兵たちの隊長クラスの者が買収されていたためである。当然、彼らも取り調べを受けた上、監獄行きとなった。また、誘拐事件の舞台となったメルディナの代官であるウリリコ男爵にも嫌疑の目が向けられたが、こちらは関与の証拠が出て来ずに無罪放免となった。ただし、衛兵の不手際を追及されて、ある程度の罰則が科せられる予定だと言う。


 今回の誘拐事件は、今までの平民の子供を狙うものとは一線を画していた。有力貴族の子息が対象に入っていたためである。マッカーシー侯爵の長女、ローラヴィズや、ゼルト子爵の次男、ノエル、そしてビターマイン子爵の三男、ノッシュなどがそれに当たる。貴族の子息の誘拐自体は昔から存在した。しかし、ここまで大規模な事件はこれまではなかったのである。その周到な誘拐計画から、当然、中学校やそれに関わる人物を始めとして、誘拐された子息を持つ貴族の敵対派閥の人物などの関与が疑われた。特に今回の課外授業は、本来ならば探求者ギルドに任されるはずの任務を強引に生徒たちに任せたものである。

 探求者ギルドのギルドマスター、ランゴバルトの反対を強引に押し切った人物に目が向けられるのは当然のことであった。魔法中学校の校長ノルドント卿、そして騎士中学校の校長ギルティ卿は特に念入りに事情聴取された。その他にも誘拐された第一班の引率教師であったネッツや、班決めに深く関わったエドワードを始めとする教師たち、そして教頭などにも嫌疑が掛けられた。彼らは流石に拷問されることこそなかったが、王国鑑定士による鑑定が行われ、更に徹底的に背後関係が洗われた。誘拐時の状況はそれほど情報がなく、その手際も巧妙であったため、証拠となるものは少なかった。付与魔法レベル5の魔法である【眠神降臨】が使用されたこと、失踪場所が精霊の森とメルディナに至る街道沿い付近であったことから事件が綿密に計画されたものであることは疑い様のない事実であった。強い嫌疑を掛けられたのはシガント魔法中学校の教頭であった。彼は班決めに深く関与した内の一人で、その配置にも口を出していた。更に間に人を挟んで商人らと連絡を取り合っていたことが明らかになった。教頭は最後まで無実を主張したが、彼が雇った人物と商人の下男の証言から有罪が確定した。有罪が確定して教頭は激しく取り乱した。彼は「そうだッ! 俺はそそのかされたんだッ!」と叫びながら暴れたが、ついぞ、そそのかした者の名前を挙げることができなかった。一応、教頭は男爵の位にあったので、その寄り親である貴族にも調べが及んだが、結局は無関係だと判断された。また、疑いを掛けられた貴族たちも特に尻尾を出す者もなく、彼らが事件に関わっていたかは闇の中と言うことになった。


 問題はそれだけではない。王国の鑑定士であるバージルが鑑定結果の情報を売り渡し、人身売買に深く関わっていたからだ。アウステリア王国は事態を重く見て、鑑定士の機関である『なんでも鑑定省』のトップを更迭の上、国民に謝罪した。この異例の謝罪は国民のみならず、周辺国家にも衝撃を与えることとなった。そして現場から消えた者たちの正体や足取りは全く掴むことができずにいた。


 ゲラルド一味の幹部を務めていた剣豪フレディの行方。彼は現場の混乱の隙を突き、兵士の包囲を突破して姿をくらませた。警備隊突入前に姿を消したアルジュナ。ゲラルドによれば、彼は今回の計画の立案者であり、王国内部に影響のある犯罪を積極的に計画していたと言う。更に彼は逃げる際に、まるで転移のような魔法を使って現場から消え去ったらしい。これは生徒たちからの証言でも裏付けが取れている。


 最後に、生徒の中でも目立たない存在のレヴィンをさらったとされるスネイト。ゲラルドの証言では、彼は『異世界人』と言う称号を持つ者だけを買い取る売人であるらしい。しかも金払いが良かった。その称号を持つ者を見破れるのはバージルだけだったので、ゲラルドはバージルとスネイトによってかなりの儲けを得ていたようだ。この称号を持つ者を今まで二人、スネイトに引き渡したと言う。この称号に関しては王国の最重要機密事項となり、一般には秘匿され極秘に調査されることとなる。ゲラルドが死ななかったお陰で、多くのことが明るみになった。しかし肝心の【眠神降臨ヒュプノス】を使用した者、謎の行動を取って姿を眩ました者など分からないことも多い事件となった。この事件はアウストリア王国史に名を残す重大事件として人々に記憶されることとなったのである。



―――



 とある人物を呼び出したレヴィンは、放課後に校舎の空き教室にいた。ガラッと音がして引き戸が開いて中に一人の男が入って来た。


 ノイマンである。


「やぁ、お待たせ……。僕に用って何かな?」

「悪いな。でもどうしても気になることがあったんでな」

「僕たちを導いて助けてくれた恩人だ。何でも聞いてくれ」

「そうか……。なら単刀直入に聞こう。ノイマン、【眠神降臨ヒュプノス】を使ったのはお前だろ?」

「ハッ……僕が? 何故? そんなことをする理由など僕にはないよ」

「理由なんざ、誘拐に加担して対価を得ていたと言うことで十分だろ?」

「おいおい。僕らは皆、救出後に鑑定を受けたじゃないか。【眠神降臨ヒュプノス】が使えるならその時点で判明しているはずだけど?」


「普通に鑑定士の【調べる】で鑑定したならそうだろうな。でも【見破る】ならどうかな?」

「【見破る】? そんな能力があるのか?」

「しらばっくれるなよ。お前、鑑定結果を偽装したんだろ?」

「偽装だって? そんなことが出来るなんて初耳なんだが?」

「前に精霊の森で会ったのを覚えているか? あの時は微かな違和感しかなかったが、今思えばおかしなことがある」

「へぇ……。違和感ねぇ。なら教えてもらおうか。そのおかしなこととやらを」

「お前は付与術士だったな。そして魔物を相手に長剣と魔法で戦っていた。でも変だよな。『どうして長剣を扱えた』んだ? 付与術士は長剣は装備できない――扱えないはずなんだがな」


 ノイマンの顔がわずかに歪んだのをレヴィンは見逃さなかった。


「お前が職業変更しているのは間違いない。それがバレていないのは隠す手段があるってことだ。そして隠す理由もな」

「そうだな。僕は職業変更をすることが出来る。だけどそれがどうしたと言うんだ? それに誘拐に加担していたことと何か関係があるのかい?」


 ノイマンがあっさりと認めるとは思っていなかったのでレヴィンは少し面喰う。だが、ローラヴィズから聞いた話によれば誘拐事件の立案者は分かっている。しかも恐らくは転移魔法すら扱うことのできる男だ。ノイマンと繋がりがあるのは間違いないだろう。


「何故、普通の平民が職業変更なんてできるんだろうな? 何か特別な能力でも持っているんじゃないのか? ああ、それともアレか? 『アルジュナ』にでも力を借りたのか? 誘拐を計画したアルジュナになぁ」


 レヴィンが突きつけた言葉に対する反応は意外なものであった。

「ふッ……レヴィンがそれを言うのか? 『異世界人』の君が」

「はッ! やっぱり関係者じゃねーか」


 二人が関係していることは予想がついたが、まさかアルジュナがノイマンに『異世界人』の存在すら教えていたのは意外であった。藪をつついたら蛇が出た感が否めない。


「用事はそれだけかい? なら僕はこれで失礼する」


 ノイマンは自身の秘密が知られたところで、レヴィンには何もできないと確信している。さっさと踵を返して教室から出て行くノイマンの背中を見つめながら、レヴィンは苦い思いが込み上げてくるのを感じていた。


「異世界か……。やっぱ一筋縄ではいかねーみたいだな……。面白れぇ! この世界で必ず最強になって生き抜いてやろうじゃねーかッ!」


 教室にはただ一人、闘志に燃える男が残された。その表情には喜悦の色が浮かんでいた。

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神の願いを叶えろ!?気まぐれな神々に翻弄される俺は異世界最強を目指す!! Ⅰ部 波 七海 @naminanami

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