第36話 レヴィン、奮戦する

「だから爆発音の元を調べさせろと言っているッ!」


「何度も言わせるな! ここをどこだと思っている! 警備隊など引っ込んでいろ!」


 遠くの扉の方から、こんなやり取りが聞こえてくる。やはり警備隊のようだ。恐らく何度も響いた爆音と振動が彼らを引き寄せたのだろう。しかし、【探知ディテクション】の範囲はそれほど広くないのかも知れない。現に、ローラヴィズは向こうにいる人間を感知できなかった。彼女から魔法陣を教わった後、色々と調べてみたいところである。


「お前ら、観念して投降しろ」


 レヴィンは無駄だと思いつつも、降伏を勧告した。それに答えたのは赤髪の男であった。


「ああッ!? ガキが何言っていやがるッ! 吐いた唾は飲めねぇぞ!」

「お前が大将か。それにしてもあんたがここにいるのはどう言う了見だ?」


 レヴィンの言葉に、オロオロしていた男が更に取り乱し始めた。


「バージルと言ったか? 王国鑑定士様が悪党とつるんでるなんてなぁ」


 レヴィンたちの目の前にいた五人の内の一人は、学校でレヴィンを鑑定した人相と顔色が悪い鑑定士の男であった。


「オタオタしてんじゃねぇッ! ここがどこで俺が誰だと思っている? 俺たちがガキ共に負けるとでも言うつもりか?」

「い、いえ……決してそんなことは……」

「顔が見られたからどうだと言うんだ? どうせ売り払うのだ。最悪、全員殺せば済む話だぞ?」


 赤髪の男にそう言われてバージルも落ち着きを取り戻したようだ。

 早速、大威張りでレヴィンたちに罵声を浴びせ始める。


「ガキ共がッ! どうやって脱出したかは知らんが、どうせお前らは売り飛ばされるんだよッ!」


 バージル、面白い男である。


「フレディ、いつまで遊んでいる。さっさと殺せ」

「はッ!」


 赤髪の男に命令された男はフレディと言うらしい。フレディは、先程まで斬り結んでいたヴァイスを真っ向から見据えると長剣を構えた。突如、彼の姿が消える。そして次の瞬間、ヴァイスの左側へ現れたかと思うと、ヴァイスの腹を薙ぎ払いに掛かる。しかしフレディの一撃が完全に決まる前に、レヴィンの【波動拳はどうけん】がフレディの体を直撃した。目に見えない波動が衝撃となって彼を襲ったのだ。


 堪らず吹っ飛ばされたフレディだったが、すぐさま身を起こそうとする。


「クッ、修道僧モンクかッ!?」

「ヴァイスッ! 下がれッ!」


 フレディが完全に身を起こす前に、レヴィンが彼の目の前に移動する。予想以上の速さに驚いたのかフレディは床を転がると、スペースのある場所で身を起こす。しかし、完全に体勢を立て直す前にレヴィンの魔力を込めた右鉤突きがフレディの左脇腹を抉る。


「グガッ!」


 苦痛の呻き声がフレディの口から漏れる。レヴィンは各上相手に勝つには奇襲しかないと考えていた。相手の職業も何も分からない以上、各上だと想定して戦うしかない。レヴィン渾身の一撃を受けたフレディであったが、流石に一発で沈むほど甘くはなかった。踏み止まったフレディの横薙ぎが一閃する。



 ――速い



 レヴィンはそれを辛うじてかわすと、どうするべきか思考を巡らせる。

 周囲にはビリヤード台やら大きなテーブルやらがあり、限られた狭いスペースで戦う必要がある。地下へと続く入口の近くでは、ローラヴィズがヴァイスに回復魔法をかけている。現在、彼女の職業クラスは賢者なので光魔法、暗黒魔法、付与魔法が使えるのだ。


「貴様、中々やるな。殺すには惜しい男だ……」

「ハッ! あんたもしぶてぇな。」


 レヴィンは初撃で仕留めきれなかったことを悔やんだ。後は異世界人としての特性を利用して肉を切らせて骨を断つしかない。修道僧モンクだと思い込んでいるフレディに魔法を仕掛けるのだ。ダメージ覚悟で。職業クラス修道僧モンクの学生が魔法を使えるなど考えていないだろう。


「安心しろ。苦痛なくあの世に旅立たせてやる。名乗れ」

「俺に死ぬ気はねーぞ? だから名乗らねーことにする」


 その時、鑑定士のバージルから意外な言葉が発せられる。

 その声色には恐怖と困惑の色が混じっていた。


「フレディ殿、そいつは引き渡す約束のはずだッ!」

「手を抜けばこちらがられるのだッ! 今回ばかりは仕方あるまいッ!」

「相手はあのスネイト殿ですぞッ!?」

「バージル、ここまでされて生かしておく訳にはいかん。スネイトには我慢してもらう」

「そんな……」


 バージルの表情が驚愕で固まり、その顔色はいつも以上に蒼白になっている。


「フッ! そう言う訳だ。面白いヤツだがこれで終りだ。では……死ね!」


 言葉を言い終えると共に一瞬でレヴィンの懐に入り込むフレディ。その踏み込みはレヴィンの反応速度を軽く凌駕していた。レヴィンは視界からフレディが消えた瞬間、魔力を込めた両腕で急所を守ると『偉大なる言葉マグナ・ヴェル』を発した。フレディの振るう剣がブレ、不可視の領域に達する。



虎狼一閃ころういっせん

雷電ボルタ



 勝負は――一瞬。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 この場に響いたのはフレディの絶叫であった。荒れ狂う雷撃らいげきの直撃を受けてフレディはその場に崩れ落ちた。レヴィンは何とか生き残ったのだ。その左腕と引き換えに。しかし問題はない。レヴィンはすぐさま光魔法を発動した。



神威治癒ハイヒール



 少々の体の欠損程度であれば、回復再生してしまう光魔法。綺麗に斬り裂かれたレヴィンの左腕が再生していく様子を見て、赤髪の男がボソリと呟いた。


「馬鹿な……。フレディは剣豪けんごうなんだぞ……」


 レヴィンがそちらを向くと、回復したヴァイスとノエルが数人の男相手に何とか踏ん張っている。どちらも大きく肩で息をしており、余裕はなさそうだ。ノエルの後ろには前衛組が倒れており、ローラヴィズが回復魔法をかけているようだ。後は未だ沈黙を続ける男と、レヴィンの目の前でオタオタと狼狽えているひょろっとした男が一人。


「次はテメーだ。ひょろ長カイワレ野郎ッ!」

「お……んのれ、愚弄するか貴様ァァァ! 我が強化魔獣に喰われて死ねェェェェェ!」


 自分の容姿を気にしていたのか、蒼白だった顔を茹蛸ゆでだこのようにした男の怒号がレヴィンを襲う。同時に部屋に飾られていた巨大な体躯を持つ熊の剥製が動き出した。どうやら本物の魔物だったようだ。レヴィンの顔が歓喜に染まる。


「剥製じゃなかったのか……。そうか……テメーが魔物使いか……」

「ヒャアァァァァ、だったらどうしたッ! こいつはCランクの魔物、クマベアー! だが私が強化した魔物だァァァァァ! 喰われて果てろッ!」


「いやーちょっとばかり神に感謝しねーとなと思ってな。つってもあの神に感謝するつもりは毛頭ないがな」

「訳の分からんことを……かかれッ!」


 男の号令一下、クマベアーが突進を開始する。その勢いたるや凄まじく、テーブルを破壊しながら猛烈な速度と破壊力で突き進んでくる。が、レヴィンにかわして攻撃すると言う選択肢などない。熊との決闘ともなれば、男なら誰もが心を躍らせることだろう。魔法で倒すのは無粋。しかも職業クラス修道僧モンクとなれば当然真っ向勝負一択である。腰を落としたレヴィンは目の前で大きく立ち上がり、覆い被さってくるクマベアーに渾身の正拳突きを繰り出す。その流星の如き一撃は正確に心臓付近を豪打した。


 刹那の間――魔物は大きな音を立ててその場に倒れ伏した。


 意外な程にあっさりと。

 筋肉の上に厚い脂肪と毛皮を纏った鉄壁の防御もレヴィンの与えた拳の衝撃に耐えられなかったのだ。


心臓震盪しんぞうしんとうってとこか。魔物にも効くもんだな」


 一瞬の出来事に顔を引きつらせたまま動けない男。レヴィンは念のためクマベアーにトドメを刺すと男へ歩み寄って行く。茫然自失となり、膝を着いた男の首を片手で掴むとギリギリと締め上げる。男の体が浮き、その顔がまたしても真っ赤に染まっていく。もがき苦しみ、暴れていた男の抵抗はじょじょに弱まり、やがてピクリとも動かなくなった。


「俺のダチを操って苦しめた罰だ」


 あっさり落ちた名前も知らないその男に、レヴィンは底冷えのする冷酷なまでの声色で告げると、ようやく手を離した。その時、向こうの扉が大きく開かれて何人もの人間が雪崩れ込んだ。内側で扉を押さえ、進入を防いでいた者たちに限界が来たのだろう。


「ゲラルドッ! 警備隊だッ! 観念しろッ!」


 その怒号に赤髪の男が舌打ちする。ヤツの名はゲラルドと言うらしい。

 扉付近にいたゲラルド一味は既に組み伏せられている。

 そしてゲラルド、バージル、そしてもう一人の男は警備隊に完全に包囲されてしまった。


「ハノッツ! お前も来てくれたか!」


 ローラヴィズが歓喜の声を上げている。恐らく彼女の家の者なのだろう。警備隊とマッカーシー家の正規兵に囲まれては、これ以上の抵抗は無理だろう。レヴィンがそう思ってようやく安堵し、元の暗黒導士に戻るべく職業変更クラスチェンジを実行した。しかし何かがおかしい。ひっかかりを覚えたレヴィンはステータスを確認する。職業が変更されておらず、修道僧モンクのままである。不審に思ったレヴィンは再度、職業変更クラスチェンジを試す。しかし、いつもなら聞こえるはずのヘルプ君の声も聞こえない。脳内にステータスを表示させてみるも、異常はなさそうだ。職業変更クラスチェンジできないことを除けば、だが。レヴィンが困惑していると、追い詰められた三人の内の一人が呟いた。


「ここまでか……。計画は失敗だな」

「アルジュナ……? 何を言っている?」


 ゲラルドの声に戸惑いの色が見える。

 バージルもその男の方を怪訝な顔で窺っている。


「まったく……一番肝心な計画を破綻させおって。また一からやり直しだ」


 アルジュナと呼ばれた男はレヴィンが見たこともない魔法陣を展開すると、その場から忽然と姿を消した。残された二人はもちろん、包囲していた面々も困惑しているようだ。


 レヴィンだけはアルジュナが最後に使った魔法陣のことについて考えていた。


「あれは転移魔法か……? 時空魔法じくうまほうってヤツ――」



 ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!



 突如鳴り響いた爆音にレヴィンは思考の海から無理やり引き上げられる。

 辺りにはもうもうと煙が立ち込め、警備隊の隊員が何人も倒れ伏している。

 そんな中、声が聞こえた。喧騒の中、やけにはっきりとした声が。


「約束の時刻になった。引き渡してもらおうか。バージルよ」

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