第35話 レヴィン、脱出する
「ど、どうする?」
ノエルがレヴィンに問い掛ける。
俺に聞くなよと思いつつ、レヴィンは少し考えてから思ったことを口にした。
「もしかしたら中から何かの合図をすると外から鍵を開ける……みたいな流れなのかもな」
「取り敢えずノックしてみる?」
ローラヴィズがノックする振りをする。
その時、今まで黙っていた生徒たちが意を決したかのように声を上げ始めた。
「なぁ、やっぱり殺さなきゃ駄目なのかな?」
「そうだよ……。俺は人殺しにはなりたくない……」
「何とか交渉できないのか?」
「気持ちは分からんでもないがこのままだと俺たちは奴隷として売られるぞ? 恐らくな」
レヴィンとて
「で、でも身代金を請求するって言ってたじゃないか!」
「そりゃするだろうな。でも身代金が支払われたとして、俺たちをただで帰す必要があると思うか?」
「そんなッ! 約束とは誓いだッ! それを破ると言うのかッ!?」
まるで騎士のお手本のようなセリフを吐く生徒の一人に、レヴィンは冷たく言い放つ。
「お前は、誘拐して身代金を要求するようなヤツが約束を守ると思うのか?」
レヴィンの言葉に反論する者はいないが、その表情から納得しきれていないのは明らかだ。
「ローラはどう思う?」
「私は悪意を持って立ちふさがる敵は倒さざるを得ないと思っている。このまま助けを待っていて事態が好転するとは思えないし、せっかくレヴィンが作ってくれた好機を逃す手はないわ」
反論した生徒たちは、ローラヴィズの言葉にもまだ納得ができないようだ。
四人程の生徒がうつむいて何か言いたげな表情をしている。
その手は強く握りしめられており、微かに震えているのが分かる。
「うーん。じゃあ、こうしよう。ここで寝ている二人を起こして人質とする。それで交渉して脱出する」
「交渉? 悪党がそれに応じるか?」
ヴァイスは懐疑的なようだ。当たり前である。レヴィン自身もそんな都合の良いことは微塵も考えていない。ただ、枷がなくなったレヴィンは魔法戦で負ける要素はないと言う自信があった。妥協して見せたのは、単に時間がもったいないからに過ぎない。
「レヴィン、本気で言っているのかしら? 私は反対ね。人質なんて通じるとは思えないし、犯罪組織とは交渉の余地なんてないわ」
レヴィンの言葉に、ローラヴィズが普段からは考えられないような強い言動を見せる。対して殺人に反対していた生徒たちの表情が明るくなる。レヴィンの『交渉』と言う言葉を聞いて安堵したのだろう。するとその内の一人が勢い込んで多数決を提案してきた。
「いや、多数決なんざ無用だ。話が通じない場合は、俺が全員ぶっ飛ばす。お前らは見ているだけでいい」
いつまでもグダグダやっている暇などない。レヴィンは全てを自分が背負おうと覚悟を決めた。世の中、話し合いのみで解決できる方が少ないのだ。大抵はゴネ続けた側が権益を確保し、利益を享受する。最後に行きつく先は力の論理だ。これが現実なのである。
レヴィンは寝ている二人の男を叩き起こした。その首元にはヴァイスたちが剣を突きつけている。見張りの男たちは驚きで声が出せないようだ。
「取り敢えず、ここの鍵を開けさせろ。そして俺たちの無事を保障しろ」
「馬鹿か……。そんな戯言が通じる訳ねぇだろ」
「そんなことしたら、俺たちが殺されちまうわ」
「だよなぁ……」
レヴィンは、予想通り過ぎる反応に思わず笑ってしまう。
「まぁ、とにかくお前ら。隣の部屋に向かって助けを乞え。必死でな」
一転して冷酷な口調で言い放ったレヴィンは、同時にローラヴィズに【
「動いたわ。上からも人が下りてきたみたい。三人ほどこっちに近づいてくるわね」
それを聞いたレヴィンは見張り二人の顎に一発喰らわせると大声で警告した。
「扉の前の野郎共ッ! 動くな! 動けば殺す! 交渉がしたい! お前らのボスを出せッ!」
レヴィンの言葉に反応があった。返事は大爆笑である。
「止まる気配はないわね。かなりの人数が扉を囲むように展開しているわ」
レヴィンは不思議でならなかった。子供とは言え、騎士中学校と魔法中学校で訓練を受けた生徒相手によくもまぁ大きくでられるものだ。少しどころか完全にナメ過ぎだろう。
「警告はしたッ! 今からお前らをこの世から消滅させるッ!」
「ヒャァァッ! やれるもんならやってみろやッ! 甘っちょろいガキ共がッ!」
「もう扉の前に来るわッ!」
「全員、魔法を撃つから扉の両側に身を隠せ」
レヴィンはそっと扉に手を触れると魔法陣を展開した。
と同時に冷気の膜を張り火炎と熱が遮断されるようにする。
【
その声にこたえて【
扉の向こう側に
レヴィンは扉から手を放すと扉の右手に移動する。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
ド派手な爆音と共に扉の向こう側で【
【
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
再びド派手な爆裂音が聞こえる。
【
レヴィンの最後の魔法によって、部屋の中でいくつもの火炎が渦を巻き荒れ狂う。
【
これでレヴィンの宣告通り、隣の部屋には何も残っていないだろう。
【
すかさずローラヴィズがもう一度、【
流石はローラヴィズである。使いどころが分かっている。
「反応の消失を確認した。後は恐らく上の階にいる五人くらいね」
ほどなくして煙が晴れてくる。冷気の膜を張ったにもかかわらず、凄まじいまでの熱気が頬を撫でる。とても隣の部屋には移動できそうもない。
「上にいるヤツらもこっちも部屋に入れないみたいだな。氷の魔法でもぶち込んだら冷えるんじゃないか?」
ノエルが提案する。レヴィンが苦笑いを返す。
分かったことはノエルが脳筋だと言うことである。
「今度は霧で視界が利かなくなるわよ?」
ローラヴィズが突っ込んだ。
「さっきみたいに隣の部屋の天井に魔法を撃って天井を壊したらどうだ?」
「天井が崩壊して生き埋めになるだろ……」
今度はヴァイスが突っ込んだ。突っ込み役が多いと楽でよい。レヴィンは良いパーティだと自分たちに太鼓判を押した。未だ熱気で部屋に入ることもできず時間ばかりが過ぎてゆく。
「まぁ残りは五人だ。このまま何もしないって訳にもいかない。状況が悪い方へ推移する前にノエルの言う通り隣部屋を冷やそう。それも半端ない程にな」
【
レヴィンが隣部屋の中央付近に氷の球を着弾させる。それを何度も繰り返した結果、先程の熱気は完全に消え失せていた。今は逆に凍える程に寒い上、視界も悪い。
「それじゃあ、行くか」
レヴィンがまるで散歩にでも誘うような口調で呟いた。見張りたちは縛り上げたまま放置していく。念のためヴァイスとノエルを先頭に全員がその後に続く。部屋の中には、ほぼ何も存在しない。ところどころ炭化して小さくなった何かがある程度だ。塵すら残さず燃え尽きたのか、初めから何もなかったのかは誰にも分からない。先程、殺すのに反対した生徒たちは、炭化したものを見て小さく悲鳴を上げている。
やがて向こうの壁に突き当たると上へと繋がる階段を見つけた。
「やっぱり、この上の階に五人いるみたいね」
「よし。ヴァイスとノエルは先に上ってくれ。扉があったら教えて欲しい」
「声を出してもいいのか?」
「ああ、残りは五人だし問題ないだろ。魔法で扉を吹っ飛ばすから二人は伏せていてくれ」
「扉が破壊されたら俺たちは突撃すればいいんだな?」
「ああ、頼む。上にいるヤツらの実力が分からない。油断するなよ?」
コクリと首肯するノエル。二人はレヴィンの指示通りに階段をゆっくりと上って行く。手すりなどない無骨な石造りの階段である。二人にはああ言ったが、だいたいの扉の位置は階段の造りと天井の位置から予想できる。レヴィンはここが何に使われていた部屋なのかとふと思ったが、どうせロクでもないことだろうと思い、考えるのを止める。
少ししてヴァイスの声がレヴィンの耳に届いた。後はレヴィンが魔法で扉を吹き飛ばすだけだ。使うなら風魔法だろうが、レヴィンは恐らく手持ちの魔法の中で最も威力のあるものを選択した。できるだけ落ちてくる瓦礫の量を減らしたいところだ。
【
幾筋もの光の束が
「うおおおおおおおお!」
階段上に散らばった瓦礫に邪魔されながらもレヴィンは、急いでヴァイスたちの後を追う。ローラヴィズやその他の生徒たちも先を争うように狭い階段を上り始めた。レヴィンが階段を上りきると、そこはバーのような感じの造りの大きな部屋になっていた。ヴァイスは男と斬り合いを演じており、ノエルは燃えるような赤髪と髭を生やした大柄な男と睨み合っている。そして、顔面を蒼白にしてオロオロする男が一人。その顔はレヴィンに見覚えがあった。更に無表情で事態の成り行きを見守っている男とひょろっとした貧相な男が一人いる。レヴィンたちがいる場所とは反対側の方にも何人か敵がいるようだが、彼らは扉の前で何やら押し問答のようなことをしている。時折、怒号や罵声が聞こえてくるので、もしかしたら警備隊が来ているのかも知れない。レヴィンは階段を上りきって次々と部屋に入って来る生徒たちにも注意を向ける。そして、目の前の男たちをどうしてくれようかと考えつつ、
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