第27話 レヴィン、精霊の森を彷徨う

 レヴィンは一人、精霊の森へと足を運んでいた。


 折悪く、《無職ニートの団》のメンバーの都合がつかなかったのだ。皆で狩りが出来ないのは残念だが、レヴィン一人でも余裕で戦いをこなせるので特に問題はない。何せ、直接攻撃はもちろん、攻撃魔法も回復魔法も扱えるのだ。しかも誰も見ていないので気兼ねすることもない。とは言え、いつも通り狩りに励むのも代わり映えがない気がする。たまには森をのんびり探検して噂の精霊族の隠れ里を探してみるのも良いかも知れない。それとも久々に小鬼たちの秘密基地にでも顔を出そうかと考えを巡らせていると、どこからか高く澄んだ音が聞こえてきた。金属がぶつかり合う音だ。森の中で反響しているため分かりにくいが、誰かが戦っているようだ。もしものことを考えてレヴィンは音を頼りにでこぼことして走りにくい斜面を疾走した。


 見えてきたのは三体の豚人オーク。そして囲まれている一人の男であった。彼は腹の辺りを抑えながら豚人たちの剣撃を必死でかわしているのが見て取れる。明らかに形勢が不利な状況だ。豚人オークならば交渉の余地はない。レヴィンはすぐに助けに入ることに決める。レヴィンの足音に気付いて振り向いた豚人オークに右鉤突きを喰らわせると、至近距離から魔法を放つ。



空破斬刃エアロカッター



 豚人オークの首が空を舞う。その顔は自らの死を未だ受け入れられていないような呆けた形相をしていた。思わぬ者の乱入に二体の豚人オークの注意がレヴィンに向けられる。襲われていた男はその場にうずくまるばかりで動く気配はない。豚人オークたちはレヴィンの方を脅威と見なしたらしく、威嚇と罵倒の声を上げながら剣を振り上げて襲い掛かってきた。だが、今のレヴィンからしてみれば豚人オーク二体程度どうと言うことはない。上段から叩きつけるように振り下ろされた大剣を半身になってかわすと、一体の足を引っ掻けて転ばせた後、もう一体を【空破斬刃エアロカッター】で瞬殺し、大地に転がったもう一体の首を圧し折った。


 レヴィンはすぐにうずくまる人物に駆け寄ると、崩れ落ちそうになる体を支えて抱き寄せる。


「おいッ! 大丈夫かッ!?」


 その顔を見た瞬間、レヴィンに電気信号のような刺激が走った。年の頃は恐らくレヴィンと同じくらいだろう。剣を握っている辺り、職業クラス剣士ソードマン騎士ナイトと言ったところか。レヴィンは自分の中に生まれた懐かしい感覚を思い出すべく、記憶の糸を手繰り寄せる。


「お……お前……もしかして……レヴィン……か……?」


 かすれた声で問い掛ける少年の言葉に驚愕をすると同時に、レヴィンの脳裏に次々と浮かんでくるものがあった。ぼやけていたものが鮮明なイメージに変わる。


「お前……ヴァイスか?」


 力なく頷くヴァイスを見てレヴィンは逡巡する。傷口は脇腹だ。皮鎧ごと薙ぎ斬られたようだ。光魔法で傷を治癒させることは簡単だが、既にレヴィンが暗黒魔法を使ったところを見られている。職業変更できないこの国で暗黒導士が光魔法を使えるとバレるのはマズい。とは言え、見捨てると言う選択肢はない。しばらく考えてハッと顔を上げるレヴィン。念のためリュックの中に入れて持ち歩いている回復薬の存在を思い出したのだ。直ぐ様、青色の結晶体――ミドルポーションを取り出すと傷口に当てた。


「はぁッ!? 何故、回復しないッ!?」


 普通であれば、この青の結晶を患部に当てれば傷が塞がり回復するはずなのだ。実際、レヴィンが怪我を負った時、父親のグレンがポーションを使ってくれたことがあるのだ。


「あッ……確か飲ませても回復するはず……」


 思い当たったことをすぐに実行に移すレヴィン。


 しかし――


 再び、疑問が頭の中を埋め尽くし、混乱が加速する。ループし続ける思考と困惑を振り払い、レヴィンは自分で飲んでみようと試みる。が、


 その瞬間、レヴィンは全てを理解した。


「魔導士が剣を扱えないのと同じなんだ……魔導具を使えるのは――魔道具士のみ?」


 思えばグレンは魔導具士である。ここでも前世の固定観念が邪魔をしたのだ。魔導具、つまりアイテムなど誰でも使えると思っていた。過去から学べなかった自分を呪いつつ、レヴィンはヴァイスに【睡眠スリープ】の魔法をかけ、【聖亜治癒ミドルヒール】を使って彼を回復させた。


 しばらくして目を覚ましたヴァイスは記憶が混濁している様子であった。レヴィンは助かったと思いながら、通りすがりの魔導具士が助けてくれたと苦しい言い訳をしておいた。


「それにしても、まさかレヴィンに助けられるなんてな。助かったよ……」

「ああ、俺も襲われているのがヴァイスとは思わなかった。ヴァイスは今、何してんだ?」

「俺か? 俺は騎士ナイトだからな。騎士中学に通ってる。言ってなかったか?」

「そうだっけ? でもいくら騎士ナイトだからって一人で狩りをするのは危険だろ」

「そう言うレヴィンも一人じゃないか」

「まぁ、そうなんだけど。俺は強いからな。問題ねーよ」

「……レヴィンはしばらく見ない内に変わったな……」


 もう何度も変わったと言われているレヴィンとしては慣れたものだ。それよりもレヴィンは頭の中にある過去のヴァイスのイメージと、目の前にいる少年のイメージが一致しないことに違和感を覚えていた。


「そうか? そりゃ小学校以来だと変わって見えるだろうさ。それよりヴァイスの方こそ変わったんじゃないか?」

「……そう見えるか?」


 レヴィンの問い掛けに、俯いたヴァイスの顔が明らかに曇る。何か言えないことがあるのだろう。そのわだかまりが彼の表情に影を落としている原因に違いない。レヴィンとしても何かしてあげたいが、ゆっくりでも本人が一歩踏み出さねば意味がないと思っている。となれば、少しでも気の晴れそうな、背中を押してあげられるような言葉を掛けるのみだ。


「そういや、俺とアシリアたちで探求者ハンターのパーティを組んだんだ。まだ五人しかメンバーがいないんだが、今ちょうど前衛を探しててな。ヴァイスも入らないか?」


 ヴァイスが驚いたような表情でガバッと顔を上げる。


「俺なんかを誘ってくれるのか……?」

「おうよ」

「俺はレベルも低いし、弱い……。役に立てないかも知れない」

「問題ない」

「どうして……何故、そんな簡単に受け入れてくれるんだ? 俺は昔、お前をからかっていたんだぞ?」


 それを聞いてレヴィンはようやく違和感の正体に気付いた。小学校時代のヴァイスは早くからレベルを上げて強くなり、その腕っぷしからガキ大将のような立ち位置にいたはずだ。態度も尊大で今の卑屈なそれとは違う。レヴィンの鋭い視線がヴァイスを射抜く。


「過去は過去だ。過ぎたことに囚われていても意味はない。そんな些事は水に流してしまえばいい。俺は気にしない。どうしても気になると言うのなら、これから変わる努力をすればいい」


 ヴァイスはレヴィンの言葉を聞いて再び俯いた。しばしの刻が流れる。催促はしない。レヴィンはただただ言葉を待った。やがて沈黙を破ったのはヴァイスであった。


「本当に俺なんかでいいのか?」

なんて言うなよ。自信を持て。俺たちはまだ十四歳だ。時間は十分にあるし、これから何にでもなれる」


「ははッ……大人みたいなことを言うんだな」


 レヴィンはヴァイスの顔がようやく綻んだ気がして心が温かくなるのを感じていた。しかし結局、ヴァイスがパーティへ入れてくれと言うことはなかった。


 二人は立ち上がると、王都へ戻るべく歩き出した。しばらくパーティメンバーのことを話しながら歩いていると、剣と剣がぶつかり合う音と魔物の遠吠えが聞こえてきた。どうやらまた厄介事らしい。レヴィンとヴァイスは顔を見合わせると、すぐに駆け出した。反響する鋭い音に中々場所を特定できなかったが、やがて深緑色のローブを纏って長剣を振るう男と、豚人に率いられたフォレストウルフの戦闘場面に出くわした。既に多くの魔物が倒された後らしく、大地には多くのフォレストウルフの屍骸が横たわっている。


魔霊猛撃マインドフィアー


 低い声でボソリと紡がれた『偉大なる言葉マグナ・ヴェル』によって生み出された青い衝撃波が豚人の体を貫通する。肉体と精神の両方にダメージを与える魔法だ。


「レベル3の付与魔法か……やるじゃねーか」


 豚人がガクリと膝から崩れ落ちる。しかし、大剣を支えに何とか倒れないように踏み止まっている。ローブの男はそんな豚人に近寄ると、あっさりとトドメを刺した。統率者を失ったフォレストウルフは散り散りになって逃げてゆく。追撃せずにそれを見送った男は長剣の血を振り払うと鞘に収めた。ここでようやく近づいて来るレヴィンたちの存在に気付いたようだ。


「あんた、中々やるな。付与術士か? 一人であの群れを殺るとはな」


 ヴァイスもレヴィンの後に続いて近寄るが、ローブの男は気まずげに視線を背けた。改めてよくよく見ると男はまだ若く、少年のような風貌をしている。


「ん? お前、ノイマンじゃないか?」


 ヴァイスが意外そうな声を上げると、ノイマンと呼ばれた少年が俯いていた顔を上げる。フードで顔がよく見えないがアッシュグレーの髪が覗いている。レヴィンはダライアスの言葉を思い出していた。彼の話によれば、優秀で良いヤツだと言う話だったはずだ。


「……誰だったかな?」

「俺だよ。同じ小学校に通ってたヴァイスだ。覚えてないか?」


 嬉しそうに話すヴァイスの顔を見つめ、少し考える素振りを見せるノイマン。


「ああ……騎士ナイトのヴァイスだね。思い出したよ」

「あんた、いや君がノイマンか……? 俺のことは分かるかい?」

「フッ……当然さ。レヴィンだろ……?」

「おッ嬉しいねぇ。俺のことを覚えていてくれるなんてな」

「最近、話題だからね。無気力男が、熱血男になったってね」

「んだよ。その暑苦しそうなネーミングは……」

「自分が一番良く分かってるんじゃないかな?」


 レヴィンは苦笑いを隠せない。どうやら思っている以上に目立っているようだ。聞けば、ノイマンもよくレベル上げに精霊の森へ来ているらしい。一人で来ている辺り自信がある証拠だろう。レヴィンは一瞬、ノイマンもパーティに誘おうかと考えたが止めておいた。


 レヴィンとしては優秀な者が《無職ニートの団》のメンバーになるのは願ってもないことである。もちろんパーティの和を乱さないと言う前提ではあるが。ダライアスの言葉を信じるならば、ノイマンは良いヤツだと言う話だ。レヴィン自身も話してみて、性格に問題はなさそうだと感じた。しかし何故か、勧誘の言葉が口から出ることはなかった。出せなかったのだ。レヴィンは何故、彼を誘わなかったのか理解できずにいた。何か重大な引っ掛かりを覚えた気がするのだが、自分でも説明ができない。レヴィンは二人と別れた後、家路についたのであった。

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