第7話 レヴィン、初依頼を完了する

 散発的な襲撃はあったものの、それからの旅路はまったくの順調で、言ってしまえば退屈なものであった。二泊野営して、夜の十八時頃に目的地のカルマに到着した。城門で衛兵による検閲を受けて特に問題がなかったので、一行は街に入った。街はものすごい人数で溢れ返っていた。活気があり、熱を帯びた人々は皆、生き生きとしている。また、街全体がざわついており、まるで一つの大きな生き物のようだ。まず探求者ギルドに寄り、ハモンドに契約の履行を証明してもらい、報酬を受け取った。ギルドはかなりの大きさであった。王都のギルドよりも大きいのではないだろうかと思えるほどだ。ハモンドは今回も丁寧にお礼を言うと自分の商会の拠点に戻って行った。


「俺たちはしばらくはここを拠点に活動していくつもりだ。縁があったらまた会おうぜ」


 イザークはそう言うと片手を上げて去って行った。イーリスと共に宿を探しにいったのだろう。彼を見送ると、レヴィンはテオドールに聞いてみた。


「テオドールさんたちはどうされるんですか?」

「まぁ拠点は王都だったんだけどもうCランクになって結構経つし、自分たちもしばらくここで腕試しだな」


 他の仲間たちは早速掲示板を食い入るように見つめている。依頼数も桁違いの量が貼り出されており、競合が起こることも少なそうだ。テオドールも気になっているようでチラチラと掲示板の方を見ている。レヴィンはテオドールに別れを告げると、《丘の向こう側》のメンバーの下へと向かう。彼らは受付で何か確認しているようだ。


「チャーリーさん、お疲れ様でした。これからどうされるんです?」


 受付から離れると彼は笑いながら言った。


「うちらはランクDだし、ここでやっていけるかも分からんからな。まだ決めてないよ。依頼を確認してからだな。まぁ受付でランクDでもやっている探求者ハンターはいるって聞いたから何とかなるかもな」

「Dランクの探求者ハンターもいるんですね。依頼数も多いし、みなぎってきたッ!」

「まぁそういうことだ。それじゃあな」


 笑みを浮かべてそう言うと、チャーリーたちも掲示板の方へと消えていった。一人残されたレヴィンは、これからどうしようかとしばらく考えていたが、腹の虫が鳴いたので、先にご飯を食べることに決める。レヴィンは探求者ハンターギルドから出ると、匂いに釣られて飲食店が軒を連ねる区画へと足を向けたのであった。人ごみをかき分け進んで行く。多くの店の前には簡易メニュー表のような黒板が置いてあるのでどんな料理を扱っているか分かりやすい。レヴィンは、ちょうど興味を惹かれた店があったのでそこに入ることにした。中に入ると、大衆食堂のような雰囲気を持った店内の作りになっている。多少混んではいたが、たまたま空席があったようですぐに案内される。レヴィンは表の簡易メニュー表にあった仔フォグシープのワイン煮込みとパン、サラダにマスカテジュースを注文した。当然、店内にテレビなどあろうはずもない。暇を持て余したレヴィンはわくわくしながら客同士の会話を盗み聞きして過ごすことにした。




「今度、ここより東に開拓村を作るんだってよ」


「うへー、ここより東に作るとなるとそこが最東端になるってぇ訳か? 領土的野心を持っていると勘違いされやしないか?」


「エクス公国にか? でもあの国も結構各地を開拓していってるって聞くぜ?」


「なんだなんだ。どこの国も拡張主義ってか」


「まぁなんだ。この世界はまだまだ人間の手が入っていないところが多いからな。人間様の暮らしが発展するってぇならいいじゃねぇか!」




「北の辺境でヴァール帝國と一戦交えたって話があるみたいだな」


「ああ、あれだろ? ランクA冒険者のローランが自分のパーティと自警団みたいなのを率いて国境を越えた帝國兵を奇襲したってやつだろ?」


「いいねえ。冒険者が晴れて貴族様か。男爵だそうだが、儲かるのかねぇ?」


「与えられたのは、国境沿いの小さな村だってんだ。そりゃ儲からねえだろ。むしろこれから金ばっかりかかるに決まってる」


「まぁローランも《白銀騎士団》なんて大層なパーティを作ってたくらいだから、貴族になれて喜んでるんじゃねぇか?」


「ははッ違いねぇ!」




「北東のインペリア王国でリラ麦の価格が高騰してるらしいぜ」


「うはッそりゃあ商機じゃねぇか。商人のヤツらこのチャンスを逃す手はねぇだろ!」


「俺らも王国のリラ麦を買い占めて輸送するか? 一儲けできるかもだぜ」


「馬鹿言うんじゃねぇよ。輸送する荷馬車もねぇ、農業ギルドとのコネもねぇ、長距離輸送のための護衛もいねぇ、そもそも金がねぇ。ないないづくしじゃねーか!」


「確かにな。それに俺らは気楽な探求者ハンター稼業が一番だぜッ」




 内容は、やれ、カルマの東に開拓村を作るとか、やれ、Aランク探求者のローランが《白銀騎士団》を率いて武功を上げ貴族になったとか、やれ、隣国のインペリア王国でリラ麦の価格が高騰しているから売り捌いて一儲けしよう、だとかネタは様々であった。


 こう言うところで聞く話は面白い。そして、意外と馬鹿にならない情報が眠っているものだ。レヴィンはまだ見ぬ世界に心を躍らせた。そこへ料理が運ばれてくる。早速、「いただきます」と手を合わせ、ナイフとフォークを使って食べ始める。


「おおッ! 柔らかくて美味い! それにしてもナイフとフォークの作りは結構な出来だな。職業クラスを鍛冶師にすればこういうものも創り出せんのか……?」


 レヴィンは、異世界の食文化も馬鹿にはできないものだと認識を改める。日本は世界各地の料理を日本風に上手くアレンジして、手軽に美味しく食べられる豊かな食文化を持つ国であったが、この世界の料理はまた違う味だ。前世では味わったことのない刺激が味覚を、嗅覚を楽しませる。ちなみにマスカテジュースは葡萄のような味がした。


「っぷはー! 美味い!」


 心が美味しいと叫びたがっているようだ。レヴィンはフォグシープと言う獣について考えていた。王都で見たこともなければ、カルマまでの道中で遭遇したこともない。狩りで捕えられたのか、牧畜で育てられているのかすら分からない。まだまだレヴィンには知らないことが多過ぎるのだ。王都のことですら把握していない。とにかくアウステリア王国内のことと、それを取り巻く情勢くらいは早く理解しておきたいところである。食事を堪能したレヴィンは勘定を払い、店員に「美味しかったです」と伝えると、猫耳の獣人がもふもふした耳をピクつかせながら喜んでくれた。レヴィンは、獣人はいいものだと思いつつ店を出る。猫耳かわいいよ猫耳。今ならもふもふを願った転生者の気持ちも理解できなくもない気がした。


 次は宿探しだ。探求者の街と言われているほどなので宿屋くらい腐るほどあるだろうと、軽い考えで宿屋を探すレヴィン。宿屋の看板のピクトグラムってどんなのだろと思いつつ、斜め上に視線をやりながら道を進む。しかし人の往来が多くて前に進めないせいもあり、中々宿屋は見つからない。仕方がないのでそこらの客引きに宿屋街はどこか尋ねてみた。親切にもしっかり教えてくれたので、言われた通りに進んで行く。この通りでも客引きが盛んに行われているようだ。レヴィンは客引きに値段などを確認していき、その中で一番安い宿に決めた。イシマツ屋と言うガッツがありそうな名前である。店も小綺麗だし、問題はないだろう。チェックインを済ます頃、時間は既に二十時になろうかとしていた。


 今日はゆっくり休んでまた明日活動しよう。

 そう思ってレヴィンは部屋へと向かった。

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