第6話 レヴィン、無職になる

「荷馬車後方の森の方から敵来襲ッ!」


 その第一声は、森側の最後尾を見張っていた、騎士、テオドールのものであった。その声に全員が森の方に目を向ける。この辺りの街道はもう、すぐ側まで森が迫ってきている場所である。敵はどうやらオーガ小鬼ゴブリンの混成部隊のようだ。小鬼ゴブリンを先頭におよそ十体ほどだろうか。先頭を行く小鬼ゴブリンが一斉に構える。手に持っているのはクロスボウだ。


「クロスボウを持ってるぞッ! 散開しろッ!」


 再びテオドールの指示が飛ぶ。同時にテオドールのパーティ《明けの明星》のメンバーが軍勢の方に向って行く。


「撃たせるものかよッ!」


 レヴィンがそう吠えると魔法陣を展開する。



狂風ゲイル



 荒れ狂う風が先頭でクロスボウを構えていた小鬼ゴブリンたちを巻き込み、その行動を阻害する。小鬼ゴブリンたちはその風に矢を放てないでいる。荒れ狂う風はカマイタチのようにその皮膚を容易に斬り裂いた。その隙に間合いを詰める四人。その時、今度は荷馬車の進行方向からも敵が現れる。


「敵だッ! こっちは俺たちに任せろッ!」


 挟み撃ちを読んでいたのか、未だ位置を移動していなかったイザークが吠える。彼の方に目をやると、五体のオーガと十数体の小鬼ゴブリンの姿が見える。イザークとイーリスが敵に突撃を敢行している。その間にテオドールたちはクロスボウを持っていた小鬼ゴブリンに襲い掛かり、次々と斬り捨てている。小鬼ゴブリンたちから悲鳴が上がる。レヴィンは小鬼ゴブリンを彼らに任せ、後方にいるオーガに狙いを定めた。オーガの皮膚はそれなりに堅いらしい。なまくらな刃では傷つけられないだろう。



空破斬刃エアロカッター



 レヴィンとカールの声が重なる。

 その風の刃を手にしている武器で防ごうとするオーガ

 しかし、オーガはその武器ごと体を上下で両断されてしまった。

 やはり、暗黒魔法レベル3で習得できる魔法だけあって強い。風の刃強い。

 

 テオドールはオーガを相手に斬り結んでいる。見たところ、勝負は長引きそうだ。他のメンバーは小鬼ゴブリンたちを圧倒している。レヴィンは今いる場所の戦力に問題はないと判断して荷馬車の前方に向う。そこで見たものは小鬼ゴブリンオーガをなぎ倒すイザークの姿であった。イーリスも負けず劣らず奮戦している。やはりこの二人は強い。レヴィンは二人を巻き込まないように最後尾にいた他の個体より巨体の鬼に狙いを定める。



電撃ライトニング



 その巨体の鬼は、体が一瞬ぐらりと揺らぐが踏みとどまる。倒しきれずに思わず舌打ちをしてしまうレヴィン。近接戦闘中のイザークたちに魔法を放てば、巻き込んでしまう可能性がある。レヴィンは援護するのを躊躇ためらった。イザークも相手がオーガでは一撃必殺と言う訳にもいかないようだ。しかし、何合か打ち合う度にしっかりダメージを与えているあたり流石である。しかも彼は周囲を複数の魔物に囲まれているのだ。レヴィンにとってその立ち回りは非常に参考になった。レヴィンは誰とも斬り結んでいない巨体のオーガに向かって回り込む。近づいて【空破斬刃エアロカッター】で決めるつもりだ。



空破斬刃エアロカッター



 狙い定めた巨躯の鬼は持っていた武器で風の刃を薙ぎ払おうとする。魔法が先程の鬼のように武器ごと両断するだろうと予想し、レヴィンは勝利を確信する。しかし予想に反して風の刃の方が吹き散らされてしまった。


「何ッ!?」

「レヴィンッ! そいつは鬼王オーガキングだッ! 無理すんじゃねぇ!」


 他のオーガ二体と斬り結んでいたイザークから忠告の言葉が飛んだ。レヴィンに向かって駆け寄って来る鬼王オーガキング。それを見てレヴィンは大きく後方に飛び退ると、先程の【電撃ライトニング】より高位の魔法を放った。



雷電ボルタ



 そのいかづち鬼王オーガキングだけでなく、近くにいたオーガをも巻き込んで荒れ狂い、バチバチッと言う放電の音が耳朶を打つ。それでも鬼王オーガキングは倒れない。


「こいつ硬過ぎんだろッ!」


 しかし、もう一体のオーガは雷に耐えられなかったようで、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。


「クソッ! どうするッ!?」


 レヴィンがそうボヤいた瞬間である。

 レヴィンの目の前にヘルプ君が突如として姿を現したのだ。


『じゃじゃじゃじゃーん! ヘルプ君だよッ!』


「呼んでねーよッ! 今、戦闘中なんだから出てくんなッ!」

『おめでとう! 固有職業こゆうクラスの追加アップデートが完了したよッ!』

「ああッ!? おせーよッ? 今更かよッ!?」

『これで無職ニートとその加護が実装されたんだよッ! やったね!』

「ちょっと黙ってろ、こんのイルカ野郎ッ!」


 流石のヘルプ君も容姿のことに言及されると辛いのか、ようやく黙り込む。そこには哀愁漂うイルカの格好をしたヘルプ君の姿があった。レヴィンはすぐさま無職ニート職業変更クラスチェンジすることを決める。あの鬼王オーガキングは後一歩で倒せると感じたからだ。最強の職業たる無職ニートの力を試すべく、レヴィンは頭の中で職業変更クラスチェンジを叫んだ。


「最強の職業クラス、『無職ニート』!! その力、試させてもらうぜ!」


 レヴィンは一瞬で職業変更クラスチェンジを済ませると、腰に佩いていた剣を抜き放った。そして、一気に鬼王オーガキングとの間合いを詰める。レヴィンのミスリルソードと鬼王オーガキングの大剣がぶつかり合い、火花を散らす。一気に勝負をつける気だったレヴィンは勢いそのままに鬼王オーガキングを押し込もうと力を込めた。しかし、その巨体はビクともしない。鬼王オーガキングの表情が獰猛な笑みに歪む。レヴィンは逆に軽く弾き飛ばされ、決して鋭いとは言えないその連撃にさえついて行けない。


「話が違うッ! 無職ニートは最強なんじゃねーのかよッ!」


 非難の声を上げるレヴィンにヘルプ君は冷酷に厳然たる事実を言い放った。


『他の職業を極めていけば最強です』

「マジかよッ!?」

『ちなみに地球のゲーム○○○を参考にしました』

「古いなオイッ!?」


 傍から見れば独り言でツッコミを入れながら戦うレヴィンは、ただのやべー奴である。しかしレヴィンは、ここでわずかな光明を見出した。弾き飛ばされたお陰で他の仲間との間合いが空いたのだ。すぐにレヴィンは職業変更クラスチェンジして再度、暗黒導士へと戻る。ようやく派手な爆炎魔法を使えると判断したレヴィンはすぐにそれを実行に移した。



轟渦爆炎ブレイズ



 レヴィンの『偉大なる言葉マグナ・ヴェル』と共に出現した炎の渦が鬼王オーガキングを飲み込む。渦上の火炎が暴れ狂う中、鬼王オーガキングは体の内外共に焼き尽くされる。断末魔の悲鳴は苛烈な炎の音にかき消されて聞こえてこない。


 流石の鬼王オーガキングも暗黒魔法レベル4の魔法は耐えられなかったようだ。鬼王オーガキングは黒焦げになって絶命し、後に残るのは炭化して固まった黒い塊のみ。その最期を目撃したオーガ小鬼ゴブリンたちが浮足立つ。一気に殲滅する好機だと感じたレヴィンが叫ぶ。


「避けろッ!」



火炎球弾ファイヤーボール



 レヴィンとイザークと声が重なった。着弾した爆裂の炎が撒き散らされ、その舌をオーガ小鬼ゴブリンに向って伸ばしていく。その火炎は十体ほどの小鬼ゴブリンを焼き尽くした。大勢は決した。前方では生き残った小鬼ゴブリン数体が逃げていく。後方でもほとんどの小鬼ゴブリンが打ち取られ、テオドールと斬り結んでいたオーガも逃げ出した。魔物が森の中に逃げ去るのを確認した一同は追撃せずに魔核の回収を始めた。回収が終わると後の処理は同じだ。オーガの皮膚はそれなりに堅く、素材として売れなくもないらしいのだが、解体に時間がかかるため断念した。今回も倒した分の魔核を入手することができた。


 レヴィンは、鬼王オーガキングのランクBの魔核が手に入りほくほくである。更に、鬼王が持っていた大剣もものにした。どんな剣なのかは分からないが、【空破斬刃エアロカッター】を吹き散らすほどの剣である。レヴィンは穴に火炎魔法をぶち込みながらニンマリと笑った。それを横で見ていたイザークが若干引き気味に話し掛けてきた。


「何笑ってンだよ。気持ち悪い」

「いえ、思いがけず良いものが手に入ったので……」

「ああ……。それにしてもお前さん、やっぱり腕がたつな。良い探求者ハンターになると思うぜ」

「本当ですか!? ありがとうございます」


「今何歳いくつだ? 早く前衛職に職業変更クラスチェンジして剣技も修めれば一人旅だってできンだろ」

「今年で十五歳です。早く世界を回ってみたいのは山々なんですが、まだ学生なので本格的な探求者ハンター稼業はもう少し先ですね。イザークさんたちはどうして旅をしてるんですか?」


「んあ!? 若いな。まだまだ伸び代は十分じゃねーか。俺たちの目的は……そうだな。強くなって色んなお宝をゲットするってぇとこか?」


 レヴィンは、イザークの少し歯切れの悪い回答におや?と思うが何か事情があるのだろうと考え、深く突っ込まないでおいた。魔物の処理が終わると一行は旅を再開した。そして案の定、道中ではレヴィンが独りツッコミを入れながら戦っていたことをイジり倒されたのであった。レヴィンは羞恥のあまり顔を真っ赤に染めながら心に誓った。自称神じしょうかみ、絶対に許すまじ、と。


 そして無職ニート実装の件を含めて色々と自称神に問い質してやろうと、日課として頭の中で自称神じしょうかみへクレームを入れる、もとい祈る日々がしばらく続くことになるのであった。

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