🍑 桃太郎(8)メデタシメデタシ?
「なにぃ。一人で逃げただと? 鬼丸メ、どこまでしぶといんだ!
俺は引っ返してヤツを探す。あとは頼んだ!」
犬千代は、女鷲族の隊長に向かって叫んだ。
「お待ちください! 犬千代殿!」
犬千代が走り出そうとするのを、隊長が引き留めた。
「こ奴の言うことが本当か、分かりませぬぞ。犬千代殿は、鬼丸の顔を知っておられますか?」
「いいや。存ぜぬ」
「我らも知りません。ということは、この中に鬼丸がいるかもしれません。ここは、こ奴らを連れて行って、陛下のご判断を仰ぎましょう。残党狩りは、すでに他の者が始めておるはず」
「うーむ。それもそうじゃな」
「お前たち、こ奴らを縛り上げろ!」
鬼丸一味の残党は、縛り上げられ、引っ立てられていった。
鬼丸一味の残党13人が縛られて、焼け落ちた宮殿前の広場に座らされていた。
その前、やや離れた場所にキジノやイネが立っている。さらに、大勢の兵たちが、ひしひしと周りを取り囲む。
13人はいずれも頬がこけ、浅黒い皺だらけの顔に、油気の失せた髪を振り乱している。あまり栄養状態がよくないのか、痩せているものが多い。目の光も弱々しい。
「いずれの顔も
イネがキジノに話しかけた。
「ない。それに、鬼丸と会ったことのある姉上や大将、兵はみな今回の
「奴ら13人を皆殺しにすればいかがですか。鬼丸が含まれていれば、それでよし。含まれていなければ、致し方ないでしょう」
「それでは、鬼丸を成敗できたのか、分からなくなってしまうぞ」
その時、そばで聞いていた猿若が近づいてきて、キジノとイネに耳打ちした。
「こうしたらいかがでしょう。――斯々然々」
「おお、それはいい考えだ。イネ、さっそくやってみろ」
イネと兵は、捕らわれた13人を一人ずつ離れた場所に連れて行き、何か尋問していた。
全員の尋問が終わると、一人の男がキジノたちの前に引き出された。
「お前が鬼丸だな。他の12人全員が白状したぞ。観念しろ」
イネが男に申し渡した。
「まあ、手下といっても、人殺しや強盗、女狩りだけが楽しみの、ろくでもない連中だ。俺様を売っても不思議はない。そのとおり、鬼丸様とは俺のことよ!」
鬼丸の眼光が急に鋭さを増し、体全体から本来の凄味を漂わせた。小者に見えるよう、芝居をしていのだ。
「ワレは女鷲族の女王だ。お前、姉上に何を吹き込んだ?」
「何だ、妹がいたのか。桃太郎をたくさん買わせるために、桃太郎を食べるよう勧めたら、真に受けおった。全部で29人食べさせたが、ついに王女は生まれなかった。愚かな女だったな。王女が生まれなければ、いずれお前たちはこの世から消えてなくなる。ハハハハハ」
「やはりそうだったか。古書にはそのように読める箇所があったが、お前が
「おかげで、しこたま儲けさせてもらったぜ。ここで俺を殺しても、もうどうにもならんぞ。桃太郎がいなければ、王女は生まれんからな。あの世で、お前たちの最後の一人が死ぬまで見届けてやるわい」
「陛下、このような
イネが進言した。
「そうだな」
「陛下! その役、この犬千代にさせてはもらえませぬか?」
犬千代が、赤い目をさらに血走らせて、大きな顔を突き出した。
キジノは、黙って
犬千代が前に進み出た。
「何じゃ、お前は? お雇い首切り人か?」
「犬千代と申す。我が妹は、お前らに攫われて、女郎屋に売り飛ばされた。
「ふーん、そうかい。攫ったり買ったりした女はごまんといたから、いちいち覚えちゃいねえよ。さ、存分にやるがいい」
鬼丸の言葉が終わりかけた
同時に、鬼丸の頭がすっ飛んでいき、あとに残った首から、血潮が噴水と
「ウォー!」
取り囲んだ兵たちから、歓声が上がった。
「イネ殿、刀を研いでいただいたから、スパッと切れ申した」
「お見事です」
「陛下、奴の首を
「いや、イネ。奴の首を
「は。それはどういうことです?」
「犬千代殿、猿若殿、こちらへ」
キジノが二人を呼んだ。
「鬼丸の首に、手下12人を付けて、お二人に進呈いたす。代官所に持って行けば、恩賞をもらえるでしょう。運がよければ、仕官の道が開けるやも。弓ヶ浜までは、我らの手の者がお送りします」
「お、それはかたじけない。手下は、俺が撫で斬りにいたそう」
「いや。先ほど彼らには、命だけは助けるからといって、どれが鬼丸か聞きだしたのです。いくら憎い賊とはいえ、約束を
「承知した」
「ところで、桃三十郎様はこれからどうされます?」
猿若が、振り返って桃三十郎に尋ねた。
「私はここに残ります。すべきことがありますので」
桃三十郎の表情は、悟りを開いたかのように穏やかだった。
「そりゃあ、そうですな。お別れするのは、ちと寂しいですが」
「私もです。でも、また来ていただけますか?」
「はあ、……いえ、あの荒海はもうこりごりです」
「薄情だな、猿若。いつかまた参ります、とかなんとか言えないのか?」
「いえ、二人とも無理しないでいいですよ」
*
犬千代と猿若、そして鬼丸一味の残党を乗せた女鷲族の舟は、嵐の海を乗り切って、一路弓ヶ浜に向かっていた。
甲板にいる二人の頬を、心地よい潮風が撫でていく。
「桃の実のやつ、大丈夫かな。あいつ、少し虚弱だからな。キジノに毎晩攻められて、
「そうですな。ところで、桃太郎はお婆さんが川で拾った桃から生まれたわけですが、その桃は一体、どこから流れてきたのでしょうね」
「川上に、デカい桃が生る木でもあるんじゃないか」
「そうすると、その木を探し出して玉門島に持って行き、島に植えたらどうなります? たとえ桃三十郎殿が亡くなっても、桃太郎を探し回る必要がなくなるのでは?」
「おお、そうだな。お前、さすが猿だけあって、知恵者だな。その木を女鷲族に売れば、高く売れるんじゃないか?」
「そのとおり。鬼丸の首や手下を代官所に届けたら、備中の山に行ってみますか?」
「ずいぶん気が早いな。その前に、京の都で
「それもそうですね。お袋も心配しているだろうし」
弓ヶ浜の長い海岸線と、それを見降ろすかのようにそびえる
《「桃太郎」おわり》
大人のための日本昔話 あそうぎ零(阿僧祇 零) @asougi_0
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