🍑 桃太郎(6)玉門島の秘密

 陸から5~6人の兵士らしき女たちが、槍を携えてバラバラと走ってきた。

 犬千代と猿若は、後ろ手に縛られ、彼らに引き立てられていった。


「菊乃殿、これは何の真似です? あなたも、イネたちの一味なのですか?」

「これには事情があります。あとで話しますから、私たちに従ってください」

「分かりました」

「イネ、頼んだぞ」

「は!」


 桃三十郎も後ろ手に縛られ、イネらに連れていかれた。


 桃三十郎は、イネたちに囲まれながら、浜辺に櫛比しっぴする家々の前を歩かされてた。

 家々の庭や空き地で、洗濯や調理、機織りや武具の補修などをしている女たちが、珍獣でも見るような目で、桃三十郎を見ている。いずれも、衣服は異国風だ。

<ここらにいるのは、みな女ばかりだ。男は、海にでも出ているのだろう>

 犬千代たちは別の道を歩いているのか、姿が見えない。


 やがて、上に登る広い階段の前に出た。見上げると、相当な長さがありそうだ。

 イネが、「登れ」と目くばせしたので、階段を上がり始めた。

 石造りの階段の両側は、深い森だ。


 桃三十郎の息が弾んできた。しかし、桃三十郎を取り囲むイネたちは、まったく息が乱れていない。


 階段を登りきると、寺の境内けいだいのような広々とした空間があった。正面奥に大きくて威厳のある建物がそびえている。


 イネに促され、桃三十郎はその建物に入っていった。

 天井が高い。真ん中の通路を挟んだ両側に、異国風の甲冑かっちゅうを身に付けた女たちが列を作っており、声を立てずに桃三十郎を見つめている。彼女らは皆、腰に湾曲した長剣をいている。


 中央奥が一段高くなっていて、そこに立派な王座のような椅子がある。

 王座には、ひときわきらびやかな甲冑に身を包み、不思議な形のまげを結った、中年の女が座っていた。

 王座の両側には、王座の人物を守るようにして、槍を持った数人の女兵士が立っている。


 桃三十郎がその前まで進むと、イネが手首のいましめを解いてくれた。

 ふと右側を見ると、女たちの列の最も王座に近い場所に、菊乃が立っている。しかも、いつの間にか、異国風の甲冑に身を固め、やはり長剣を佩いている。

<菊乃は、この島の一族だったのか!>

 桃三十郎の驚きは大きかった。都の町娘から忍びの者、そして異国の女戦士……。あまりに変化が大きすぎる。

<はたして、この者たちが「異形の者」なのか?>


「お前が、桃三十郎か?」

 王座に座っている中年の女が、口を開いた。穏やかな中にも、どことなく威厳が感じられる。

「はい、そうです」

「ワレは女鷲族じょしゅうぞくの女王、タカノである」

<女鷲族だって? まったく聞いたことがないぞ>


「驚いているようだな。無理もない。我ら女鷲族は、遥か昔、西の大陸からこの島に渡ってきたのだ。絶海の孤島なるがゆえに、他の諸民族がこの島の所在を知ることはなかったのじゃ」

「あの、女王様にお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「苦しゅうない。申してみよ」

「近ごろ日ノ本、伯耆の国の海岸にたびたび来襲し、殺戮と略奪を繰り返しているというのは、あなた方ですか?」

「それは違う。我らは交易を生業としている。略奪は我らを利するものではない。ただし、3年ほど前、和人わじんの船団が密かにこの島に来て、住民10人余りをさらって行ったことがある。その報復として、一度だけ弓ヶ浜の集落に火を放ったことがある。それだけじゃ」


「この島に住むという異形の者を成敗するため、数百人の者がこの島を目指したはずです。そのうちの何人かは、首が弓ヶ浜にさらされていたと聞きましたが……」

「この島の周りの海は、ほとんど常に大嵐が吹き荒れておる。普通の和船で乗り切るのは無理じゃ。誰も来ておらん。晒し首は、別の者の仕業しわざであろう。言っておくが、本島には魔物や異形の者などおらんぞ」


「もう一つ。なぜ私がここに連れてこられたのか、また、私の郎党二人はどこにいるのか、お教えください」

「おお、そこが一番の眼目がんもくじゃな。お前がここに来たのは、ワレがお前を食うためじゃ」

「え? もう一度お願いします」

「お前がここに連れてこられたのは、ためじゃ」

「もしかして、私を食べる、とおっしゃいましたか?」

「いかにも」

「り、理不尽な! 理由をお聞かせください!」

「話してもよいが、話すと長くなる。一日はかかるだろう。しかし、ワレは本日の夕食にお前を食べたい。食べる前には、下こしらえや調理をする時間が必要じゃ。お前に理由を話している余裕は、残念ながら、ない」


「姉うえ、お待ちください!」

 その声は、菊乃、いや雉野だった。

「何じゃ、キジノ」

「人間は、捕えてもすぐには食べられません。腹の臓物ぞうもつの中に、食べたものや汚物が残っております。まずは、煎じ薬と多量の水を飲ませて、それらのものを全部体から出させ、清浄な体にする必要があります。

それに加え、男の体というものは、極めて強い体臭を発しております。香を焚きしめて体臭を抑えねばなりません。そのようにせよと、『女鷲紀じょしゅうき』に書かれております」

「なに、そうなのか。知らなんだ。さすがわが妹であるな。して、それにはどれくらいかかるのじゃ」

「3日程度と思われます」

「では、お前を食すのは、4日後に延期するぞ。ワレがお前を食う理由については、わが妹、キジノから聞くがよい。それから、お前の郎党2人は、下のろうに入れてある」

「私はどうなっても構いませんから、彼らは解放ときはなしていただけませんか?」

「それはダメじゃ。本島にいったん上陸した男は、生きては戻れぬのがおきてじゃ。ワレがお前を食う時に、お前の郎党も処刑する。主君とともに死ねば、彼らとて本望であろう。

では皆の者、せっかく集まったのだ。今夜は前祝まえいわいうたげとしよう! 準備せよ」


 桃三十郎は、今までいた宮殿からほど近い小屋に入れられた。窓がない部屋が一つと、かわやがあるだけだ。

 小屋の中と外では、数人の女兵士が厳重に見張っている。


「お前らは外で見張っておれ」

 キジノは、中にいた兵士に命じた。部屋には、桃三十郎とキジノの二人だけになった。

「まんまと騙されましたよ、キジノ殿」

「桃三十郎殿には気の毒だが、これには深いわけがある」

「お聞きしましょう」


 キジノが語った話の概要は、次のとおりだった。

 女鷲族には、他の民族とは著しく異なる特性がある。

 女鷲族の王は代々女王であるが、子を産めるのは女王だけだ。しかも、女王が生む子はすべて女である。ところが、女王が生んだ子は、女であっても子を産む能力が欠如しているのだ。


 そうすると、女王が歳を取って子を産めなくなるか、あるいは不慮の事故や病気・老衰で死ぬと、やがて女鷲族は絶えることとなる。


 ところが、絶滅を免れる方法が一つだけあった。

 それは、桃から生まれた男―桃太郎―を、女王が食うことである。その時だけ、女王は生殖能力を持つ女―王女―を生むことができる。こうして生まれた王女が、次の女王となる。


 そうすると次の問題は、いかにして桃太郎を探し出すか、玉門島に連れてくるかである。

 そのために、女王は日ノ本に密偵を放って桃太郎に関する情報を集めるとともに、財力にものを言わせて、人買いに探させた。財力とは、祖先が島に持ち込んだ莫大な黄金である。

 こうして、人買いから桃太郎を買い入れ、血統を維持してきた。


 ところが、タカノ、キジノ姉妹を生んだ先代の女王は、姉妹が幼いうちに、病を得て没した。姉のタカノが直ちに女王に即位したが、問題が一つ残った。

 本来は、娘が性的に成熟する時期を見計らって、桃太郎をどのように扱えばよいか直接教える。だが、その前に先代女王は死んだから、二人は教えを受ける機会を失った。


 唯一の手掛かりは、古くから女鷲族に伝わる書物『女鷲紀』だ。

 そこには、「桃から生まれた男を食う」と書かれている。しかし、それ以上具体的な記述がない。


 たまたま、鬼丸と称する人買いが、桃太郎を連れて来島した。島の周囲で荒れ狂っている嵐も、月に1回程度やや穏やかになる日がある。鬼丸は、そういう日を選んで来たらしい。


 タカノは、桃太郎の両眼を繰り抜いて、食ってみた。だが、子は生まれなかった。しばらくして再び来島した鬼丸に、タカノはできるだけ多くの桃太郎を連れてくるように依頼した。


 こうして、桃二郎から桃二十九郎までが、次々と島に送り込まれた。タカノは、男たちの体の上から下へと順に試した。つまり、耳、鼻、舌、脳、脊髄液、心臓、肺、食道、胃、十二指腸、腕の筋肉、てのひらの筋肉――。

 しかし、生まれるのは、産道を持たない女ばかりだった。


 タカノは、鬼丸に疑念を抱いた。桃から生まれた男と偽って、普通の男を送り込んできたのではないか?

 それに、無尽蔵と思われた先祖伝来の黄金も、残り少なになってきた。

 タカノは、来島した鬼丸を捕らえ、拷問にかけた。しかし、鬼丸は口を割らないどころか、牢を破って逐電した。


「鬼丸が信用できなくなり、姉はあたしに命じて桃太郎を探させたのです。あたしは京に住んで、いろいろなうわさを集めました。備中にはまだ桃から男の子が一人いるという噂を聞き、京で待ち構えていたのです」

「最初から、私をここに連れてくる魂胆だったんですね。私を褒めてくれたりしたのも、私を騙すためだったんだ」

「でも、あたしが桃様に惹かれたのは本当です。こんな風に出会いたくはなかった……。それに、伯耆の浜を荒したのは、女鷲族ではありません。おそらく、あたしたちを攻める口実を作り、代官から恩賞を得るために、鬼丸一味がやったことに違いありません」


「ところで、女王はいったい、私の体のどこを食べるというのですか?」

「……」

「尻の肉ですか? 私は桃尻ですからね」

「湯殿であたしが……した部分です」

「え! ならば、すでにあなたが味見をしたじゃないですか」

「ええ、口でだけじゃなく……」

 キジノの頬が、ポッと赤くなった。

「あの時は、気持ち良かったな。いや、そんなことを言っている場合じゃない。その『女鷲紀』というのを、私に見せていただけませんか?」

「なぜです?」

「本当に、男を食えと書いてあるんでしょうか。それを確かめなければ、私は心晴れやかに死んでいけません」

「分かりました。少しお待ちください」


 宮殿では、酒宴の真っ盛りらしい。女たちの黄色い声が、夜の静寂しじまに吸い込まれていく。 

 しばらくして、キジノが分厚い古書を携えてきた。

「これです。この部分です。虫が食っていて、判読できない部分がありますが、『その男を食え』と読めます」

 キジノが示した部分には、次のように記されていた。


 ――桃より生まれし男を探すへし。しかる後、その男□□く□え。さすれは、王女誕生すへし。――


「ちょうどその部分が虫食いですね。しかし、『その男を食え』では、まだ字が余っているのではありませんか?」

「では、どう読むべきなのでしょう」

「ちょっと考えさせてください」

 桃三十郎は必死だった。あそこを食われては、たまらない。


「分かりました! これは『その男と』に違いありません」

とは何ですか?」

「交わることです」

 キジノの頬が、ポッと赤くなった。

「どおりで、王女が生まれないわけですね。これは、すぐに姉に知らせなければ!」


 と、その時、急に外が騒がしくなった。何やら、雄たけびのようなものが響いている。しかも、男たちの蛮声だ。


 外にいた兵士が慌てて入ってきた。

「キジノ様、敵襲てきしゅうです! 宮殿に火が放たれました!」

「何だと!」

 キジノは、脇に置いていた長刀を掴んで立ち上がった。


《続く》





 




 


 

 

 

 




 

 

 

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