1章―1「嫌われ宰相の最後」
目的の場所を目指しながら街を散策する。
見慣れた店もあれば、見た事のない店も見かけた。
―あー、あんな場所に本屋出来たんですね……
―おぉ、路地裏の古本屋はまだやっているみたいです。
―あの露店の料理は見たことないですね、用事を済ませたらたべにこようかな?
と、俺は目を輝かせて辺りを見回した。
いやー久しぶり楽しいって感じる。
ここ最近激務続きでろくに食事取ってませんでしたからね。
睡眠はまぁ……前世では野宿とか当たり前にしてたせいかどんな場所でも寝れちゃいますからなんとかなってましたけど……
ただ人……だけではなく鳥とか猫の気配を感じて飛び起きてしまう癖は直らないんだよな。
喧騒な人混みの中、ぼんやりとした頭に浮かぶ疑問。
―そもそも、俺はあの時“死んだ”筈。
何が“転移”のきっかけなのだろうか……?
生前アチラに転生した時の事も含めれば、トリガーとなったのは《死》で間違いないだろう。
―転生と転移。
同じ《死》でありながらこの違いは何か……
生前何度か世話になったとある神を思い浮かべて頭を左右に振った。
いや、まぁ………うん。
何も考えてない可能性が高いような気がしないでもない。
うっかりミスったよ、ごめーん的な軽いノリな口調が聞こえてきそう。
駄目だ殴りたくなってきた……
落ち着く為にゆっくりとため息をつく。
今日何度目だろう、途中で数えるの飽きたんだよね。
本当になんでこんな事になったのだろうか。
伏した目で石畳を見つめた。
視線を上げるとひっそりと佇む路地裏がある。
青く澄んだ空、賑やかな雑踏とは真逆なすべてを吸い込みそうな暗闇。
まるでそこだけ別世界に感じる。
そう、俺も数時間前までは異世界にいたんだ。
あんな事が起こらなければ……
・・・・・・・
「え?陛下と側妃様が喧嘩ですか?」
今月3回目なのによくやるなー。
と、思ったものの口には出さず、ニコリと微笑む。
「報告ご苦労様です。後は私がなんとか宥めてきますから、君は政務に戻って下さい」
気弱そうな彼は俺がそう言うとすまなそうにしながらも、そそくさと部屋から出て行った。
俺に報告するのでモメて押し付けられたのだろうか、なんか申し訳ない。
心の中で彼に謝りつつ、椅子から立ち上がった。
机の上を軽く片付け、部屋の戸締まりをする。
元々そんな物を置いたりしないので、ペン、インク等を机の引き出しにしまうぐらいだけど。
今日済ませないといけない書類はさっき終わったから、後は各部署に新規の書類を配りに行くだけだ。
久しぶりに定時で帰れるなとか思っていたのが駄目だったのだろうか。
2人の喧嘩を宥めても、陛下の愚痴が止まらなくて夜通し聞く羽目になるだろうから、今日も徹夜確定だな。
ため息をつきそうになるのを我慢して、数枚の書類を片手に部屋を出る。
先の見えないほど長い石造りの廊下。
無駄に長すぎる廊下にげんなりする。
いや……そんなに急いだ所で2人の喧嘩は収まらないから、ここはゆっくり歩いていくとするか。
決してめんどくさいからとかではない。
そういえば、この時間なら陛下は執務室にいるはずなのに、なぜ側妃様が来ているのだろう……
―また側妃様付きのメイドの誰かに手を出したとか?
―側妃様と正妃様の喧嘩勃発とか?
―陛下が約束を忘れてすっぽかした。
なんかどれもありそうだなぁ。
あぁ、今から気が重くなる。
陛下の執務室に近付くにつれ、オロオロしている人だかりが見えて来た。
そんな野次馬よろしく見物してるなら俺じゃなくても止められる気がする。
野次馬の後ろに着いたけど、ここからじゃ人だかりの中心にいるであろう2人は見えないし、声も聞こえない。
やっぱり人混みを掻き分けて行くしかないようで、俺は小さく息を吐く。
覚悟を決めるしかないか……
「おい、あれって宰相じゃないか……」
「おい、様を付けろよ……聞こえたらどうすんだよ」
「別に構わないだろ“嫌われ宰相”なんだしさ」
野次馬の最後尾付近にいた、政務官と思われる2人組。
俺の顔を見るなりヒソヒソと囁き合っていた。
明らかに卑下する表情を向けらて一瞬眉を寄せたが、直ぐに何時もの表情を取り繕う。
なら、今すぐにでもあの2人の喧嘩を止める権利を差し上げても良いのだけど……
首を縦には振らないだろうな。
俺も仕事じゃなきゃ行きたくはない。
それに、気持ちの籠ってない謝罪を聞くだけ無駄だし、無視、無視。
「すいません。道を空けてくれませんか」
決して大きい声ではないが、有無を言わせない口調は以外と響いたようで、渋々といったように道が空く。
卑下する表情をした2人組の政務官同様、あまり好意的ではない視線に晒されながらも左右にできた人の壁の中心を歩いて行く。
嫌われ宰相は出戻る 亜依朱 @rokudouarisu
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