第4話『瞳に映るのは』

「おはよう、白猫ちゃん」


 私を見つめるの目は優しい。私が見てきた目の中で、一番優しい目をしている。そのひとみの奥には、敵意の欠片すらもまっていない。ただただ真っすぐな優しさだけが、私に届いている。


 その綺麗なはずの空色の目は、どこかくもっているように感じる。優しいひとみの奥底には、さみしさが沈んでいるような気がする。

 の瞳に映る、私のように。心のどこかでは、誰かに見つけられるのを待っている。


 ――ひとりでいることを、望んでいない。


「起きて良かったよ。ほんとに。おれが起きた時は焚火たきびの近くで倒れててさ、体が冷たかったから……」

にゃぁそういえば……?」

「白猫ちゃんは何処どこから来たんだい?」

みゃあぁーフェリュア

「聞いてもわかんないか。それじゃ、帰るところはあるのか?」

にゃーないの……」

「……そうかそうか。君もないのか。俺と一緒だな。俺も、帰る場所はない。――いや、違うな。これから見つけるんだ」


 この人も、帰る場所がないんだ。私も同じ。お告げを受けて、帰る場所がなくなった。


 ずっと……。ずっとずっと、探していた。……違う。今もずっと、探し続けている。私の行くべきところ、帰るべきところを。


 ――探し続けている。


「さぁて、今日はここから動けるかなぁ……。ちょっと外見てくるわ。そこで待っててな、白猫ちゃん」


 は外の様子を見に、雪のドームから出ていった。


 特に何もすることがないから、待つことにする。ドームの中を見回してみると、くたびれた大きな袋とぐるぐるに巻かれた布? そして火の消えた焚火があるくらい。そんなに広くない丸い空間には物が沢山あるわけでもない。大して興味を引くものもなく、すぐに見終わってしまう。


 ぐるっと1周、この空間を見渡すくらいの時間で、は外から戻ってきた。


「外は寒いが、綺麗に晴れてる。やっとここからてそうだ」


 夜と違って、今は晴れているみたい。


「白猫ちゃん。お前も一緒に来るかい? ……なんか、放っておけなくてさ」


 私は、に選択権を与えられた。生きるためには、一緒について行った方がいいと思う。でも、私には守らなきゃいけないものもある。


 お告げを、守らなければならない。

 ご主人様を、探さなければならない。


 それが、黒猫族に生まれた者のおきて。例え白猫の私でも、黒猫族の生まれである以上は守らなければならない。同族以外の誰にも知られずに、ひとりでその生涯しょうがいを終えるまで、秘密にしておかなければならない。


 私が貰ったお告げは、こんな感じだった。


契約けいやくの場所は私色の場所。私のご主人は、私に初めて――』


 はじめて、さわった人。


 それと――。


『――私と、同じものを求めている』


 帰るべき場所を――求めている。探している人。


 はっとして、選択権をくれた男の人の顔を見る。


 私が目覚めた時に、体をでていたその人を。

 自分の在るべき場所を、見つけようとしているその人を。


「私も、一緒に行きたい……! ついて行かせて!!」

「え……? おま……今、しゃべっ――」

「――え……? この声、聞こえるの……?!」

「あぁ。いきなりしゃべり始めたからびっくりしたぞ……」

「これって……これって……!!」


 昔、教えられた。主従関係を約束された魔法使いと黒猫族は、心を通わせることができると。


「あなたは、私の……。ご主人様、だったんだ……!! やっと、やっと見つけられた……」


 やっと……。やっと見つけた。やっと会えたんだ。私の、ご主人様に。

 お告げは、本当だったんだ――!


「ご主人様? ……俺が? うーむ……」


 男の人は、考え込む。


「……そういや、この国には黒猫が主を見つけに来る風習があるって、本で読んだ気がするな。君は……白いが」

「私は白いわ! ……でも、生まれは黒猫族よ! ……信じてもらえないかも……しれないけれど」


 男の人の表情は、私が目を覚ました時のような優しいものになった。


「疑う気はないよ。君はこんなところまで、俺を探しに来たんだから」

「……!!」

「何かと一緒に居て安心するなんて、いつ振りだろうな……。こんな気持ちになるのは、君だからなんだろう。そういう運命にある君だから――俺もついてきて欲しいって思えるのかもな」


 男の人は一呼吸して、私が待ち続けていた言葉が放たれる。


「君と、契約しよう」

「はい、喜んで!」


 視界がにじんできた。もう、ひとりでいなくてもいいんだ。


「契約のやり方は、わかるわね?」

「あぁ、証として大切なものを渡すんだろう」

「そうよ。あなたは、何を証にするの?」

「そうだなぁ、それは考えてなかった。俺は旅人だし、大して宝も持ち歩いてねぇからなぁ……」


 ご主人様は、しばらく考える。


「そうだ、名前とかどうだ?」

「名前?」

「あぁ、正確には苗字の方だな。ずっと変わらないものだし、他に証に出来そうなものも持ち合わせてないからさ。……こんなんでも、大丈夫か?」

「ええ、それがあなたにとって大切なものなら――いえ、大丈夫よ」


 私には、それが大事なものかわからないけれど。きっと大切なものだと思う。


「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はソラネコ。ソラネコ・ネアクルト。居場所を求めて旅する魔法使いさ」

「私は白猫。名前は、ないけれど……シロイノって呼ばれてたわ」

「名前、無いのか」

「黒猫族に、名前はないのよ」

「それじゃ、俺が名前を付けるよ。契約するときに一緒にさ」


 私のご主人様は、私の小さな頭にそっと手をえる。


「こんな狭い場所じゃなくて、何処どれまでも続く空の下で、契約をしよう。俺はそこで、契約をしたい。……理由が、あるんだ」


 強くて真っすぐな、優しい空色の瞳が、私を見つめる。


「君にとっても――大切な契約、だろ?」




 外に出ると、ほとんど雲の無い空が広がっている。


 いつ振りだろう。こんなにも綺麗な空を見たのは。


「さっき外に出た時、思ったんだ。どこまでも広いこの空に、寂しく浮いている月。この空が、どこか君に似てるって。……俺も、一緒かもな」


 空の色は、私の瞳の色。月の色は、私の体の色に似ている。『契約の場所は、私色の場所』お告げはそう言っていたっけ。


「私の、色だ……」

「ああ、同じだ。サファイアブルーの空と、スノーホワイトの月。君の瞳と、体の色だな」


 ご主人様は1度、空をぐるっとあおいでから、私の方に向き直る。


「いまから、君の名前は――サファルだ」

「私の、名前……」

「そして、契約の証は――俺の名前の半分、ネアクルトだ」


 与えられた名前と、契約の証。


「これから……私は、サファル。サファル・ネアクルト」

「あぁ、そうだ。よろしくな、サファル」


 私は、魔法使いと契約する。お告げを聞いた、黒猫族の運命として。優しさをくれた、魔法使いへのおん返しとして。


 ――私はこの人に。一生、ついていく。


「よろしくお願いします、ご主人様!」


 どこまでも続く、白い雪原と青い星空。そんな冷たさをはらむ、私色の世界の端っこから。あたたかな色の光が、世界を優しく包みはじめた。

 これから始まる1日は、希望に満ちている。こんなにもあたたかい色の空を、私は知らない。

 

 あの光の先には、どんな未来が待っているのかな。


 これから始まるご主人との未来に、思いをせる。


 雲の無い薄明はくめいの空に、今日も太陽は昇る。あたたかな煌めきと共に。あおい瞳の使い魔に、希望のきらめきを見せるため。

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蒼に映る薄明 八咫空 朱穏 @Sunon_Yatazora

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