第31話

「ああ、何てことをするんだよ!? 暁、君ってやつは! 派剣エージェントの手厚いサポートを蔑ろにするもんじゃないよ!?」


 涙目になったカーラが俺の胸ぐらを掴んできた。

 こいつ、神様の元で働く戦乙女の癖に清くも正しくもねぇ!


「うるせぇ! 俺はな、もう二度とブラックな会社にも勤めたくないし、手を汚したくもねぇんだよ! お前こそ、神様の下っ端社員として恥ずかしくねぇのか!? マリエの爪の垢を煎じて飲めよっ!」

「――はっ! そんな綺麗事を言ってたら社会でやっていけないんだよ! ボクはね、どんな手を使ってでも楽に生活するんだ!」

「お前、社会人としては正しいかも知れないけど人間としては最悪だな! 少しは俺を信じろよ!」

「残念、ボクは人間じゃありませーん! それと、人を信じる者は足下をすくわれるんだよ!」

「屁理屈言うんじゃねぇっ! 実際に足下すくわれてきた俺としては反論しづらいだろうが、クソ理論主張すんのもやめろ不良教師っ!」

「――あの……」


 手を上げたのはハンネだ。心なしか苛立った顔をしている。


「試験中なので、静かにして頂けませんか? 集中できません。正直、迷惑です」

「「すいません」」


 2人して頭を下げた。

 俺はともかく、カーラはどうやら戦乙女としてのプライドも捨てたらしい。

 まぁ、間違いなく悪いのはカーラと俺だから、相手が唯の人間でも頭は下げるべきなんだろうけど。

 神に仕えるプリーストに頭を下げる神様サイドの戦乙女ってさ、本当にどうなの?

 とにかく、ここまで騒ぎが大きくなればもうカーラは不正を行えないだろう。

 俺は気を取り直して試験に集中した――。


「――終わったぁ……っ」


 俺はやっと終了した筆記試験の開放感で脱力し――机に突っ伏した。


「君……本当に大丈夫なんだろうね?」

「カーラ、手応えはあったぞ」

「なんなら、採点でボクが――」

「不正は止めろ」


 正にその通りの発言をしようとしていたのか、カーラは『ぐぬぬ』と呻りながら踵を返し、教室を出て行った。

 ……本当に、教師とかにしちゃいけない人材だろ、あいつ。……いや、反面教師か。

 派剣エージェントとしてもどうかと思うし、ヴァルハラとやらは大丈夫なのだろうか。

 普段は娯楽施設への出入りなどに五月蠅い練兵学園も、試験終了後は寛大な事に遊ぶことを許可している。

 とはいえ、俺は誰かと遊びに出かけるほど仲良くもない。

 ぼーっとしながら『どこどこに遊びに行こう』と賑わうクラスメイトを眺めていた。

 ロリ姿になってハンネや多数の女生徒と街に行くという会話をしているマリエが見えた。

 ハンネや他の女生徒と手を繋いでいる笑顔は、見かけ相応に弾けるようなパッとしたものであったが――そこに百合的な下心があるのが透けて見えた。

 時々、涎を垂らしては肩で拭いてるし。

 そしてマリエと同様、俺と課外授業で実技研修に行ったニーナだが――。

 窓際で1人、ポツンと座っていた。

 誰かに誘って貰えないかなぁとチラチラ視線を送るも、サッと逸らされている。

 あれから少しずつ臭いは薄れてきているものの、いまだ薄いシュールストレミングが歩いてるようなものだ。

 優しくて勇敢、成績も次席で家柄も良いニーナは――かつてそれはもう人望があったらしい。

 かつてはな。

 その姿の一端は俺も偶然に見かけた。

 だからこそ、何というか……。今のぼっちな姿からは悲壮感が漂っている。

 クラスの人気者が、ある日突然に爪弾き者になってしまったような。

 しかも、張本人は全く悪くないときた。

 結局、ニーナは誰かに『試験の打ち上げに行こう』と声をかけて貰えないかと願っていたのか、教室に最後まで残っていた。

 教室に残ったのが俺1人になると、ニーナは少し涙ぐみ始めた。

 本当にいたたまれない……。


「なあ、ニーナ」

「――何、暁っ!?」


 声をかけた俺をキラキラとした瞳と、満面の笑みで見てくる。

 ……やはり、口を開くとまだシュールストレミングの臭いが強くなる。


「これ……よかったらもらってくれ」

「これは……?」


 俺はそっと窓際族のニーナの机に、プレゼントとして包装された小箱を乗せた。

 夜に営業回りしているときに貰った副産物だ。


「こう……すい?」


 包装を慎重に解いたニーナは、中身を確認して呆然と呟いた。


「良かったら使ってくれ。――じゃあ、またな」


 俺が教室の扉を閉めた後、ワッと泣き出すニーナの声が聞こえたが――仕方ない。

 俺は今、女性を泣かせない未来を作る為に最善を尽くしている。

 俺に出来る事は早く元通り大勢の仲間に囲まれて、元の交遊関係を取り戻してくれる手助けをすることぐらいだ。


「俺が『ニーナ、友達として一緒に遊びに行こう』なんて誘うのは――人として最悪の行為だ」


 友人を無くした原因の一因は俺にも有る訳でして。


「……マッチポンプ感があって、絶対に嫌なんだよな」


 この世界の神様、どうかあの香水でニーナの臭いが早く緩和されますように。

 俺はそう願いながら、再び生き残る為のトレーニングと営業に繰り出した。

 ジッとして休むのに慣れないのは、この世界にきても変わりません。


「とか綺麗事を言いつつも、シュールストレミングの臭いが移るのは俺も正直、勘弁です――」


 建前で無く、本音を口にすると――罪悪感と同じぐらい、スッと心が楽になった。

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