第16話
「……私達が補給した物資も、じきに無くなるでしょうね。消費しきるまでに援軍がくればいいんだけど……」
敵の一団が見えた瞬間、砦の守護隊長は速やかに複数人数を王都まで伝令に走らせていた。
誰か1人でも無事に辿りついてくれれば、援軍が期待できるだろう。
だが、もし――。
「いや、最悪の状況を想定するのは止めよう。今はとにかく耐えることだろう」
「……暁。あんた、意外と頼りになるのね」
薪も食材も節約した夕食作り。弱々しい焚き火の灯りに照らされながら、ニーナは意外そうに――ただ、少し嬉しそうに微笑んだ。
「そんなことはないさ。本当は俺だって怖いよ、でもな――」
「――夜襲だ! 総員戦闘準備! 直ちに迎え撃て!」
もう嫌だ。――今さ、俺が格好付けてたじゃん?
この世界の奴らは空気を読むとか話を聞くって事を知らないのかな――。
「――隊長……。食糧に余裕がありません」
それは、砦が包囲されて1週間程が経過した頃だった。
戦場で活躍するニーナと砦の守備隊長が警備について話をしている中、1人の兵士が重々しそうに告げた。
「そうか……。今回の定期輸送の荷物に食糧は少なかった上、砦に入った輸送部隊の分、想定外に食糧負担が増えたからな。……どんな物なら残っている?」
「それは……直接見ていただいた方が早いかと」
守備隊長は連絡に来た兵士と、ついでに俺達を連れて食料庫まで足を運ぶ。
食糧庫まで辿り着くと、守備隊長は確認と指示を始めた。
「ふむ……。男爵の実は芽が出ると毒になる。使う順番を考えながら、少しでも長持ちさせろ。麦も燻製肉にも余裕はないか……。長期保存が出来そうな物は――こ、この缶詰は……っ!」
「なぜこのような物を定期的に送ってくるのでしょうか……ッ!」
「誰がこんな物を好き好んで食べるというのだ、長期保存が効けば何でもいいと思っているのか!」
守備隊長と兵士が憎々しげに1つの缶詰を見ている。
見れば、その缶詰だけは大量に備蓄があった。
謂わば、『要らないからあげる』という扱いだったのだろう。
「――そう、誰も食べたくないのね。……なら、私はこれからその食べ物だけでいいわ!」
「ニーナ殿!? いえ、しかし貴族の貴方がこのような――」
「誰も食べたくないのでしょう?……他の食べ物を兵士達で分けなさい。貴族とは、普段民に生かされ、贅沢をしているの。こういった非常時に身体を張るのは当然よ!」
「ニーナ殿……。感謝致しますっ!」
守備隊長や兵士がニーナに頭を下げて感謝している。ニーナは腕を組んで誇らしげだ。
本当に、心優しくも誇り高いニーナらしい。
でも、ニーナは缶詰の中身が何か知っているのだろうか?
いや、知らないんだろうな。
貴族のお嬢様が食べた事があるとも思えんし。
――でも、俺は知っていた。
「――塩漬けしたニシンの缶詰って……。これ、シュールストレミングじゃん……」
それは世界で1番臭いと言われる食べ物。
余りに臭いため、元いた世界では気圧で破損すれば生物兵器によるテロが疑われるため、飛行機内への搭載は禁止。貨物船でしか長距離輸送できない物。
開封は屋外で行うように言われ、屋内で開けば臭いは取れず暫くその部屋は使用不能だ。
ハウスクリーニングが必須とかではない。――使用不能なのだ。
汁が1滴でも衣服に付けば、諦めて捨てるしかない。
シュールストレミングとは、毒ガスとも間違われる程に臭い食べ物らしい。
「大丈夫かなぁ……。でも、本人がやる気だしなぁ」
――そうして、砦に入ってから約1ヶ月が経過した。
既に砦の兵士達は栄養失調気味で、間もなく砦は陥落する――といった時に、援軍が見えた。
援軍が到着すると、砦を包囲していた魔神軍は姿を消した。
元々、敵からすれば援軍が到着するまでに砦を落とせなければいけない計画だったのだろう。
だが援軍が来て砦の包囲も突破された以上、ここに留まる理由は無くなったんだ。
押し寄せていた魔神軍は、綺麗さっぱり姿を消した。
「到着が遅れてすまない守備隊長。どこの戦線も、状況は切迫していてな……」
「いえ、ありがとうございます。助かりました……」
「……しかし、よくぞ1ヶ月も持ちこたえたものだ。――もしや、現れた救世主と噂の貴方様が?」
「あ、いえ。私では無く、主にニーナが……」
「ニーナと言うと……まさか、オークランス家のご令嬢か!」
「あ、はい。多分、それです……」
ニーナの家名はオークランスと言うらしい。まあ、貴族だし家名はあるよな。
「是非、直接御礼を申し上げたい!――ニーナ殿は今はどこに?」
「え? 地下の食料庫ですが……。会うのは止めた方が」
「何を言われるか! 王国貴族として立派に務めを果たされた方に礼を言わぬなど、誇り高き騎士の名折れ!」
騎士の名折れですか。
そうですか――俺は止めましたからね?
後で文句言っても知らんよ?
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