第3話 茜色に染まる校舎に舞い落ちたのは(3)

「えっと……そうなんだ」

 私は余りのストレートな言葉に対して呻くように言葉を上げてしまう。

 声に出していないと思っていた問いに答えが返って来たこともさることながら、そのまま答えてくれた事に驚いたからだ。

「うん、大好きな人」

 こちらの反応をどう思っているのか、真意は計り知れないが表面上は無く見える。その様子に私は思い切って今まで胸に秘めていた疑問をぶつけてみる。

「そ、それって、ひょっとして熊谷……くん?」

「へ?」

 その名前を口にした途端、一瞬彼女の表情が強張って固まってしまうのが見て取れた。が、すぐに破顔してこう言い返してきた。

「あっは、違う違う。く、熊谷って優斗のことでしょ。ないない、有り得ないよ」

「でもさ、二人は子供の頃からずっと一緒だったんでしょ」

「うん。まあ、ね。家も近所だったし、幼稚園の頃から今の高校まで学校もずっと一緒。クラスも一緒の事が多かったかな。小さい頃は家族ぐるみの付き合いも頻繁にあって、夏休みには海とかプールとか山にキャンプに行ったりしたこともあったのは確かだよ」

 つまりそれは幼馴染という奴だ。そんなに小さい頃から常に一緒にいる男女のこと。お互いに異性として意識することもあったりなかったりするのではないか。

 私がその様に想うのも自然な思考の流れだと想う。しかし、この疑問も口に出すまでもなく伝わったのか彼女は更に言葉を重ねて否定した。

「だから無いって。私ね、小さい頃は結構やんちゃだったの。髪もめっちゃ短くて、半そで短パンで男の子と駆け回って遊ぶのが普通だった。野生児って言われてもいいくらいだったかもね」

「え、そうなんだ。何か、意外かも」

 今のエリナはどこからみても完璧美少女という感じに見える。その彼女が男の子と公園でジャングルジムに登ったりしていたというのか。なんだかイメージが湧かなかい。

「んふふ、そうかもね。優斗も小学校三年生くらいまでは私より小さくてね。力でもこっちが圧倒的に強かったんだ。逆らったら拳固一発で言う事きかせたりね」

「お、女ガキ大将」

 想像よりもバイオレンスな日常。でもその姿は聞けば聞くほど今の彼女とは繋がらない。

「あはははははは。まあ、当たらずとも遠からずかな。それはそれで楽しかったんだけど。でも、時の流れは残酷だよ。お互いが成長するにつれて優斗の身体は私をドンドン追い越して大きくなっていったの」

 低年齢の頃は男子よりも女子の方が成長速度が速い。同い年でも女子の方が身体年齢も高く、運動能力が高いことも多い。でも、それは時が経つにつれて逆転していく。

「エリナの方が男の子の遊びについて行けなくなったと?」

「身体だけのことじゃないよ。遊ぶグループみたいなのも、男の子と女の子じゃ別れるじゃない?」

 それは多分にある話だ。話を聞く限りではまだ小学生の頃の話だろう。思春期を越した後の中学生や高校生の女子が男子と遊び歩いているというのとは意味が違うかもしれない。

 が、それでも『自分達』のグループには属さず男子とばかり遊んでいれば『変な子』扱いはされてしまうというのは容易に想像がついた。

「確かにね。他の女子からしたらそういうことは意識するかもしれないね」

「そ。エリナちゃんは男の子と遊んでばっかりだね。みたいに言われてさ。それでも、他の女子に言われてたくらいでは別に気にしなかったの。男子とか女子とか関係なく楽しく遊べる相手がいればよかったと想っていた。でも、それも続かなかったんだよね。当の遊んでいた男子がさ意識しだしちゃったんだよ」

 苦笑交じりにそう答える彼女。

「ああ。そういう物かもね」

 男子の中に女子が一人。それはグループ内に女子がいるという事を意識するだけではない。そこに引っ掛かってしまうと他の男子グループや女子グループからの目も気になってしまう。

「で、三年生くらいの時に優斗に言われた訳。もう余り一緒に遊ぶは止そうって、エリナも女の子の友達を作った方が良いよって」

「ストレートに言われたんだ」

「うん。内心納得いかなかったけど、でも、理由はわかってたからさ。素直に従ったちゃったんだよね」

 話の内容は彼女にとって苦い思い出なんじゃないかと想うのだが、意外に口調は淡々としていたし表情も穏やかだった。

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