第2話 茜色に染まる校舎に舞い落ちたのは(2)

 彼女の名前は二見エリナ。入学早々その姿は目を引いた。

 はっきりとした目鼻立ち。手足は言うに及ばず全体的にスラリとした体躯。でも、痩せぎすという感じではなく必要な所には程よい肉付きであることが、白のブレザー越しにも見て取れてしまう。同年代の中でも一際目立つ見た目に加えて人当たりも良い。

 入学当初、そんな彼女に対しては恐らく多かれ少なかれ新たな環境下で甘酸っぱい青春を燃やすことを期待していたであろう男子だけでなく、女子の中にもお近づきになりたいという想いを抱かせるに十分な資格を有していた。

 そんな中でとりわけエリナの傍に寄り付いた四人の女子グループがいた。秋田日奈、宮前麻衣、元宿ゆりな、浜野しょう子。日奈をリーダーにした女子四人組。

 みんな見た目が派手だったり個性的な恰好をしていて所謂『スクールカースト上の一軍グループ』をアピールしている事が明白だった。

 特に日奈や麻衣は学校の校則ギリギリアウトくらいのメイクと制服の着崩しをしていて普通なら絶対目立っていたろう。でも、エリナの飾らずとも放たれるナチュラルボーンな見た目とオーラの前にはそれらも霞むほどだった。

 一方エリナの方はそんな彼女らに近づこうとしていた訳ではない。一軍アピールをするというのは結局群れなければ何もできない、一人でいる事に自信が持てないことの表れでもある。エリナはそんなことをする必要もなかったのだ。

 寧ろどちらかというと彼女は全方位外交的にクラスメイト達と接しようとしていた節がある。それは良く言えば誰に対しても人当たりが良いという風に表向きには見えたていたものだ。でも、誰かに対して深く付き合うことをするのを拒否するかのような空気も纏っていた。

 だからということもあるかもしれない、そんなエリナと親密であるという事がステータスになる。そう考えたのだろう、秋田日奈達は何かにつけてエリナの傍に陣取って彼女がグループの一員であるかの如く振舞い始めたのだ。

 エリナもわざわざ波風を立てたくないという想いがあったのか、そんな彼女らを邪険に扱うような反応はしなかった。

 そして傍にいる間は益体のない話にニコニコと話を合わせるくらいの寛容さで接していた。

 だが、ある時期から急に彼女らの間で露骨に距離が開き始めた。

 理由は詳しくはわからない。ただ、風の噂で聞いたところによるとこんな事があったらしい。

 クラスの中にグループの女子が気になっている男子がいた。その子はアプローチを掛けようとしたが、当の男子はエリナに好意を抱いているから無理と返事をしたらしい。それが元でグループ内の関係がこじれたとかいう話だった。

 まあ、とはいえこじれたと言っても、そもそもエリナとグループメンバーの距離は表面で見える以上のものではなかった筈。だから特にクラス内の状況は変わらなかったのだが……。

 普通クラスの1軍女子の間で揉め事があった時、揉めた当事者の女子はハブにされたりということもある。でも、クラス内の立場は実質エリナの方が上だった。

 逆に秋田日奈達は寧ろエリナを後ろだてにするような形でのさばろうとした訳で、そこから離れたら、彼女等の方こそがただただ浮いた存在でしかなくなってしまったのだ。

 とはいえ目立って自己主張が激しい彼女らの方がいじめの対象になるということもなく、表向きはクラス内での不可侵条約が結ばれたような状態が続いた様に思える。

 そんな事、本来私には関係のない話だ。が、クラス委員という立場上、こちらから聞かずとも何とはなしにその内情が耳に入ってしまう。

 その様な訳で、彼女から恋愛話を振られたこの状況での切り返しに迷いが生まれたのだ。

 エリナは揉め事の元になった件について気にしている風はなかったし、未だ彼女に気があるであろう男子は大勢いる様だ。実際何人かから告白されたこともあるらしい。でも、少なくともそれに応じたということは聞かない。

 正直野次馬根性としては彼女のそうした恋愛感情について聞きたい気持ちもある。が、だからこそ、そんな彼女に対して気軽に『好きな人いる?』とストレートに聞くことが躊躇われたのだ。次の言葉を出しあぐねて無言になってしまう。

 そんな私に彼女は意外にもこう言葉を返してきた。

「私はいるよ」

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