魔女、予言を告げる

 メリルはスキルを使った後、しばらく部屋から出なかった。ゆっくりと「予言」の中身をかみ砕き、どうすべきか一人で考えた。


 どれだけ時間がたったのか判然としないまま部屋で過ごしていたメリルは、階下の騒がしい音を聞いて、宿場町に行ったメンバーが続々と宿に戻ってきたのを知った。夕方の食事時に近い時間で、隊員達の食事を求める陽気な声が階下の賑わいをより増している。

 メリルは、姿変えの魔法を使って老婆の姿になると、階下へ降りて行った。

 戻って来た中にはデュークの姿もあった。顔色はよくないが、しっかりと立って歩いているのを見てほっとする。クローディア嬢の姿はない。アランが拠点は他にもあると言っていたので、そちらに匿っているのだろう。

 メリルは階段の踊り場から彼らを見下ろすと、偏屈な魔女らしく、がらがらのだみ声でいつもの悪態をついた。


「ふん、どいつもこいつも疲れた顔しおって、若いのに鍛え方が足りんのじゃないかい?」

「あ、魔女様! ただいま戻りました」

「ええぇ、俺達がんばったんですよー。優しくしてくださいよー」

「一番頑張ったの隊長っすけど」

「そうそう、魔女様、隊長がサアヤさんをお守りしたんすよ!! 俺達見てないんすけど、街の奴らの話だと、燃え盛る炎から、うら若き乙女を抱きかかえて脱出してきたその勇姿に、街の女の子達もメロメロだったらしいっすー」


 隊員達の声は明るい。宿場町からの帰途、きっと事故も問題もなく帰ってこれたという事だろう。彼ら全員の無事がとてもうれしい。


「それはあの子から聞いたよ。まあ、それだけは認めてやらんでもないがね。あの子も喜んでいたよ。帰りの同行者もできたやつだと褒めていたねえ」

「魔女殿。何を隠そうそれは私です、このジョゼフです」

「ずりーぞ、ジョゼフ! 魔女様ー、サアヤさんはどこですかあ」

「あの子は、一度、家に帰したよ」

「えー、俺まだ話してないのに!」


 隊員達は、サアヤの効果かメリルにもさらに気安く接するようになっていた。

 その心地よい雰囲気にメリルは小さく口元を緩める。

 デュークは、メリルの姿を見ると、隊員達を置いて階段の踊り場までやってきた。


「何故、先に戻った?」


 デュークを間近で見るのは、宿で怪我をして横たわっている姿を見て以来五日ぶりだ。顔色はあまりよくないが、そこまで体調の悪さは感じさせない。きっとアランの言った通りの回復力なのだ。

 いつも通り、不機嫌そうな表情を隠そうともしないデュークに、メリルは苦笑した。


「ああ、あの子の事かい。アランから聞いてないのかい。一刻でも早く予言の魔術を行うために戻ったのさ。魔女同士は己の体験を共有できるから、お嬢様の到着を待たなくてもサアヤさえあたしの元に戻ってくれば魔術は可能なのさ」

「そう言う事ではなく――サアヤは、大丈夫なのか?」

「ああ、元気なもんさ。あの子はあんたが守ってくれたんだろう。ありがとうよ。デューク」

「無事ならばいい」

「そういえば、お嬢様とはゆっくり話せたかい? 幼馴染みなんだって?」

「少しだけ話はした。あの人は、婚約破棄の一件依頼、深く傷ついている。騎士団の別邸でしばらく身を隠してもらう予定だ」

「ああ、大事にしてやるといいよ」


 デュークの不機嫌そうな表情が、少し和らいでいるような気がする。幼馴染だというあのお嬢様はデュークの心を和ませる存在なのだろう。


「それより怪我の具合はいいのかい? あんたの回復にはだいぶ時間がかかりそうだってあの子が言ってたのに、随分早く戻ったねえ。無理したんじゃないのかい?」

「ほう、心配してくれるんだな?」

「ふん、魔女の生贄は、健康じゃないと務まらないからね」


 そんなやりとりをしているうちに、デュークの顔は、いつのまにか、からかうような悪い表情に変わっている。


「そう言えば、生贄から主人への帰還の挨拶がまだだったな」


 デュークは、そう言うと腰を折り、流れるような動作でメリルの手を取るとその甲に口づける。

 思わず固まったメリルをからかいを含んだ目線で見上げる。


「ただいま戻りました。マイレディ」

「な、なな、あんたはまたっ」


 階下から、はやし立てるような口笛と、魔女様、先食べてますよー、という声がする。


「行くか。魔女殿は人気があるようだ」


 そんな風に自然に迎え入れられるこの場所が心地よすぎて、ここを居場所にしたくなってしまう自分に気づく。

 不意に涙が出そうになって、メリルは奥歯をぎゅっとかんでこらえた。


「ふんっ。当然さね! あたしは偉大な予言の魔女だからね」


 メリルは、すでにこの場所が大切でたまらなくなってしまっているのだ。

 魔女の掟では、対価の応酬の中でしか関わる事が許されない、この場所を。


 だから、メリルは、決めた。

 彼らを――デュークを守るために、サアヤとして動くことを。


 メリルがデュークに突き出すように手を差しだすと、デュークは当然のようにメリルの手を取り、階段を降りるのを手伝う。


「――デューク、予言の魔術はなされた。予言を伝えよう。聞く準備ができたら声をかけな」

「わかった」


 メリルの密やかな声は、デュークにだけ届いた。


  ◇◇◇◇◇◇


 メリルが予言の魔術が成功したことを告げると、デュークは、食堂脇の一室にメリルを招き、扉を閉めた。中にいたのはデュークとアラン、宿場街から帰りを共にしたジョゼフのみだった。

 メリルは、話すべきことを心を決めて、一同を見回す。


「まず、前提を理解しとくれ。あたしの予言はね、これから起こる未来を予言するものじゃない。この国に起きている事象の本来あるべき姿を伝えるものだ。何も歪みがなければこうなっていただろう、というこの国のあるべき姿だ」

「それは、今現在が、歪みがあるためにあるべき姿ではないということか?」

「そうじゃ。今この国は、あたしが予言で見た姿とはかけ離れている。歪みを与えた者がいるからじゃろう。しかし、あたしはこうも考えるんじゃよ。これは、本当に歪みなのか、とも」


 問うような目を向けるアランを見て、メリルは目を伏せる。


「今起きている変化を『歪み』ととらえて是正するか、良い意味での『変化』ととらえてそのまま受け入れるかは、お前達が決めることじゃよ――選択肢は、お前達にある。それを念頭に置いてこれからの話を聞いておくれ」


 メリルは、異世界図書館ビブリヲテイカによって得られた情報を彼らに伝えた。



「ええ!? あのとんでも聖女が心優しくて、悪を倒す正義のヒロインなんっすか?」

「クローディア様が魅了の力を使いまくる悪女って……。確かに、性格はメリルさんの予言の通りです。でも、そんなすごい悪女の割には聖女に随分あっさり追い出されてましたからいまいちピント来ないですねえ」

「うーん、つまり、本来あるべき姿ってのを歪めたのは、聖女様ってことっすね。聖女様の性格が魔女様の話とあまりにも違いすぎるし。聖女様が聖女認定試験で表舞台に現れるまでは、魔女様の話と今までの流れはほぼ一緒っすから。あっ、聖女様ってあれっすか。話に聞く転生者って奴」

「その可能性は高いだろうね」


 アランとジョゼフとが頷きながら解釈する内容はメリルの解釈と一緒だ。


「あれ、でも、聖女様が来る前の出来事は、隊長についてだけは違いますよね。魔女様の話だと、隊長はずっと王宮にいたってことですから」

「俺の変化の原因は分かっている。詳しくは言えないが、聖女は関係ないだろう。ただ、そのおかげで辺境騎士団で学び、鍛えられた。是正の必要性からは外していい。――そのおかげでお前達とも会えたしな」

「「隊長ー」」


 隊員に穏やかな表情でそう伝えるデュークは、本心でそう語っているのだろう。

 メリルは、胸を刺すような痛みを押し殺した。

 もうすぐ、その輝かしい出会いも、悲嘆にみちた別離に変わってしまうのだ。


 ――彼の死によって。


「しっかし、聖女様の力って、魅了のアーティファクトだったんっすねぇ。そして、最重要情報は、それに対抗する解呪のアーティファクトがあるところっすよねえ。もう最高っす。希望の光が見えてきました。さすが魔女様っす。予言の力半端ねえっす」

「……ふん、おだてても何にもでないよ。アーティファクトはあたしが作ったわけじゃない。この世界に元からあったものさ」


 感激しまくるアランに居心地の悪さを感じてメリルの口調も自然にぶっきらぼうになる。


「いや、でもその存在は、メリル殿がいなければわからなかった。礼を言う。――アラン、地下神殿の調査と、秘密裏に神殿を探索する準備を進めてくれ」

「はい、隊長。でも、地下神殿の奥にいけばいいだけでしょう。俺だけでちゃちゃっと行ってきますよ。人数も少ない方が神殿の警備の連中の目も避けやすいし」

「言い忘れていたよ、アラン。サアヤを連れてお行き。あの子じゃないと、手に取ることができないよ」

「え? 女の人じゃないとダメってことっすか?」


 デュークが、それを聞き眉をしかめた。


「いや、また彼女を危険にさらすことはできない。女性でないとだめなら、辺境騎士団から女性騎士を呼び寄せる」

「……既婚者や恋人がいる娘ではダメじゃ。意味がわかるな」

「ええっと……ああ……」


 しりすぼみに相槌を打つアランと、顔を赤くしたジョゼフを、メリルはぎろりとにらみつけて黙らせた。

 実は騎士団に女性騎士が数名いて、彼女たちが騎士夫婦や、恋人のいる奔放な女性であることは、ジョゼフから聞いて知っていたのだ。


「しかし、危険だ。……彼女は騎士ではない。守られるべき立場の人間だ」

「神殿の奥は、特に危険はない。聖女認定試験が行われるのは、女性だけで訪れても危険のない場所だからじゃ。ただ、乙女でないと手に入れられないアーティファクトがあるだけだ」


 なおも拒否するデュークに、メリルも譲れなかった。

 もちろん「乙女」の設定は嘘だ。

 には、必要があるのだ。


「――デューク、サアヤは、お前に助けられた恩返しがしたいと言っていたよ」

「そっか! そういうことっすか! 俺応援します。隊長にとうとう春が!!」

「おい、ちょっ、アラン、日和るな! 俺の春は――」

「ジョゼフ、隊長が興味を持つ女性がどれだけ貴重かわかるか……譲れ」


 ジョゼフとアランは、デュークがサアヤに好意があるのだと誤解しているらしい。そして、今サアヤがデュークに好意を持っていると誤解されただろう。

 デュークは、サアヤに対し責任を感じているだけだし、メリルも計画のために効果的な言葉を使っただけだが、アランとジョゼフが知る必要はない。それでサアヤを神殿の捜索に連れて行ってくれるなら、それだけで十分だ。

 メリルはデュークを大切に思ってはいるが、魔女と王子の恋愛的なアレコレに夢なんて見ていない。


(そういうのにふさわしい人は、他にいるし……私は、私にしかできないことでデュークを助けたい)


 メリルがデュークをちらりと見ると、彼は複雑な表情で沈黙を守っている。


「サアヤを連れてお行き」


 脇で譲る譲らないと騒いでいる二人を尻目に、メリルが重ねて言うと、デュークはしぶしぶ頷いた。自分も一緒に行くといい、自分かアランの側から離れないことなど、色々な条件を付けくわえられた。メリルは素直に従い、それをサアヤに守らせると約束した。


「行くなら、月のない晩におし。予言では、その日にアーティファクトを手に入れていた」

「うーん、そこは守った方がよさそうっすね。じゃあ、五日後っすね。それに向けて神殿内部の情報など仕入れておきます」


 メリルは彼らに告げなかった。

 デュークが死ぬことも。

 その原因となる神殿の奥の魔獣の存在も。

 タイムリミットは五日。

 それまでに計画を成功させなければならない。

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