魔女、予言の魔女と呼ばれる

 魔女メリルは、ルフト王国の西の森にすむ、数百年生きていると言われる白髪の年老いた魔女だ。しかし、人々にそう思われているだけで、本物のメリルの年齢は実は十九歳とまだ若い。というのも「メリル」とは魔女の通り名で、その姿形と名前、魔女の秘技と魔法は、代々弟子に受け継がれていくものだからだ。

 今のメリルも昨年、先代から彼女が亡くなる前に魔女「メリル」を継承した。メリルが受け継いだのは、風と大地の魔法と、魔法薬や魔道具作りの知識だ。

 先代メリルは、かなり人のいい魔女で、行き場を失くしたメリルを温かく迎え入れ、親身になって助けてくれた。ちょっとおちゃめな所もあったりして、そこがメリルは大好きだった。ずぼらでアバウト、という短所もあるにはあるが、それを補って余りある長所を兼ね備えた立派な魔女だった。――だったのだ、多分。


(……ううん、美化するのはやめよう。あの人のことだから、きっとお酒の席とかでのせられて調子よーく、なんか約束しちゃったのよ――この調子で大量の借金とか出てきちゃったらどうしよう)


 メリルはげっそりとうなだれながら、デュークの準備した乗り心地のよい馬車に揺られていた。デュークからぼったくる予定の宝石は、既にメリルの頭の中で架空の借金返済に充てられている。

 現在、メリルはデュークに拉致られ王都に連行される途中である。

 予言の魔術は、予言の対象者をメリル自身の目で見ないといけないと知るや否や、馬車に放り込まれてしまった。

 ちなみに、メリルに予言をして欲しいと言うに至った王都で起こった事件の背景は

まとめるとこんな感じだ。

 半年前、聖女認定試験で聖女に選ばれたマリア=クロウリー男爵令嬢は、王宮に入った途端、王太子、第二王子、王太子の護衛騎士、専属魔術師などを次々に骨抜きにした。そして、数カ月の間に、国王夫妻まで懐柔し、王太子に婚約破棄させた上に新たな婚約者に収まったのである。その後、聖女マリアは政治にも介入してきて、国庫を浪費するような愚策を提案しては、王太子を後ろ盾にそれを通してしまう。反発する者も聖女に会うと考えを百八十度変える始末。半年たった今では、王宮は貴族から下働きに至るまで彼女の信望者ばかりになっていた。


(もうっ、もうっ、かんっぺきにテンプレじゃない!! この聖女転生者でしょっ。ついでに魅了のスキル持ち。もうっ、何やらかしてくれてんのよっ)


 ため息しかない。

 先代の話によると、この世界には時々転生者が現れ、彼らはたいてい固有の「スキル」をもっているらしい。件の聖女マリアとやらもきっと、メリルのお仲間なのだ。

 ちなみに魔女メリルを予言の魔女として有名にした力も、実は引き継がれたものではなく、メリル自身のもつ「スキル」だった。そのスキルは、子供の頃に大部分は使えなくなってしまったが、残った力だけでも予言の魔女としてやっていくには十分だった。メリルは、先代メリルと共に、魔力で補助しながらスキルを使う方法を確立し、予言の魔女としての今の地位を手に入れたのだ。なお、この世界の宝石は魔力の塊である。対価として要求した宝石は、全てがぼったくりではないということは一応明言しておく。


「なんだい?」


 メリルは、馬車の向かいからじっとこちらを見るデュークに気が付くと、睨み上げた。相変わらず顔がいいのがむかつく。


「いや、不思議に思ってな。腰が痛むのだろう。あれだけよく効く薬を作れるのに、自分には薬を使わないのだと思ってな――俺に飲ませたのは、毒消しの薬湯だろう? よく効いた。礼を言う」

「ふ、ふん、魔女の体は、薬があまり効かないのさ。自分を実験台にするから耐性がついちまってね」


 思わず嘘をついてごまかしたが、まさかお礼を言われると思わず挙動不審になってしまった。おまけに腰が痛いのに気を使われるとも思わなかった。

 魔女の庵に来たデュークは、毒草の群生地を抜けて来たのかあまりにひどい顔色をしていたのだ。帰りに倒れられたりしたら寝覚めが悪いから、解毒剤と回復薬入りの薬湯を出してやった、それだけだ。

 メリルは、そっぽを向くと指の先で肩からこぼれる白髪をくるくると回す。

 しかし困った。

 デュークに言われてしまうと、この数日間、気にしないように心がけていた腰の痛みが、どんどん増してくる。変身の魔術の弊害だ。


(早く元の姿に戻りたい……)


 王都までは馬車で十日間。

 すでに数日は過ぎたが、これがまだ続くと思うと正直拷問だった。

 先代が亡くなってからというもの、メリルは、人と会うときは先代から受け継いだ姿変えの魔術を使って老婆の姿に変身する。この魔術の困ったところは、見かけだけでなく感覚も老婆に変えてしまうところだ。体は重いわ腰が痛いわかなり大変なのだ。感覚だけなので薬もききはしない。

 しかし、十九歳の普段の姿が魔女メリルだと知られることは得策ではない。魔女は年を経るほどその力が増すというのが通説であるから、メリルが経験の浅い若い魔女だとばれれば仕事がこなくなって食べていけなくなってしまう。それに何より、今まで続いてきた魔女「メリル」の信用を落とすわけにはいかなかった。そのため、メリルはこのことが依頼人にばれないよう細心の注意を払っていた。

 昼間はデュークと同じ馬車だし、夜も変身を解けるのはほんのわずかな間だけで、回復する前にまた馬車の旅が再開する。いくら乗り心地が良い馬車とはいえ、痛みはどんどん蓄積されていった。


「何かして欲しいことはあるか?」

「何を企んでるんだい」

「人聞きが悪いな。生贄が主人の要望を叶えようとしているのに」


 全く心配している表情ではない。

 数日会っただけだが、大分分かって来た。この男は、基本は厳しい不機嫌な表情だが、何か悪いことを思いついた時だけ、表情を変えるのだ。

 今も、面白がっているようにしか見えないデュークに、痛みでイライラを募らせたメリルは、つい言ってしまった。


「そんなの自分で考えなっ」

「そうか? では、主人のために生贄がすべきことを考えてみよう。真剣にな」



 王都までの道中は、デュークの旗下である辺境騎士団第一大隊の隊員達が一緒だった。彼らは王都へ品物を運ぶ商団に扮し、メリルは取引客という設定だ。旅を共にするのだから少しは仲良くなれるかと思ったが、正直、彼らとの距離感は微妙だ。

 原因は分かり切っている。


「メリル殿、ここは危ない。失礼する」

「何するんだい、あたしゃ、自分の足で歩け……」

『このぐらいは、生贄として当然の務めだろう?』


 ことあるごとにメリルを抱き上げ、エスコートし、そして、生贄の務めとやらを主張する、このクサレ王子のせいだ。

 今も、抵抗しようとするメリルの耳元であのキーワードを囁いて、黙らせる。

 メリルが人前で生贄発言をされるのを嫌がるのを早々に気づかれてしまったのだ。評判、大事。生贄、知られたら、仕事来ない。

 そして、人前で抱き上げられるというお姫様プレイならぬ羞恥プレイ。

 生贄の話に乗ってしまったことを激しく後悔するも、今さら訂正するのはお姫様プレイに負けたようでわずかなプライドが邪魔をする。

 そういうわけでメリルは、刺のある視線と共に、隊員達からは遠巻きにされているのだった。


(違うのっ。私は、あんた達の大事な隊長を好き好んでこき使ってるわけじゃないから!! あのクサレ王子が生贄の押し売りをしてくるんだってばっ……もう返品したい)


 内心泣きながら馬車の旅の数日を過ごしたが、王都に近づくにつれその気持ちは徐々に薄れ、メリルは悟りの境地に達した。正確には薄れたのではない、気にしていられなくなったのである。

 姿変えの魔法を解けないメリルの老体には馬車の旅が本当に応えた。

 デュークへの怒りも恥ずかしさも、健康な肉体があればこそ。旅の後半、メリルにはそんなことを考える余裕はすぐになくなってしまった。

 隊員達の視線も、途中からは憐みの視線に変わって来たような気がする……。


  ◇◇◇◇◇◇


 王都には、辺境騎士団のメンバーが拠点として使っている宿屋があるらしく、そちらにしばらく滞在することになっていた。聖女達にこちらの動向がばれないように身元を隠し、あくまで商団員としての滞在だそうだ。

 ちなみに騎士団の隊員達は、メリルに対する認識を、恐ろしい魔女から腰痛持ちの近所のおばあちゃんへと切り替えたらしい。隊長であるデュークを筆頭に甲斐甲斐しいことこの上ない。お年寄りには親切に。どこの世も同じである。

 宿に着いて少し休み、腰が多少ましになったメリルは、一階の食堂で、王都で諜報活動を行っていた隊員達からデュークと一緒に説明を受けることになった。


「婚約破棄は、やっぱり何かのパーティーの場でかのう?」

「ええ、王子の誕生パーティーっす。婚約者でなく、聖女様をパートナーとして伴って、突然『婚約を破棄する! 聖女マリア嬢と新たに婚約を結ぶ!』って感じで出席者の度肝を抜いたらしいです。これは出席された隊長に聞いたんですけど」

「ちなみに婚約破棄された令嬢はどんな娘なのじゃ?」

「クローディア様というルウェリン家の公爵令嬢っす。聖女候補でマリア様に最終試験で負けるわ、婚約破棄されるわでかなり可哀そうな感じなんですが、この方は、まあ、あれな方なんで、あんまり皆同情してはいないっすね」


 クローディアは華やかな美女ではあるが、プライドが高く王太子本人よりもその妃という地位を愛するようなタイプであまり人望はなかったという情報も付け加えられた。

 説明をするのは、ここしばらく王都で諜報活動を行っていたという、デュークの副官アランである。日に焼けた茶色い髪にそばかすが印象的な人懐こい性格の彼は、魔女のメリルに対しても会った当初から臆するところはない。メリルに向かっての開口一番が、見事に隊長をしつけられましたねえ、だ。絶対に違う、と主張しようとしたが、背後でデュークが『生贄』と口を動かすの見て、メリルは黙らざるを得なかった。


(王子に聖女に悪役令嬢が出てきて婚約破棄、定番乙女ゲーム系だよねえ。魅了のスキル持ちの転生者聖女が逆ハー狙いで色々やりすぎちゃってるとか? それで悪役令嬢は早めに退場させられちゃった感じ?)


 メリルは、ストーリーを推測しながらも、聞こえてくる内容にまず安心する。定番作品ならハッピーエンドまでのルートがしっかりしているからだ。そんな面倒な事にはならず話を片付けられる可能性が高い。


「それで、新しい情報なんですが、また聖女様がとんでもないことを言い始めたそうっす。お隣のラウジア王国の湿潤な穀倉地帯をご所望されたそうで、なんでもその土地で新しい穀物の栽培を試したいとか」


 アランの言葉にメリルは、思わず遠くを見つめる。自分にも覚えがある発想だからだ。

 異世界あるある――お米が食べたくなっちゃう、アレである。

 一瞬応援したくなってしまったが、隣国の土地が欲しいとか、普通に考えてダメである。デュークの表情も硬い。


「それは……。そこは穀倉地帯なだけでなく、ラウジアの王都に近い軍事上の要衝地だ。宣戦布告と取られても仕方ない。やっと軍事同盟で首輪をつけることに成功したばかりだというのに」

「はい。内々の打診はもちろん断られたそうです。で、それを受けて先週の議会で聖女様がこう発言されたそうです。『こちらの要望を拒否するのは、敵意を持っている証拠だ。そのような危険な国は、どちらが上か分からせて支配下に置くべきだ』と」

「ラウジアの反応は?」

「議会の様子が伝わったんでしょう。隣国はこれを同盟破棄や宣戦布告の予告とも受け取り、国境地帯は厳戒態勢、各所に兵が集められ始めたと噂になっています。――これは内々での情報なのですが、わが国でも戦力不足を補うため次の議会で動員令の発布がされることになるようです」

 

 その場にいた者達に沈黙が走る。

 聖女の発想にはもちろんあきれる。転生者にしても考え方がおかしいだろう。

 でも、それがまかり通ってしまうという異常事態の方がもっと恐ろしい。

 メリルも、自分が魅了の力を軽く考えていたことを悟った。

 使い方次第で、戦争すら簡単に起こすことができる恐ろしい力なのだ。


(戦争なんで絶対にダメ。だって、それじゃ……)


 メリルの脳裏に、かつて失われた故郷の光景がよぎる。

 メリルがきつく目をつぶるとその肩に、そっと温かいものが触れた。顔をあげると、デュークと目が合った。

 その瞳は、旅の間に見なれた、メリルをからかう人の悪い笑みでも、不機嫌そうな顔でもなく、強い意志を込めた人の上に立つ者のそれだった。


「メリル殿。俺は、この国を守りたい。街を。文化を。暮らしを。人々の笑顔を」


 メリルは、初めてデュークの本質に触れたような気がした。

 デュークの言葉に、都に来るまでの人々の様子を思い浮かべた。

 麓の村で手を振ってくれた人のいいおかみさん。

 街道沿いの休憩の時に、メリルに水をくんでくれた子供達。

 立ち寄った屋台で、サービスしてくれた店主。

 宿屋で、メリルのために腰に優しい布団にわざわざ入れ替えてくれた宿屋の主人。

 途中の果樹園で果物の収穫に精を出していた若い夫婦。

 生き生きとしていて、喜びに満ちた人々の笑顔を。


「王都についてすぐで申し訳ないがあまり時間がないようだ。あなたを予言の対象者たちに会わせるため、すぐにでも王宮に潜入したい」

「ああ、報酬の分はしっかり働かせてもらうよ。魔女メリルは、借りを作るのが大っ嫌いだからねえ」

「感謝する」


 デュークの答えに、メリルは魔女らしく、不敵な笑みを浮かべた。

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