第5話 夜の顔(3)
「……あの人は、僕がいずれ
「え? 何とかって、何? まさか報復とか考えてる?」
「おおかたのあらすじは考えている。あとはオチをどうするか……」
「そんな物語を作るみたいな感じで復讐考えてたの!?」
「これ以上、君にちょっかいをかけて傷つけるのなら、あの人には悲劇の主人公になってもらおうかと」
「いや怖いよ!」
「冗談だよ」
ニッコリと笑うユーリ。ジョークに聞こえないのが恐ろしい。
イスタもまた、ユーリという人間についてよく知っていた。
イスタは〝明るくて親しみやすい人〟だと言われるが、ユーリは〝年齢の割に冷静沈着〟だと評判だ。
でも実はかなり神経質で、怒りの沸点はイスタよりもだいぶ低い。落ち着いた人物に見られるのは、彼女がそう
それは全てイスタのためだった。
自分自身への評価が、主人であるイスタの評価に繋がるのだという信念で、内側の激情を抑え込んでいる。本来のユーリは、イスタを傷つけるものは悪魔であろうが人間であろうが許せないのだ。抹殺したいとさえ、感じている。
「……やめた。伯爵の言葉でうだうだ悩むなんて、時間が勿体ねぇな」
「イスタ?」
「もっと別のことに時間を使おうぜ?」
イスタは体を起こして……、ユーリに顔を近づけた。
「なぁ、ユーリ。……
どこに?
と、訊く必要はない。イスタの煽情的な表情と、ユーリの背筋を駆けぬけた甘い疼きが、行き先を教えてくれている。
至近距離で見つめ合うイスタとユーリ。
藍色の瞳の中にはイスタの姿が、エメラルドグリーンの瞳の中にはユーリの姿が映り込んでいる。
それは、お互いだけが知る〝夜の顔〟。
〝カリスマ〟でも〝王子様〟でも〝冷静な子供〟でもない、普通の少女たち。
人並みの弱さや腹黒さ、さらには特別な相手への欲情が滲み出た秘密の顔。
7年前。
イスタは父からの頼みを拒んだ。
何日も部屋に閉じ籠り、泣いて抵抗した。そんなイスタの心を劇的に変えたのは、父の側近の娘であるユーリだった。
幼い頃からの遊び相手であったユーリは、イスタの目の前で、自分の長髪をハサミで切った。
そして呆然とするイスタに向かって、
〝貴女が男になるのなら、私も男の格好をします〟
そう告げた。
あの日から2人の絆は特別なものとなった。
イスタはユーリと手を繋ぐ。
「私が今、何を思い出していたか分かる?」
「……分かる。私も君と同じだから」
ユーリの返答に、先ほどまでの暗い気持ちが嘘のように晴れて、イスタは嬉しくなる。手の皮膚を通して同じ記憶を共有しているような感覚。ユーリとなら、そういう不思議なことも出来る気がした。
2人はどちらからともなく立ち上がる。
お互いの体温を手離さないまま、隣の部屋……寝室へと向かった。
イスタとユーリ 麻井 舞 @mato20200215
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