第2話 昼の顔(2)

 一方、黒カエルの外側では。


「っ!?」


 周囲がどよめいた。

 少女が呑み込まれてから5分が経った頃、事態が急変したのだ。


 まずは黒カエルの不快な鳴き声が止み、次に魂が抜けたかのように静止した。そして腹部のあたりが変形している。


「あれは一体何だ!? 奇妙な形をしているぞ!」

「カエルの体内から、槍を突き刺しているのだと思います」


 護衛は再び驚いた。デジャヴだった。また隣に誰かいた。


 黒い短髪と藍色の瞳を持つ、10代の子供だ。リーリウム随一の進学校の制服を着ており、ベルトに2本の刀剣を差している。


「あれは〝目印〟です。自分たちの居場所を、僕たちに知らせるためのものでしょう」


子供にしては落ち着いた話し方だった。それに顔立ちも真面目そうで……。




〝もうすぐここに真面目そうな顔した奴が来るから!〟




 護衛は〝あっ!〟と思った。



「貴方たちの主人あるじと、僕の主人あるじはカエルの腹部にいるのでしょう。心臓は既に僕の主人によって破壊されているはず。ならば腹部を避けて攻撃すれば、お2人を無事に救出できます」


 言いながら刀剣を抜いて両手に持ち、学生は地面を蹴った。

 ふわりと高く舞い、体を軽やかにしならせ、カエルの首を絶ち切る。断面図から黒い靄が噴出されたかと思うと、たった数秒でカエルの巨体は空気中に霧散した。


 そうして数秒経ち、姿を現したのは白マントを被った少女と、彼女を守るようにして肩に抱き寄せる者。



「「「 イスタ様ああああああああ!!!!!」」」


 女性たちの黄色い声声を浴びながら、〝イスタ〟こと本名〝イースター・リリー〟はニッと笑った。


「さすがユーリだな! あのカエル、胃袋の粘膜が意外にも強くてさー。内側から出るのは難しそうだったから、破壊してくれて助かったぜ!」


 学生……、〝ユーリ〟こと本名〝ユウリ・クルマ〟は、イスタとは対照的に眉を顰める。イスタの服はところどころが破れていた。右肩と左の脇腹、左膝が露出している。ユーリは無言で上着を脱ぐと、イスタに手渡した。


「着てください。はしたないです」

「お、ありがと」

「……お転婆」

「悪魔の胃液はすごいな。あれ以上、溶かされてたら、が出てたぜ」

「下品なことを言ってはいけません」




(やっぱりリリー家のイースター様だったのか)


 少女の身柄を引き取りながら、護衛の男は記憶を手繰り寄せる。


 首都リーリウムにおいて、イースター・リリーの名を知らぬ者はいない。


 およそ100年前、リリー家を公爵の位にまで導いた伝説の女騎士〝タイガー・リリー〟の子孫なのだから。


……そしておよそ50年前、当時の王を唆した希代の悪女〝リーガル・リリー〟の孫でもある。


 リーガルの悪行によりリリー家は爵位を下げられ、領土は多く没収された。一時期は没落貴族と笑われたが、イスタの登場により、その流れは変わってきている。


 イスタは、国の誰よりも悪魔を倒す素質に恵まれていた。今回は低級の悪魔だったが、上級の悪魔とも対等に戦える数少ない人材なのだ。


 さらには、


「イスタ様ーーっ!」

「今日も麗しいです!」

「あぁ、あのお方はどうして殿方ではないの? 」

「いえ、もはや女性でもかまわないわ! 好き!」


 類まれな美貌の持ち主、男装の麗人だった。

 男児に恵まれなかったリリー家の跡取りとなった彼女は、決して髪を伸ばさず、スカートも履かない。


 イスタが大衆に向かって手を振る。たったそれだけで耳が痛くなるほどの歓声が沸き上がる。


(悪魔を恐れずに立ち向かい、姫君を救う。しかし能力に驕ることはせず、庶民にも気軽に笑いかける……)


 この容姿で、その性格。


 そりゃモテるだろうな。と、率直に思った。


 現に、救い出された少女もイスタに熱い眼差しを送っているのだから。


「イスタ様がいれば悪魔も怖くないわね!」

「あら、ユーリ様だってとても強いんですからね!」


 イースター・リリーに関する情報をもっと思い出すと、イスタには相棒がいると聞いたことがあった。

 同じく男装をしているユーリという少女だ。彼女もイスタに負けず劣らずの外見をしているため、2人が並ぶと美の相乗効果で大人気らしい。


 もっともっと深く思い出すと、確か去年のバレンタイン、リーリウムで最もチョコを貰った人物は多イスタ、その次がユーリだった。

 護衛は何だか複雑な気持ちになり、思わず苦笑いを浮かべたのだった。

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