06.バーチャルリアリティ

 テッペイは疲れた体を癒すようにその場に座っている。

 そうするとほんの少しずつ、体力と魔力が回復していく仕様になっているのだ。

 ルリカには特に必要のない行為だったが、ほっとするとどっと疲れたので、テッペイの隣に座った。


「本当にありがとね、テッペイ」

「もういいって。また泣かれても困んだよ」

「うん。へへ。嬉しいなぁ、アンジェラフルート」


 これだけ苦労して取ったアイテムは初めてだ。それを、テッペイと二人だけで取ったという思い出ができたのが、また嬉しかった。


「ね、来週はクリスマスイベント始まるよね。クリスマスの日って、なんか用事ある?」

「クリスマスは多分バレー仲間で集まんじゃねーかなー」

「……そっか」

「多分そんな遅くなんねーから。帰ってきたらログインしてやるよ」

「テッペイ、去年もそんなこと言って、ベロベロに酔っ払ってログインしなかったよね?! 信じられませんー!!」

「そうだっけ?」


 テッペイは覚えてないというように、首を捻った。こういう時は本当に首を絞めてやりたい気持ちにさせられる。


「私は、ずっと、待ってたのにさ……待たされ坊主の寂しいクリスマスだったよ、去年は!」

「悪ぃ悪ぃ!」


 テッペイはちっとも悪びれた様子もなく、笑いながら謝っている。

 こういう男なのだとわかっていて、期待する方が間違っているのかもしれないとルリカは溜め息を零した。そんなルリカをみて、テッペイは嬉しそうに笑う。


「じゃあよ、俺のxxxxxxxxxxxx、お前のxxxxxxxxxxxxくれよ」

「は……はああ?? ここでそんな発言する?? サイッテー!!」


 未成年フィルタリングが唐突に掛かり、ルリカはテッペイを睨んだ。


「あ? 待てよ、俺はただお前のxxxxxxxxxxxx」

「やだやだ最低!! なんでそういうことを平気で言えるの、テッペイは!!」


 最低な男だとはわかっていたが、何度もフィルタリングに引っ掛かるような言葉を連呼しているのかと思うと、さすがに気分が悪い。

 ルリカはその場を離れようと立ち上がり、サクッと雪の上に足跡を描いた。


「待てって!! もしかしてフィルタ掛かってんのか? 外せよ!」

「やだ! なんでこんな時に下ネタなんか聞かなきゃいけないのよ! しかも私とだなんて……っ」

「いいからフィルタリング外せって!!」


 サクサクッと音を立てながら立ち上がり、ルリカの手首を掴んでくるテッペイ。

 なぜか彼はものすごく怒った顔をしていて、ルリカはビクリと身を震わせた。


「変なこと言ってねーから!」


 変なことを言ってなければ、フィルタは掛からないはずだ。しかしその言葉に嘘があるようには感じられず、ルリカは騙されたと思って未成年フィルタリングを解除してみた。

 ステータス画面から設定を変更すると、テッペイに告げる。


「解除、したよ」

「おう。あのさ」


 一体なにを言われるのか。先ほどの言葉……お前のナニをくれ、と発言するつもりなのだろう。

 ドキドキとしながら見上げると、テッペイは真剣な顔で。


「俺の携帯番号教えっから、お前の携帯番号を教えてくれ!」


 と言った。まさかの、携帯番号。


「……へ? それ……だけ?」

「おう。リアル連絡とれねぇと不便じゃね? 交換しとこうぜ。俺の携帯番号は〇九〇……」

「待って待って、それでなんでフィルタリングが掛かるの?!」

「未成年のリアル住所とか携帯番号の聞き取りや交換は、ナロウオンラインでは禁止されてっからだろ」

「あ……そ……だったの……最近、犯罪とか多いもんね……」


 テッペイは平気で自分の携帯番号を言い、ルリカは少し戸惑いながらも番号を伝えた。

 ゲームの中での知り合いと連絡先を交換するなんて、実は初めての経験だ。


「これでクリスマスの日、俺がログインしなかったら電話してこれんだろ?」

「う、うん……でも私、電話苦手だからちゃんとインしてよ」

「お前はどこに住んでんの?」

「ええっ?! なんで?!」

「なんでって、近かったらクリスマスの日、会やーいいじゃん」

「はあ????」

「電話嫌なんだろ?」

「そ、そうは言ったけどさ?!」


 テッペイの思考がぶっ飛び過ぎていて、ルリカはもうついていけない。

 脳内が故障しそうなルリカを尻目に、テッペイは平然と告げてくる。


「俺は形岡県の鳥白市に住んでんだ」

「ええええ、それ言っちゃう?! 言っちゃうの、フツウ!!」

「んだよ、別にいいだろ? 誰にでも言ってるわけじゃねーっつーの」


 女になら誰にでも教えていそうなテッペイの言葉を、信じるわけではない。けれども思った以上に近い場所にテッペイが住んでいることを知り、面食らってしまった。


「私……隣の県で、結構近いよ……電車で一時間くらい」

「マジか! じゃあクリスマスに会おうぜ! なんも予定ねーんだろ?」

「ええええ、ええええええええーーーーーー?!」

「なんだよ、嫌なのかよ?」

「嫌って言うか……変なことしないでよね?!」

「しねぇしねぇ!」

「あんた軽いからほんっと信用できないんだけど!!」

「おい、いっつも俺のこと失礼だとか言うけど、お前の方が失礼だかんな?!」


 ネットの中の住人とリアル連絡先を交換したこともなければ、会ったことももちろんない。

 会うのは……正直怖い、とルリカはイケメンの顔を見つめた。

 ルリカはテッペイと違ってリアルフェイスを使用していない。会ってがっかりされるのではないかという不安がどうしても拭えなかった。


「ま、嫌だっつーなら別にいいけどよ。いつも通りゲームで遊ぼうぜ」

「嫌なわけじゃないんだけどさ……私、こんな顔してないよ?」

「ぶはっ!! だーれもルリカのこと、外国人とか思ってねーって!」

「そうだけど、そうじゃなくって……!」

「大丈夫、俺、女なら誰でもいいから!!」

「ほんっと最低だよね?!」


 ルリカの言葉に気にした様子もなくケラケラ笑っているテッペイ。

 そんなテッペイと会おうとしている自分もおそらく普通ではないのだろうと感じながら、ルリカもまた少し笑う。

 テッペイは言葉通り、女なら誰でもいいのだ。つまり、相手がリアルのルリカでも心から喜んでくれる。悲しいことに、そこだけは信用できた。


「いいよ、会おっか。私もリアルでテッペイに会ってみたい」

「ま、俺はこのまんまだけどな!」


 そう言ってテッペイは「帰ろうぜ」と歩き始める。


 テッペイは、熱しやすく冷めやすい性格だ。彼はいつこのナロウオンラインをやめると言い出すかわからない……という不安が、ルリカの中には少なからずあった。

 このバーチャルリアリティの雪の足跡のように、なにも残らず消えていく……

 テッペイの記憶から、ルリカの存在が消えていくかもしれない。それだけは、どうしても嫌でたまらなくて。

 その背中に、ルリカは問いかける。


「ねぇ、さすがにリアル名は教えてくれないよね?」

「ん?」


 サクッと足を止めたテッペイは。


「緑川、鉄平」


 そう告げて、また雪の森を歩き始めた。

 あっという間に消えていく、その足跡を追って。



 ルリカは、鉄平の心に──


 あしあとを、残したくなった。





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次の話は、テッペイとルリカのオフ会から始まる物語です。


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『オタ女の恋は前途多難~だって好きになったのはダメ男なんです~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330651666745275


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『思い出の夏祭り 〜君が私の気持ちに気づくまで〜』

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シリーズでまとめた作品一覧はこちらからどうぞ!

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君とナロウオンライン〜固定パーティを組んでる人はダメンズだけど楽しいです〜 長岡更紗 @tukimisounohana

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