第10話 午前一時二十三分の殺人

刑事は何時だろうと事件が起これば現場に向かわねばならない。

山崎と川口も欠伸を噛み締めながら現場に赴き、川口は通報により先に来ていた警察官から話を聞くと山崎の元へ寄った。

「犯行時刻は午前一時二十三分だと思われるとのことです」

川口から報告を聞いた山崎は首を傾げだ。

「随分と詳細な殺害時刻だな」

「隣人が夜遅くまで配信をしていて銃声が聞こえたのがその時刻だと証言しています。配信用に録画した動画を見ても映っている時計が電波式でちょうど午前一時二十三分を示していました」

「配信?」

「ゲーム実況者らしいですよ」

首を傾げる山崎に川口が説明した。

「ゲーム実況ねぇ、人がゲームをしている場面を見て何が面白いのやら」

「でも、面白い実況者は言葉選びも秀逸で話がとても上手くて楽しいんですよ。今度、僕のおすすめの配信者さんをお教えしましょうか?」

「いらねぇよ。しかしそんな深夜の犯行なんて厄介だな。目撃者もいないだろうしこのアパートのエントランスには監視カメラもない」

「また地道な捜査になりそうですねぇ」

「捜査っていうのはそういうもんだ」

こうして、殺害時刻だけがわかっている事件の捜査が開始された。


結果として、目星い人物は見つからなかった。

「そりゃあ、あんな深夜だもんなぁ。大体の人は寝てるわなぁ」

山崎が証言を纏めた書類を机の上に放り投げた。

「そうですよねぇ、僕も寝ているところを叩き起こされましたもん」

机の片隅に置かれたデスクから川口と山崎のカップにお茶を淹れて山崎の手元に渡す。

殺害された人物はごく普通の若者で、特に殺される程の恨みもなく捜査は行き詰まっていた。

「だがよ、あんな時間にアリバイがある方がおかしいよな」

「まあ、実際に関係者ではお隣のゲーム配信者さんしかアリバイありませんし、無関係ですがゲーム配信をリアタイで見ていた方々しか起きているのは確実じゃあないですよねぇ」

そこまで言って川口は大きく口を開けた。

「そうですよ!アリバイを作るのは犯人しかいないじゃないですか!」

「じゃあ、犯人は隣のゲーム配信者とやらか?」

「多分!調べるだけ調べてみましょうよ。どうせ行き詰まっているんですし」

「そうだなぁ」

山崎は川口の考えを聞いてそれもそうかもしれないと思った。

怨恨の線はない。動機もない。犯人も分からない。分かっているのは殺害時刻だけ。

「調べてみるか」

「そうですよ!まずはあの電波時計が狂っていないかですよね!」

川口は手にしていたカップのお茶を飲み切ると、山崎を急かした。

「そんなに急ぐな。そうだな。まずはあの電波時計がいつ買われたかだな」

捜査した結果、電波時計は量販店にあるありふれたものだったが、殺害日時前日に購入され隣の住人宅に置かれたことが配信の内容から分かった。

時間のアリバイを作った電波時計が前日に購入し画面から見える位置に置かれた。

これには大きな意味があると山崎と川口は考え、調べを深めた。

「お隣さん、被害者と揉めていたそうですよ。夜中に実況配信していてうるさいと被害者から苦情が出ていたみたいです」

川口の報告に山崎はより隣人への疑いを深めた。

「だが、銃声が聞こえた時刻に配信していて、リスナーって奴らがその配信を見ているんだろう?アリバイ証人がたくさんいるんだよなぁ」

山崎がすっかり冷めたお茶を飲み渋面をすると川口が言った。

「それが、実はお隣さん。最近は銃声も飛び交うゲームの実況が多かったのに当日はいきなりほのぼの系開拓ゲームの配信になったんですよ」

「ほう?」

「こういうことなんじゃないでしょうか?もし銃声がゲームの音だとリスナーに思われたらアリバイ証人がいなくなると考えた、と」

「だが、容疑者のお隣さんにアリバイがあるのは時計からも配信時間からも分かっているだろう?まさかリスナー全員がグルってわけでもあるまいし」

山崎がお茶を飲みながら川口に尋ねた。

「それなんですがね。配信が始まるギリギリの時間で殺害時間が被らないんですよ。つまり、殺して自室内で銃声を流したらアリバイになりませんか?」

川口もお茶を飲んで山崎に詰め寄る。

「近い、近い。離れろ。そうだな、それならお隣さんも被害者を殺すことが出来るな」

「でしょう!」

川口は得意気だ。

「だか、それは状況証拠だけだ。確実な証拠がないと引っ張れないぞ」

山崎の言葉に川口は肩を下げた。

「そうなんですよねぇ。確実な証拠。それがないんですよねぇ。いっそ家宅捜索して銃声の鳴っているものを探してみます?」

「あれから何日経っていると思っているんだ。もうとっくに消しちまっているよ」

「ですよねぇ」

二人揃ってお茶を飲む。

「もう一度配信見てみるか」

「そうですね。あっ、新しい配信がありますよ」

「ちょっと見てみるか」

配信内容は、配信者の隣室で起こった殺人についてだった。

『ちょうどね、先日の夜中一時二十三分に起こったんだよね。あ、覚えているリスナーさんもいらっしゃいますね!いやぁ、驚いたのなんのって。通報してから警察官に色々聞かれるし、人生初めての体験でしたよ』

その割には驚きよりどこか誇らしげな口振りだ。

それからもペラペラと当日のことを饒舌に語る。

「人が亡くなってんのにそれすらこんな風に話題にすんのか」

「でも、この間の配信以降リスナーが増えたって言っていますよ。皆さん、どこかで非日常なことを望んでいるんでしょうか」

「どうだかなぁ。俺達には殺人なんて日常みたいなもんだけどな」

お茶請けの煎餅を食べながら配信を見続ける。

「おい、お前ちょっと『犯人はお前では?』ってコメントしてみろよ」

「ええっ!?」

「それで相手の反応を見たい」

川口は溜息を吐いて山崎の指示に従った。

『あっ、コメントありがとうございます!…犯人が俺?ははっ、嫌だなぁ。そんなわけでないじゃないですか。現に、俺には配信していたっていうアリバイがありますしね』

しかし、そこから急に話題を変えた。

不自然な程に。

そこからリスナーが色々憶測をコメントしだして山崎と川口の推理を言い出すものもいた。

『ああ!もう!違うって言っているじゃないですか!今日の配信は終わります!次回からサバゲーの続きやります!』

そう言ったきり、配信は唐突に終わった。

「奴さん、慌てていたな。かなり苛ついていた」

「そうですねぇ。でも、ボロでも出すかと思いましたが、なかなか尻尾を出しませんねぇ」

被疑者は疑われたまま灰色の人としてマークされた。

配信は、予告通りサバゲーに戻された。

「結構リアルな音ですね」

「これなら実際の音と間違われないな」

またもや配信の様子を眺めながら感想を言い合う。

「最近のゲームの音楽はこんなに鮮明なのか」

「そうですねぇ。こんなんじゃ犯行当日にこのゲームをやっていたって区別がつきませんよ」

「ずっとサバゲーをやっていたんだろ?犯行当日に急に違うゲームやっているなんて不審に思う奴はいなかったのか?」

「居たみたいですよ、だから配信者の話題の中でも不自然すぎるって、本当は犯人なんじゃないかって噂が飛び交っているみたいです」

川口の言葉に山崎は視線を画面に戻した。

「噂、ねぇ。それに賭けてみるか」

「はい?」

「この間も思ったが短気な性格みたいだからな、噂に乗っかろうって話だ」

「はぁ」

頷きながらも川口は頭にハテナを浮かべて首を傾げた。


それからの配信者の噂話では、件の配信者が怪しい。警察も目星をつけて調べている。実況の内容を突然変えるのはおかしかった。被害者の知り合いでアリバイがあるのはこいつだけだから逆に犯人だからこそアリバイが必要なのでは?などいった書き込みが増えた。

元から中堅以下の配信者だったので、注目を浴びて最初は満更でもない様子だったが、火元が大きくなる度に弁解の配信が増えた。

その配信を見ながら何かしら尻尾を出さないかと注意深く見ていると、どんどん日が経つにつれて苛々していくのが分かった。

『やっていないって言っているだろう!?なんでこんな陰口を言われなきゃいけないんだ!時計だってパソコンの表示だってリスナーだって犯行時刻にここに居たって証明してくれている!なんでそんな話題ばかりしているんだ』

怒りに身を任せて怒鳴る男の目にコメントが目に止まった。

『状況証拠しかないんだから頑張れ?ああ!ああ、そうさ!どんなに警察や部外者が憶測を立てようが物的証拠がない。誰も捕まえられない』

山崎は瞬間的にパソコンが置かれている机の1番下を見たのを見逃さなかった。

「行くぞ、川口」

「はい!山崎先輩!」


ピンポーンと深夜に軽快になったベルの音に、家主は不機嫌そうに出てきた。

「どちら様ですか?」

「警察の者なんですがね、ちょっと部屋を調べさせていただきたくて」

「は!?警察!?なんで!?」

「川口、行け」

「はい!お邪魔しまぁす!」

川口は家主が引き留めようとするのも軽々振り切って机の1番下の引き出しを開けた。

そこにはビニール袋に入った拳銃が置かれていた。

「山崎先輩、ありましたー!」

「そうか。署に同行していただけますね?」

配信者は項垂れて頷いた。

「あ、せめて配信のスイッチは切ってもいいですか?」

山崎は頭を掻くと了承した。

「えー、リスナーのみなさん。物的証拠が見つかってしまいました。日本の警察って優秀ですねー。というか、この配信を事件が起きてから監視されてたんですかね?だとしたらリスナーにそういう人物がいると思うと誰が見ているか分からなくてちょっと怖いですね。今更だけど!それじゃあ、今までありがとうございました!」

ぺこりと頭を下げると、そのままスイッチをオフにした。

「行きましょっか」

「随分と軽いんですね」

川口が証拠品に素手で触れないように手袋をして持ち前のビニール袋に入れて封をした。

「いやぁ、いつかはバレるだろうなぁと思っていましたし。風潮もそんな感じでしたしね」


配信者から犯人になった男は粛々と罪を認めた。

大まかなことは山崎と川口の推理通りだった。

「やっぱりあれですね、銃の捨て方が分からなくて検索しても出てこなくてどう処分したらいいか分からなくてそのままにしていたのがまずかったですかねー」

「そうだな。実弾もまだ残っているし、むやみやたらに適当に捨てられなくてよかったぜ」

「銃ってどうやって捨てたらいいんですか?」

「僕も捨てたことがないから分かりません!」

川口が元気よく答えた。


銃を軽々しく捨てる馬鹿な相手じゃなくてよかったと山崎はまだ熱いお茶を飲んで舌を火傷した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある警察署内シリーズ 千子 @flanche

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ