禁忌 2
「……余は……妻を騙していた」
「だま、す?」
閻魔大王の言葉に鏡子は頭が真っ白になる。
騙すとはどういう意味なのか、何を騙していたのか。そもそもどうして騙そうと思ったのか。いろいろと聞きたいことはあったが、ひとまず鏡子は閻魔大王の言葉に耳を傾ける。
「余が妻と最初に出会ったのは妻が四歳の時だ」
―鏡子 四歳―
閻魔大王は視察のために現代に来ていた。ここ最近の地獄は罪人が増えてきている。
戦争か、それとも飢饉か……。
その謎を突き止めるためであった。だが調べていくうちに現代は奇妙なことになっていると分かっていく。
戦争でも飢饉でもない――。地獄という存在を人々が信じなくなっている。
「信仰心の欠如、か」
閻魔大王は思わず肩を落としてため息を吐いた。この後、さらに罪人が増え続けると裁判も同じ数だけ増えていく。
しばらく休めそうにないな。
閻魔大王は自嘲めいた乾いた笑いを浮かべた。
「さて、どうするべきか……。いや何も出来ないのだが」
地獄の者が生きている者に言葉をかけることは禁忌だ。閻魔大王が現代の人に声をかけることは出来ない。この世の
閻魔大王はもう一度ため息を吐いた。その時。
「何が何も出来ないの?」
「!?」
後ろから声をかけてきた人物がいた。閻魔大王なりに周囲に気をつかっていたはずだが。自身でもまさかここまで信仰心が欠如していると思わず混乱していたのだろう。気配に全く気付かなかった。
閻魔大王は歯を強く噛みながらゆっくりと後ろを振り返った。
花柄のピンクなワンピースを着た少女が閻魔大王を見上げている。
その少女こそ、玻璃 鏡子であった――――。
閻魔大王は言葉を発しないようさらに強く歯を嚙合わせる。
「ねぇ何が出来ないの」
「……」
「ねぇ」
「……」
「ねえ!!!」
「……」
人間の子供は好奇心が強いと聞いていたが……いい加減しつこい。
閻魔大王はなるべく少女を見ないようにひたすら前を歩き続けた。だが少女は諦めることなく駆け足で閻魔大王の後ろに引っ付く。
「あのね。何も出来ない事なんてないよ」
「……」
「お母さんが言ってた」
「……」
「どんなに悪い人だって一個くらい良いことをしてるんだって。なんだっけ……。えーとカンダタ?って人とか」
「……」
この少女の両親は一体何を教え込んでるんだ……。
閻魔大王は眉をひそめながら少女を気にとめないよう前へ進んでいく。
「だからね。おじさんっ」
「っ」
おじさん!?
閻魔大王は思わず声を上げそうになるのを咄嗟に手で防ぐ。だが閻魔大王がこの少女の発言にさらに驚いたのはこの後だった。
「おじさんも何も出来ない事なんてないよ。大丈夫だよ」
もしかしてこの少女は余を励まそうとしているのか。
閻魔大王は思わず笑みをこぼし、少女の頭を撫でる。少女はキラキラとした瞳で閻魔大王を見つめていた。
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