第9話姿を消す金曜日。何事もない休日

金曜日。

硯は姿を消した。

文字通り姿のだ。

実家に帰ったとかそれだけのことだったら僕だって大騒ぎしたりしない。

昼休みに母親から連絡があったことで不穏な話は始まった。

「しばらくの間、硯が無断欠勤しているって会社から連絡が来たんだけど…。直樹くん何か知らない?」

今思い出してみれば、硯は僕が帰宅する前には着替えを済ませてリビングのソファでスマホをいじっていた。

今年入った新入社員の硯だから定時で上がらせてもらえていたのだろうと勝手に思い込んでいた。

今どきブラック企業など流行らない。

働き方改革とかで新入社員には無理をさせないというのは、どの企業もしていることだ。

先入観で物事を考えていたので失念していた。

硯は会社を無断で休み、ずっと家に居た。

その可能性をすっかりと忘れていた。

そもそも硯が僕のマンションで住もうとした理由も会社を休みたかったからではないだろうか。

実家に居た場合は母親の目がある。

会社を休めばバレてしまう。

だから僕の家に来てバレないように会社を休んだのだ。

でも、どうして…?

答えは出ないまま仕事を終えて帰宅すると硯はマンションから姿を消していたのだ。

もちろん実家に帰ったわけでもなく、何処かに姿を消してしまった。

母親にその事実を告げると謝罪のメッセージを送った。

だが母親は心当たりがあるとのことで落ち着いているようだった。

もしかしたら、無理して落ち着いている風に見せていただけかもしれない。

正直、僕は狼狽してしまったが硯のスマホに連絡を入れておく。

「何処行った?会社も無断欠勤していたらしいな。休日に話をするんじゃなかったのか?僕の家で待ってるからな」

それだけ送ると風呂に入りリビングで時間を潰す。

硯の事が妙に心配だったのでスマホを眺めたまま時間が過ぎていくだけだった。

いくら待っていても通知は来ずに0時を過ぎた辺りで自室に向う。

仕方なくそのまま眠りにつくと次の日の休日を迎えざるを得ないのであった。



土曜日も日曜日も硯は連絡の一つも寄越さずに、もちろん僕の家に姿を現すこともないのであった。


硯が消えた…。

そのことで僕の心境にも変化が訪れるとは、この時の僕にはまだ知る由もないのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る