第7話 魔王、困る


「とりあえず、その剣を下ろしてほしい……俺の負けだ」

「わかりましたわ!」


 物騒な大剣をゆっくりと下ろしながら、セイリンは依然笑みを浮かべたままだ。

 

  その姿はまるで狂戦士バーサーカー。まさか狂って戻ってくるなんて。予想外にもほどがあるだろう?


「約束はキチンと守ってくださりますわよね……?」


 ぽそり、とそのセリフを言ったセイリンの表情はあら不思議、先ほどの狂戦士バーサーカーの面影はどこへやら。


 まるで捨てられることを察した子猫のような悲し気な表情を浮かべている。

 普通にこれ、色々な意味で断れないよな……。


「も、もちろんだ。魔王城も、この土地も、何もかも好きにしてくれ。魔王の俺が負けた、ということはそういう事だ。廃業だ廃業」


 まさかこんな早くに魔王としての仕事を失ってしまうなんて。部下である魔族たちに見られていない事だけが不幸中の幸いだ。


 ここまでくればヤケクソだ。


 とりあえずどっか遠い所にでも逃げて穏やかに暮らそうかなぁ、なんてことを思っていると、たいそう不思議そうな表情でセイリンが俺に言った。


「何を言ってますの? 魔王、これからも続けてくださいまし」

「は?」

「だって、わたくしが惚れましたのは『魔王』であるボル様ですわ。魔王で無くなるその時が来るのなら、わたくしはあなたと共にそれを受け入れましょう。ですが、その時が来るまでは、ボル様には魔王で居てほしいですわ」

「……」


 魔王で無くなる時って、やっぱりこの状況なのではないのかなぁ、なんて思いながら、その宝石のような瞳からは少しも嘘のかけらは見えない。


 ひたすらに真っすぐで、魔王で居てほしいと言うその言葉が、心の奥底からのものだということがわかる。


 人間の王女が魔王に魔王でいてほしいだなんて。全く、誰が予想したと言うのだ。


 正直、この王女の最終的な目標はいまいちわからない。


 魔王である俺と結婚するだとか言ってるが、そもそも本気なのかも図りきれない。


 それに、王女が魔王と結婚するなんて、一般的な価値観を持ったそこらの平民が聞けば笑えない冗談だと蔑むだろう。


 それほどまでに愚弄であと先を考えない、所詮、一時の恋煩いだ。


 だけど、少しだけ、ほんの少しだけ、から一人ぼっちでスカスカだった俺の心が埋まったような気がした。


 セイリンはまっすぐに俺を射抜く視線を曲げる事無く、そのまま真剣な調子で次の言葉を紡ぐ。


「だからわたくしは、ボル様の行動すべて肯定し、すべてを愛し、すべてを助力します。ですから……さっさと人間を滅ぼして私とゆったり余生を過ごしますわよ!!!!」


 うーん。やっぱりだめだこの狂戦士バーサーカー


 とりあえず、逃げた方がいいな。魔王として活動することは許してくれるっぽいけど、危険思想が過ぎる。


 同族を滅ぼしてほしいと懇願する王女とかどんな狂信者よりひどいよ。


 俺はばれないよう、魔力を足元に集め、転移魔法を行使しようとした――その瞬間。


 俺の黒いマントがふんわりと揺れ、全身に鳥肌が走る。先ほどと同じように恐る恐る横を見ると、鈍く光る銀色の大剣。


 その切っ先に移る王女の笑みが一層俺の恐怖を駆り立てた。


「どこに、行こうとしてますの?」

「いや、べ、別に……」

「逃げる。なんて愚行、やめてくださいまし? 逃げさせませんし、仮にも逃げられたとして、わたくしが地の果てまで追いますわ♪」

「…………はい」


 俺の返事を聞くと、セイリンは再びにこやかな笑みを浮かべて大剣を下ろした。


――――――――――――――


「はしたない真似をしてしまって、申し訳ありませんでしたわ……乙女がするべきことじゃないですわよね……反省ですわ……」

「あ、うん。あ、いや、そんなことないと思うよ……」

「そうですの? ボル様がそう言うのならそうなんですねっ!」


 子犬のような無邪気な笑みを浮かべながら、セイリンは可愛らしい仕草を見せる。これだけ見れば、ただの美少女なんだけどなぁ。


 内なる狂気がレべチなんだよなぁ……。


 この王女を簡潔に表すと、内なる狂気と無邪気さをバランスを考える事無くごっちゃまぜにした混沌の存在、といった具合か。


 神様はどうしてこんな存在を生み出してしまったのだろうか。そんなことに改めて頭を悩ませながら、とあることを思い出す。


「そう言えば、魔王城に住む、と言っていたな。どこでも好きな場所に住み着いてくれ。それか近くの別荘を用意しよう。どういう所がいい?」

「え、別荘なんていりませんわ? 強いて言うならば、魔王様の部屋に近ければ近いほどいいですわ! というか、おんなじ部屋がいいですわ!」

「えぇ……それは無理……ですよぉ?」


 さすがにこれを断って大剣を首元に突きつけられることは……。


「わ、わかりましたわ……さすがにそうですわよね……」

「あ、うん。納得してくれてよかった」


 キラン、と鈍い光を反射する大剣がもう怖い。


 俺は大剣恐怖症になってしまったみたいだ。


 だってこんな短時間に圧倒的でどうにもならない実力を見せつけられてさ。何度も言うけど、魔王だぜ? 俺。


 こんな事人生に一度あるかないかくらいの事が……いや、無いな。普通の人生だったら無いわ、こんなこと。


「それじゃあ、魔王様の部屋に一番近い部屋はどこですの? そこにしますわ!」

「あー、じゃあ一応見に行こうか」

「はいっ!」

「っ……」


 ぱぁっと、心の底までキラキラと輝いていそうな笑みを浮かべるセイリン。


 彼女は狂戦士バーサーカーで、どんな狂信者よりもやばい奴で、だけど、それらを消し炭にしておつりが帰ってくるほどに、美しい。


 自分で言うのもなんだが、俺は女性経験が無に等しい。会話すらまともにした記憶がない位だ。そんな俺が美の究極体のような彼女に微笑まれれば、言うまでもないだろう。


 僅かな動揺から平静を取り戻すように肺の空気を吐ききり、魔王城の上階へと向かった。

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