第6話 王女、鍛錬す


 あれはまるで、嵐のような一目惚れでしたわ。


 醜悪で、残忍。最恐で、最強。


 魔王はそういう者なのだと、ずっと伝えられてきました。


 けれども、仮面を外した魔王はビックリするくらいに美しくって。


 王城にあるどんな著名な作者の絵画よりも非現実的で、どんな高名な彫刻士の像よりもその存在感は圧倒的。


 それに、人質である私に対し、あんなに人道的な態度。本当に魔王なのかすこし、いえ、かなり疑ってしまうほどでしたわ。


 そしてそんな彼に……ボル様に、わたくしは一目惚れをしてしまいましたの。


 心の中に吹き荒れる、好きだと叫ぶ嵐をなんとか抑えながら、人質としての役目を果たそうと思いましたわ。一応、人質らしい人質の立ち回り方も理解しているつもりですから。


 だけれど。


 あの食事の時はちょっと抑えきれませんでしたわ……。ボル様と一緒に食卓を囲めるという事と、ボル様手作りの暖かいご夕食。


 どれもこれもが私には初めてで、嬉しくなって目の前が見えなくなってしまいましたの。


 そして、告白までしてしまって。ですが問題はありません!


 多少順序は逆になってしまいましたけれど。だけれど、それほどまでに私の恋は熱くって、冷めることなんてないのですから!


 ですが、あの後が問題でしたわ。あれは完璧にキッスの流れではありませんでしたの??


 わたくしもすっごく身構えて、目を閉じて、ボル様が私の肩に触れたと思ったら、一瞬で王城、それも謁見の間にいましたの。


 災難な事に、ちょうど人質であるわたくしの救出作戦を練っている途中だったらしく、さすがに気まずかったですわ……。


 救出作戦はそこでなくなり、わたくしは自分の部屋が無いためにしばらく客室で暮らすようになりましたの。


 そして、そこで考えましたわ。どうして魔王様はわたくしをここ王城に帰したのか。


 そして、わたくし、思いつきましたの。


「ボル様はきっと私の事を心配してくれたのですわ!!! 間違いありませんわ!」


 だって、わたくしが口を滑らせて王国が傾くレベルの情報をさらりと言ってのけたのに、ボル様はまず、わたくしの心配をしてくれましたわ。


 だからきっとそう言うことなんですの!!!!!!!!!!


 そうと分かれば。


「ボル様のところにお戻りしなければいけませんわ!!!!!!!!!!!」


 でも、ボル様の元に戻るには、どうすればいいのかしら。


 きっとボル様は私のことをもうきっと誘拐されませんわ。じゃあ、いつか現れるかもしれない勇者の一行として、魔王城へ向かう?


 それはあまりにも長すぎますわ。いつ現れるか分かったものじゃないですし、勇者が魔王城に向かう時、それすなわち魔王を討伐するときなのですもの。


 そんなの嫌ですわ。


 それじゃあどうすれば……。


「あっ、閃きましたわっっ!!! わたくしが強くなって魔王城に行けばいいんですのよっっっ!!!!」


 そうと決まった私は、全力でトレーニングをしましたわ。


 本当なら騎士団に交じって鍛錬をしたかったのですけれど、お父様やお母さまにばれたら面倒なことになるのは明白でした。


 ですから、独学で武術を学びましたの。


 書庫にある武術指南書を読んだり、部屋で鍛錬に励んだり。時には騎士団の鍛錬を見て参考にしたりしましたわ。


 それで、昼夜問わず鍛錬鍛錬鍛錬鍛錬といった具合にやりまくっていましたら、しばらくたった時、なんというか……行ける気がしましたの!!


 そのままの勢いで武器庫の一番手前にあった手ごろな剣大剣をもって、そーっと誰にもばれないよう、夜が深い時に王城を出ましたの。


 さすがに衛兵もいましたから、その御方には眠っていただきましたわ♪ 


 書庫にあった数百年前の古書がすっごく役に立ちましてよ! 


 ある場所を一定の力で押せば、意識が少しの間だけなくなる『ツボ』と呼ばれるものだったり、その他諸々の『ツボ』を学びましたわー!


 そして、一晩くらい走って、魔族の土地に到着しましたの。そしてそこからしばらく走ると、おおーきな門があって、衛兵のような魔族の方々がいらっしゃいましたので、これも眠っていただきましたわ♪ 


 『ツボ』、魔族の方々にも効くのはすごくラッキーでしたわ!


 気を失って倒れた方々には、恋の病を患った乙女の一度限りのわがままと思って許してほしいですわ♡


 そして、同じようにいくつかの門を突破して、やっと魔王城につきましたの。

 

 やっぱり衛兵さんらしき方々もいらっしゃいましたが、ちょーっとそこはお花摘みに行って貰いましたわ♪


 あとはボル様がいるはずの大広間に向かいましたの。そして、しばらく散策した後、やっと見つけましたの!


 ボル様は私が壊してしまった筈の仮面を被っていました。


 ここまで頑張ってあのボル様の御尊顔が視られないのにちょっとだけ憤りを感じたのはここだけの秘密ですわー♡


 そして私は叫びましたの。


「わたくし、貴方の事を、魔王ボルグロス・イェレゼンザート……ボル様……貴方に一目ぼれしたあの日から、貴方の事が大好きですの! 大大大大好きですの! 愛していますの! だから、結婚を前提に、わたくしを魔王城に住まわせてくださいましっっっ!!!!!」


 と。


 正直、魔王城の大広間に行くことが目的のようなところはありましたから、わたくしの思いの丈をぶつけられてかなりすっきりしましたわ!


 だけど、ボル様の答えは思ったものではありませんでしたわ……なので、決闘を申し込ませていただきましたの。


 はしたないかもしれませんけれど、乙女の一度や二度、決闘しなければいけない時が……きっとあるんですわ!!


 ついでに、仮面を粉々にしておこうと思ったのも、ここだけの秘密ですわよ♪


 そして、決闘が始まりまして、なんというか、びゅんっとボル様の元へ行って、ひゅんって具合に剣を首元にあてたらなんか勝てましたの!! 


 なんだか最近のわたくし、ついてましてよ♪


 それから、ボル様の許可も出て、魔王城に住める事になりましたの! 最近わたくし、本当にラッキーですわ♪


 これから魔王様との生活、十分に楽しんでいこうと思いますわ♡




――――――――――




 こうして、史上最強の王女バグが出来上がったのだった……。

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