第25話 好きにさせてね

「……え、なんで急にそんなこと言うの?」


 夜鶴の頭を撫でていた手を止めて、一心は声を震わせながら聞いた。

 夜鶴はまたそっぽを向いて眼を合わせようとしない。


「……見ちゃったんだよね。日野が昨日の女の子から告白されてるの」


 どうやら、夜鶴は図書室を解錠するよりも前に図書室へと到着していたらしい。

 だから、一心が木陰に告白をされたのを知っている。

 けれど、あの子が木陰だということや告白が嘘だったことなどは知らないようだ。今の口ぶりからして。


「でも、断った。俺が好きなのは旭だから」

「……それも、知ってる。でもさ、よく考えてみなよ。こんな、いつ付き合えるかも分からない相手より、日野のこと好きって言ってくれる女の子の方がよっぽど相手に相応しいでしょ」

「相応しくないけどね。好きでもない相手と付き合ってどうするの? 俺は旭が好きなんだ。旭と付き合うまで誰とも交際なんてしないよ」

「それが、重たくて私を苦しませてるってどうして分かってくれないの!?」


 顔をしかめて、辛そうに吐露する夜鶴に一心は胸が痛んだ。

 これまでに、一心は何度も夜鶴に思いの丈をぶつけてきた。ことあるごとに好きだ、付き合って、と言えば好きにさせられたらね、と交わされる。

 それが、パターン化してしまっていたから夜鶴も呆れて適当に相手をしてくれているだけなんだと思っていた。


 だから、ここまで夜鶴を苦しませていたなんて一心は思ってもいなかった。


「……ごめん。何回も言われても嫌にしかならないよね」

「違う。嫌なんかじゃない。だから、日野は悪くない。全て、日野を好きになれない私が悪いの」

「……旭は俺を好きになりたいの?」

「……なりたいよ」


 そう思っているだけで、夜鶴は一心に恋しているのではないか。

 そんな、呑気で馬鹿で都合のいい考えをしている場合ではないと頭では理解しているのにどうしても一心は顔が熱くなる。


「……最初は、絶対に日野を好きにならない自信があった。でも、日野はいつだってもったいないくらい私に本気だから私も向き合わなきゃなって思って。でも、何回日野から好きって言われてもやっぱりドキドキ出来ないのがもどかしくて……早く日野に好きにさせられないといけないのにって一人で焦って」


 何度も好きと言われたり、付き合ってと言われたら急かされていると思ってしまっても仕方のないことだろう。

 一心に夜鶴を急かすつもりはなくても、早く付き合いたいという気持ちは常に抱いているのだ。夜鶴がそれを感じ取って、自分を追い詰めてしまうことも考えなければならなかった。


「焦らせてごめん。旭を好きにさせられてないのは俺がまだまだだからなんだ……俺がもっと完璧で旭の外見ばかりじゃなくて内面まで見てたらそんな風に焦らせることもなかった。ほんと、俺はダメダメだ」

「日野はダメダメなんかじゃない。私が日野のこと好きになりたいって思ったのも、申し訳なさとかじゃなくてちゃんと日野のこといいなって思ったからで……でも、やっぱり、私の体は何も反応しなくて……。だから、日野にはこんな私なんか放っておいて、ちゃんと日野を好きになってくれる子と幸せになってほしいの」

「そんなこと、言わないでよ。俺は旭と幸せになりたいんだから」

「無理だよ。ここまで言ってくれる日野に対して今も私はドキドキしてない。嬉しいって思うのに体は何も反応してないの」

「大丈夫だよ。旭の体だってちゃんと反応してる」

「勝手なこと言わないで。私のことは私が一番分かってるんだから」

「旭、泣いてるよ」

「……え?」


 感情が高ぶっていて、夜鶴は気付いていなかったのだろう。

 でも、一心はずっと見ていた。

 途中から、夜鶴の目が潤み始めてじんわりと雫を浮かべ始めたことを。


 自覚したからなのか、浮かんでいた雫が夜鶴の頬を伝って落ちる。

 その様さえ、一心には美しく見えた。


「な、なんで、涙が……」

「……俺が思うにさ、旭は嫌なんじゃないかな」

「何が……?」

「俺に彼女が出来ちゃうのが」

「……何、それ。どれだけ前向きに捉えれば気が済むの」

「でもさ、そう思わない? 旭が俺を嫌いになってないならさ、旭は自分を我慢させて俺のことを思ってくれてる。けど、本音は嫌なんだよ。だから、涙が出てきてるんじゃないかな」


 ポタポタと落ちる雫を一心は優しく掬い上げる。

 こういう時はどうすればいいんだろう。

 慰めた方がいいのか。

 抱き締めて大丈夫だよって声をかけてあげればいいのか。

 一心には分からない。


 でも、今すぐにでも夜鶴を安心させて笑顔にしてあげたい。

 それだけははっきりしていた。


「そんなはずない。日野のことはもういいって思ってる。だから、もう私に優しくしないで」

「無理だよ。そうして旭が笑っていられるならそうする。でも、そんな悲しそうに泣いてる旭を放ってなんておけない」

「……放っておいてほしいのに、ほんと日野は余計なお節介焼きだよ」

「仕方ないじゃん。旭のこと好きなんだもん」


 結局、一心はその結論に至る。

 何度告白して失敗しても、夜鶴のことを好きにさせられなくても、一心が夜鶴を好きだということは変わらない。

 だから、夜鶴を諦めきれない。


「……世界には何十億って数の女の子が居るんだから、こんな私なんてとっとと諦めればいいのに」

「その何十億って中から、たった一人の旭を好きになったんだ。簡単に諦められないよ」

「どれだけ私が好きなの。引きそうなんだけど」

「ドン引き上等。ドン引かれればドン引かれるほど思いの証明になるでしょ」

「……ふふ。何それ。考えが安直すぎ」


 クスリ、と微笑む夜鶴。

 いつの間にか涙は止まっていて、目尻を下げている。


「……俺、馬鹿だけどさ。旭のことをようやく少し知ってきたばかりなんだ。だから、時間は掛かるかもだけど必ず好きにさせてみせるからさこれからも好きで居させてくれないかな」

「……私こそ、いつ日野を好きになれるか分からないんだよ。それでもいいの?」

「いいよ。ていうか、旭はもっとわがまま言ってよ」


 しばらく考える素振りを見せてから、夜鶴は試すように視線を向けてくる。あまりわがままを言ってこなかったのだろうか。少しばかり不安がっているように見えた一心は何でも受け入れる覚悟で笑顔を浮かべた。


「……私のこと、ちゃんと日野の目で見て知ってほしい。誰かに聞くんじゃなくて、日野しか知らない私を見つけて」

「しっかり探させてもらいます。俺しか知らない旭のことを」


 それは、ついさっき木陰にも言われたことだ。夜鶴の外見ばかりじゃなくて内面もしっかり見てあげてと。

 一心は外見も内面も夜鶴が嫌というほど見ていくつもりだ。


「他にはないの?」

「……私以外の女の子と付き合わないで。さっき、告白されてるところ見て、すごく胸が痛んだから。日野には私の彼氏……になってほしい」

「はい、なります。なります。今すぐなります。むしろ、ならせてください。一生幸せにしますので旭の彼氏にしてください」


 そんな可愛らしいわがままを言われれば、男なら誰だって彼氏になると立候補してしまうだろう。

 それが何かの罠だとしても思考を放棄してしまうほどの威力があり、一心が目を光らせて食い付けば頭にチョップを落とされた。


「すぐ調子に乗らないで。日野は私のことが好きなんでしょ? なら、その時まで待てるよね?」

「うう……お預けを食らった犬の気分だ。待つけど」


 せっかく、今すぐにでも叶えてあげられるわがままなのにそうは出来ずに一心はもどかしくなるものの、あからさまに落ち込めばまた夜鶴を追いつめるかもしれないと思いしない。

 ただ、残念なのは残念なのでご飯を待つ犬のように舌を出して落ち込んでみせれば夜鶴は口角をあげた。


「それからね、とっておきのわがままがあるんだけど……いい?」

「いいよ。むしろ、そういうのが聞きたい」


 夜鶴は少しばかり言いづらそうに人差し指同士をくっつけては離す、を繰り返しす。

 ツンツンしている夜鶴が随分と子どもっぽく見えて、微笑ましい。一心はいつまでも待つつもりでゆっくりと待っていれば夜鶴がツンツンするのをやめた。覚悟が出来たということだろう。


「あのね、私のこと好きにさせてね」


 無邪気な笑顔を浮かべてさっきよりもさらに可愛らしいわがままを口にした夜鶴を一心はついつい抱き締めたくなる衝動に駆られてしまう。


「……もう、ぜーったい旭のこと好きにさせるから抱き締めていい?」


 身体的接触はなし、と夜鶴をドキドキさせるための条件に出されているので願いは叶わないことは承知しているが一心は言わずにはいられなかった。

 ただ、最初から期待はしてない。


「なーんて、冗談だから気にしないで」

「しないの?」

「……え、していいの?」


 絶対に叶うことのない願いだと思っていたからこそ、夜鶴が聞き返してきたことに一心は目を丸くする。


「ちょっとだけならいいよ」


 嫌がっている素振りを夜鶴からは確認できない。

 それどころか、夜鶴の方から腕を伸ばしてきて、一心は震えた腕を夜鶴の腰に回した。夜鶴の両腕が一心の両脇の下から肩を掴む。

 夜鶴は座っているので綺麗なハグとは呼べない不格好なもの。それでも、確かに両腕の中に夜鶴がいる実感を伝わってくる体温から感じ取り、一心の鼓動は早くなる。


「……ハグってこんな感じなんだ」

「く、苦しかったりしない……?」

「なに、緊張してるの? 声、震えてるよ」

「だ、だって、旭のこと抱き締めてるって自覚したらただごとじゃいられないよ」

「余裕がない日野もいいね」


 耳元で囁かれて、一心はぞくぞくする。


「俺に余裕なんてないよ。常々必死。逆に、旭は余裕過ぎない?」

「んー、なんか、思ってたのと違うなあってなってるからかな。漫画とかだと女の子はすごく幸せそうにしていて、ドキドキしてたけど別にそんなことないから」

「もっと、頑張ります。旭がどうしようもなく嫌がるくらい腕の中で暴れるくらい好きにさせます」

「それは、覚悟しとかないとだ」


 体を震わせて夜鶴が笑う。

 一心は痛めないように、まだ恋人ではない自覚をもって、そっと包み込むように夜鶴を抱き締め続けた。



「んー、なんか、色々言ったからかスッキリしたかも」


 腕を伸ばしながら、どこか垢抜けた夜鶴は気持ち良さそうにしている。

 一心はむふふ、と夜鶴を抱き締めた事実にニヤニヤと口角を緩めていればハッと気付いた。


「そうだ。旭の足。どうしよう」


 捻挫したまま走ったから、夜鶴はかなり苦痛の表情を浮かべていた。

 一心には手当ての知識がなく、どうしようもないまま困り果てていれば保健室の扉が開いて先生が戻ってきた。


「あら、どうしたの?」

「先生っ。旭の足が。旭の足があっ!」


 先生が救世主のように見えて、一心は飛び付いた。

 そのまま、事情を話して夜鶴の足の具合いを見てもらう。


「見た目に異変は生じていないけど痛む?」

「少しだけ」

「そう。全く、安静にって言っておいたのにどうして走ったりしたの?」

「それは、俺のせいです。俺が旭を走らせてしまって」

「違います。逃げようとして走りました。日野のせいではありません」


 一心と夜鶴は互いに矛盾していることを言い、状況がややこしくなる。何か事情があるのだろう、と察した先生がそれ以上聞いてくることはなかった。


「とにかく、痛みが酷くなるようなら病院に行ってきちんとした手当てを受けること。酷くならなくても、痛みが完全になくなるまでは安静にすること。分かった?」

「……はい」


 夜鶴は素直に頷いて約束をする。

 一心はそんな夜鶴を見て、ちゃんと無茶をしないか見守らないとと思った。


「今日のところは親御さんに迎えにきてもらいましょう。状態を説明しておきたいし。電話してくるから旭さんはここで待っていて」


 そう言うと先生は保健室を出ていった。


「日野、今日はごめん。それから、ありがとう。また明日ね」

「旭の親御さんが到着するまで待つよ。一人で待つのは暇でしょ? それに、旭の親御さんに挨拶もしたいし」

「それは、やめて。本当に日野と距離を置かないといけないようになるから……お願い」


 それが、冗談ではなくて本気だということは深刻そうな夜鶴の顔を見れば一発で分かった。

 夜鶴は夜鶴で家族と色々あるのだろう。


「そっか。じゃあ、また明日ね。お大事に」


 旭家がどういう家族構成で夜鶴がどう過ごしてきたのか一心は知らない。

 でも、簡単に踏み込むべきでもない。

 一心もそうだから。


 だから、一心は手を振って夜鶴と別れた。



――――――――――――――――――――

ここまで、お読みくださりありがとうございます。

一つ、距離を縮めた二人でした。

どうにかカクヨムコン終わりまでに規定文字数越えられたので安心です。

2月からは書籍化作品の黒聖女様の原稿作業のため更新頻度は落ちてしまいますが……。


ここまで、少しでも面白かった、と思って頂けましたらフォローや星で応援して頂けますと幸いです。

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