第22話 カッコいいですけど?

「あ、日野じゃん」

「おー、雛森」


 ソシャゲのイベントがある、と言って教室に光流が来ずに一人で過ごしていた昼休み、廊下を歩いていた一心は夜鶴とばったり出会した。


「これから、移動教室?」

「ううん。図書室に本を返しに行って、また借りてきたところ。ほら」


 木陰は胸の前に両腕で抱えていた本を見せてアピールしてきた。

 図書室は放課後しか開いていないものだと思っていたが昼休み中も開いているらしい。


「旭はどうしたの? 委員の仕事?」

「ううん、旭の仕事は放課後で昼休みは別の人が係だよ。旭は歩くの疲れるからって教室でゆっくりしてる」

「そっか。まだ、足痛めてるんだからしょうがないね。本当に何も苦労してないのかな」

「苦労はそれなりにしてると思うよ。まだ、マラソンが終わって二日目だからね」

「だよなあ。もっと、頼ってくれてもいいのに」

「旭は頑張り屋さんだからね。一人で抱え込む節が……って、あんまり、そういうのは教えない方が旭は喜ぶんだった。この事は内緒でお願いね」


 シーッと人差し指を立てて内緒にすることを念押ししてくる木陰に一心も頷きつつ、しっかりと夜鶴の情報を記憶しておく。


「やっぱり、雛森は旭のことをよく知ってるんだな」

「まあ、付き合いは日野より長いからね。そうは言っても高校生からだけど」

「それでも、女の子同士だから旭も話しやすいんじゃないかな。俺にはそういうのはあんまりないし」

「でも、旭の秘密は知ってるんでしょ?」

「それは、そうだけど」

「旭が秘密を打ち明けてるのって私と日野しかいないからそれだけで凄いことだよ」

「でもなあ、あれは、何度も迫る俺を諦めさせるために仕方なく言った……言わせた感が強いんだよ。俺は旭の全部を知りたいけど、旭には隠しておきたいこともあるんだろうなって思うとどうすればいいのか分からない」


 異性の友達と同性の友達というのはどうしても関わり方が違ってくる。話せること、話せないことがあるのも理解している。

 そこを、無理に聞くのはどうなのだろうかと一心は踏み込むのを躊躇ってしまう。


「人には隠しておきたい秘密があるってのも分かるし旭にはどうしたらいいんだろう」

「確かに。誰にも言いたくないことはあるよね、誰にも」


 まるで、木陰もそうであるかのようにしみじみと呟いた。かと思えばすぐに切り替えたみたいに口にする。


「まあ、だから、日野は旭がなんでも話せるような存在になるしかないんじゃない? 時間を掛けてでもさ」

「結局、それしかないか」

「そうだよそうだよ。私が見てる限り、日野には旭もだいぶ気を許してるように見えるしさ」

「え、そう見える?」

「見える見える。だって、男の子に全て預けてるみたいにおんぶされる旭の姿なんて想像も出来なかったもん。驚いたよ」

「そっかあ。そっかそっか」


 一心よりも夜鶴と付き合いの長い木陰が言うのだから信憑性は高く、信じてもいい情報だろう。

 夜鶴はだいぶ一心に気を許してくれている。

 それを、知っただけで一心は舞い上がりそうなほど幸せだ。


「よーし、今日こそ旭の役に立ってドキドキさせるぞ」

「何か旭のためにするつもりなの?」

「いや、昨日もさ放課後図書室に行って旭のために何か出来ないかな、って思ってたんだけど何もすることがなかったんだよ」


 せっかく、気合いを入れて行ったというのに昨日は図書室を利用する生徒が極僅かで夜鶴の仕事も本の貸し出しの対応をするだけ。

 結局、一心は夜鶴を眺めるだけで一日が終わってしまった。鍵を代わりに返してくる、と言っても夜鶴には断られ、一緒に職員室まで行くことしか出来なかった。


「今日もすることはなくてもさ、もしものために旭が委員会の仕事がある日は図書室に寄ろうと思って」

「バイトはいいの?」

「一時間、出勤時間を遅くしてもらったから大丈夫」

「収入源も減るのに……旭は愛されてるね」

「旭の足が完治するまではね。俺は旭のことあんまり知らないから、知っている時はせめて旭のために何かしたいんだ。あ、これは旭に内緒でお願い」


 また夜鶴に迷惑をかけていると思わせないために一心は両手に合わせて木陰にお願いする。

 すると、木陰はクスリと笑って頷いた。


「オッケー。二人だけの秘密だね」

「そういうことで頼む」

「任せといてよ。ところでさ、日野は何してたの? 私と話してるけど用事とか大丈夫?」

「用事とかじゃなくて、とある女の子を探しててさ」

「へえ……旭という女の子がいながら浮気?」

「違うよ。その、昨日初めて会った女の子なんだけど、オレの名前を知っててさ。なんで知ってるのか知りたくなって」


 だから、教室に居てもすることがなかった一心は昼ご飯を食べてから各教室を見て回っていた。

 しかし、これまで見てきた教室のどこにも居なくてこれから夜鶴のクラスを見に行こうとしていたところ、木陰に遭遇したのだ。


 事情を説明すれば木陰と一緒に教室まで行くことになり、廊下を進む。


「その子、同じ一年生なの?」

「それは、確からしい。聞いたから」

「ふーん。でも、旭の目の前で聞いたら機嫌悪くしちゃうかもしれないよ」

「うーん、確かにそうだ。見つけてもそのまま帰るよ」

「そうしな」


 木陰の教室に着いて、後ろの扉から教室の中を覗く。昼休みだから教室にいる生徒の数はちらほらだ。


「どう? 居た?」

「ううん、居ない」


 一心が探しているあの女の子は居ない。

 けれど、誰よりも一心が会いたい女の子は居た。

 窓際最後尾の席で夜鶴が楽しそうにクラスメイトと談笑している。可愛い。


 外から眺めていれば、夜鶴と話していたクラスメイトの一人と目が合った。その子はニヤニヤと笑みを唇を歪ませながら夜鶴に何かを話している。

 かと思えば、すぐに夜鶴が廊下の方を見てきた。足を痛めている夜鶴に無駄な労力を使わせたくなくて、席を立とうとした夜鶴に一心は手で座るように合図を送る。

 けれど、意図が伝わらなかったのか。それとも、わざとなのか夜鶴はひょこひょこと足を庇いながらやって来た。


「日野。こーと何してるの?」

「ちょっと、人を捜してたら雛森とばったり会って一緒にここまで来たんだ」

「へえ。それって、昨日の女の子?」

「うん。名前知られてたのが気になって探してるんだけど、どこにも居なかった」

「ふーん。昼休みだし、どこかにでも行ってるんじゃない?」

「そうかもしれない。まあ、いつか、見掛けたら聞いてみることにするよ」

「それがいいね」

「あ、浮気とかじゃないから」


 余計な言い訳かもしれないが一応、付け加えておけば夜鶴は理解しているように頷く。


「言わなくていいって。私には日野に他の女の子と話さないでって言う権利もなければ、日野が誰と話したって自由なんだから」

「自分の知らない所で日野が女の子と仲良くしてても旭は平気なの?」


 横から木陰が試すようなことを聞く。

 それにも、夜鶴は涼しい顔して頷いてみせる。


「私はそんな心が狭い女の子じゃないから。それに、日野が好きなのは私だって知ってるし」

「へ~随分と余裕だねえ」

「日野の性格考えればこーだって分かるでしょ。私に一途なんだって」

「まあね」

「そんなにも俺のことを分かってくれてるなんて感激だなあ」


 例え、どれだけ魅力的な女の子に迫られたとしても一心の心が揺らぐことはない。

 そう夜鶴も木陰も信じてくれている。

 それはもう、一心が夜鶴のことを好きだという証明になるのではないだろうか。


「やっぱり、俺は旭のことが好きなんだな」

「何を今更なこと言ってるの。そんなのとっくに分かってるよ?」


 夜鶴は不思議そうに首を傾げる。

 光流には恋ではないと言われ、木陰にはいつまでも今のままではいけないと言われ、ほんの少しだけ一心は自分の気持ちを疑った。

 本当に夜鶴のことが好きなのだろうかと。

 でも、今改めて確信した。一心は夜鶴が好きなのだと。


 それならもう、迷うことはない。

 一心はこれまで通り、夜鶴を好きにさせるだけだ。


「あ、ジャムパンマンじゃん」

「ほんとだー。何々、旭に会いに来たの?」

「この前のマラソンは凄かったねえ。旭を背負って学校目指すなんてカッコよかったよ」


 夜鶴の友達なのだろうか。

 話していれば急に囲まれて一心はたじろいだ。でも、褒められていて気分がいい。この子達は悪い子でない、と確信した。


「いや、大したことはしてないよ。旭のためになら俺はなんでも出来るから」


 そう宣言すれば、オーと称賛された。謎の拍手まで起こり、一心は天狗になって海老反りになりながら鼻を伸ばす。


「なんでもってどのレベルまで出来るの?」

「犯罪に関わらない内容だったり、人の限度を超えないレベルのことなら出来るよ」

「すごーい。カッコいいー」

「えっへん」

「みんな、日野をそんなに褒めないで。すぐに調子乗るから」


 庇うように一心の前にさりげなく位置取りしながら夜鶴が口にした。


「俺は褒められたいよ。褒められて伸びるタイプなのでね」

「日野、言っとくけどこの子達、本気で言ってる訳じゃないからね」

「……え、そうなの?」


 すると、夜鶴の友達は気まずそうに目をそらした。それだけで、どういう返答かは察しがつく。


「まあ、正直、おんぶって高校生にもなってされるの恥ずかしいよね」

「うん。普通に誰か人を呼んできてくれる方がいいと思う」

「気が利いてるようで利いてない」


 リアルな女子高生の意見を容赦なく言われて一心の心がグサグサと傷付いていく。


「それに、犯罪に関わらない内容だったりってのもいまいちかな」

「分かる。捕まるようなことはしてほしくないけど、好きな人のためなら捕まるようなこともしてほしいよね」

「だからって、犯罪は絶対にダメだけどビビってるのはダサい」


 女子高生って恐ろしい、と一心は身震いさせた。


「はあ? 何言ってるの? 捕まったら好きな人と気軽に会えなくなっちゃうんだからするもんじゃないでしょ。それに、日野はカッコいいですけど?」


 ちょっと泣きそうにもなっていた一心を守るように言ってくれた夜鶴にその場が凍りついた。


「お、怒っちゃった、旭?」

「別に、怒ってない。みんなが好きな異性に求める条件はそれぞれだから、好きにすればいいし」

「そ、そっか。うん、そうだよね」

「あ、じゃあ、私達は席に戻るね。ゆっくりしていってね、ジャムパンマン」


 いそいそと逃げるように教室に入っていく夜鶴の友達に一心は何も反応出来ない。放心状態の一心の視界にはもう夜鶴しか居なかったから。


「……旭、俺ってカッコいいの? ときめいたことないって昨日は言ってなかった?」

「……覚えてない。もう足が疲れたから席に戻る。そろそろ休み時間も終わるし日野も早く教室に戻りなよ」

「う、うん」


 こっちを向くこともないまま、席に戻っていく夜鶴に一心の頬が熱くなる。


「……俺、死んでもいいって思うくらい今、幸せだよ」

「うん。そういう顔してる」


 満面の笑みを浮かべる一心は木陰に背中をバシバシと叩かれた。

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