Chapter.42(終) 言葉にする
「セシリア、俺と一緒にここで暮らさないか?」
「へっ……」
……えらく素っ頓狂な声をあげたな。
思わず苦笑する。
さあ、俺は言葉にした。セシリアの反応は分からない。
心臓がバクバクとうるさいなかで、長い、時間が流れているような気がする。
不安な気持ちになりそうな頃。
セシリアのその顔は、だんだんと、感極まったように潤み、火照り、そして彼女はぎこちなく両手を広げた。
「だっ、抱きついていいですか……?」
「いやっ……やめろよ」
ペシッと。急にびっくりするからやめてほしい。
妙なことを口走るセシリアに、俺は条件反射的にたしなめてしまいながらも口許の綻びを隠せない。
元の調子を取り戻していく感覚を得る。
ただ、まあ、その一方で、俺は自分の内面と向き直るよう、目線をやや伏せながらも言葉を続けた。
「もちろん、どうするかはお前が決めていい。この二週間をお試し期間と考えて、お前がこっちでの生活を今後も続けていけると思うかどうかはお前にしか分からないことだから……。だけど、俺の気持ちも明かすけど、俺はこれからもセシリアと一緒にいたい」
「私も一緒にいたいです!」
予防線を張ろうとする俺に対し、文字通り間髪入れずにそう言ったセシリアに、俺は目を丸くして驚く。
お前、本当にちゃんと考えて……。
いや、ここで疑ってしまっても仕方がないんだよな。
……………。
じゃあ、きっとそういうことだ。
は、はは、と変な笑い声が出た。
まったく、いままでの時間はなんだったんだと、ほんの少し前の自分が愚かに思えてくる。
盲目というか、なんというか。
いざ正直になってみれば、こんなにも早い話だったなんて。
「……その、残してきた仲間とかは、いいのか?」
「構いません。私はタクヤ殿の護衛役としてパーティーメンバーに配属された時から、帰れぬもの、と覚悟をしてきました。未練はありません」
「俺の護衛役っていうのでここに一緒にいる気なら、言っとくがそれは間違いだぞ。こっちじゃ危ない目にはそうそう遭わないし、鎧を着ることも剣を手に取ることもない」
「大丈夫です。新しいことを覚えます」
彼女のその決意っぷりを見て、俺は噛み締めるように、瞑目する。
俺は、深く息を吸い込む。「だって、」と小さな声で言葉を繋げるセシリアの姿があった。
だから、俺はつられて面を上げた。
「私は、タクヤ殿のことが好きです」
時間が、止まったような気がした。
途端に頭が真っ白になって、思考がその働きを辞める。視界が遠くなるような錯覚を覚える。
俺は目の前のセシリアをしかと、見る。
「だから、私はタクヤ殿と一緒にいたいです」
……それは、決して護衛役であるから。などという理由ではないことの証として。
ほんのりと紅潮した頬。
恥じらいや初々しさを感じさせる口許の動き。
ちょっとしたぎこちなさのある目線の動きに、胸元に手を当てて言葉にする姿は真心を表現するかのよう。
それは、さながら、疑いようのない、
……………、恋、している、やつの、顔。
「っ――」
上手く言葉にできない。リアクションができない。なんと言ったらいいか分からない。
理解した途端、俺のなかでせき止めていたものが、一気に崩れ出してしまう。
ああ、ああ、告白されてしまった。
ああ、言葉にされてしまった。
ある日、ルカに言われた言葉が、頭のなかでフラッシュバックする。
『……でも、優しくないと思うなあ』
曖昧な態度で目を背け続ける俺を諌め、対話することをおすすめしてくれた妹の言葉。
ルカには『なんで付き合ってあげないの?』とも聞かれたな。その時は、無理に関係を変える必要がないからと答えた。
――水瀬に言われた質問がフラッシュバックする。
『あの子に告白されたらどうするの?』
それを水瀬に明かす義理はないと思って『関係ないだろ』と切り捨てた言葉だけど。
その時、俺が思ったのは、きっと、嬉しいだろうな、ってことだった。
『俺が、セシリアの好意に応えられない理由は複数あってだな』
――それは、こちらの世界に帰ってきたばかりの頃。自分でそれを暴いたというのに目の前にいる彼女に対して向き合わないことを正当化するために纏った鎧。
一つは、離れ離れになるから。
一つは、俺があいつに見合わないから。
一つは、友人でありたいから。
いまとなってはどれも答えが出ている。
友人でありたいという思いは変化したことを水瀬との会話から俺は自覚してしまったし、自分を理由に逃げ続けていることが悪いというのは妹から突きつけられた。
そして、俺らはいま別れなくていい選択肢を選べそうになっている。
もう、全部いいんじゃないか?
セシリアがそう言ってくれるなら、俺は。
「………俺も、そうだよ。お前と離れたくない……」
ぽつぽつと、その感情を言葉にする。
面を上げて、真摯に口にする。
「任せてくれ。絶対、絶対――。この世界で何があっても俺がお前を守るし、お前の居場所は俺が保証するから。お前が困らないようにする。お前が、帰っておけばよかったって、帰りたいって、思わないように俺がしてみせるから……」
自分の想いを言葉にする時は、人は、どうしたって脆い。
異世界で旅をしている時は一滴も流すことなかったのに、取り繕えていない俺の肌身の心が露出すると、簡単に目が滲んでしまう。声が震えてしまう。
情けなくて、みっともない。
こんなに、恥ずかしいこともないけど。
「いままで、向き合ってあげられなくて、ごめん……」
逃げていたことを謝罪する。セシリアに辛い思いをさせていたことを謝罪する。
滅多に泣かない俺が潤んでいると、その対面で真っ直ぐ目を合わせているセシリアも、鏡合わせのように決壊ギリギリを踏ん張っているような美人台無しの顔をする。
鼻声の俺は、鼻頭を赤くしながら、風邪っぴきの時とそう変わらないような表情で、セシリアへ、俺から、言葉にする。
「至らないところが多い人間ですが……。どうか、俺と付き合ってください」
「――っ、はい! もちろんです!」
その返事は、やっぱり鼻声で、だけどハキハキとしていて明るくて、つられて俺も声を出して笑ってしまえるような、そんな気持ちのいい返事だった。
心が、軽くなった気がしたんだ。
――――。
――――――。
――――――――。
熱と、余韻と、顔の赤みは、なかなか引かない。
けれど、現実に引き戻してくるものはある。
「どぅほふわっ」
感嘆とも感動とも言いがたい、近い雰囲気で言えば推しキャラに喜びの悲鳴を上げるオタクの鳴き声(※サンプルは友人)みたいな感じのものが、唐突に隣から聞こえてきてぎょっとした。
……………。
病的なまでの白肌に浮かべるにはあまりにもハッスルしすぎている血色と力強い表情で、俺たちのやり取りに目を輝かせるトーキマスがいる。
「これだよこれ……! これが見たかった……! いったい何年待たされたと思ってるんだ、ずっともどかしかったのは仲間の私たちだよ、良かったねセシリア、いや素晴らしい。本当に素晴らしい。これが見られてよかった、おめでとう」
「お前……そんなキャラじゃないだろ……」
お祝いのように盛大な拍手を送ってくるトーキマスに俺は胡乱な目つきを返す。やめろよ。茶化すなよ。ズビビと鼻をかむなよ。というかここに来てお前の知られざる一面なんか知りたくなかったよ。なんなんだお前。
そんな目で俺たちを見てたのか至高の魔術師……?
「と、トーキマス! 手が!」
「ん? ……あ、どうやら時間らしいね」
トーキマスの体の末端から、まるで空気に溶けていってしまうみたいに黄金の光がキラキラと舞っている。いずれそのまま光の粒子へと変換されてしまいそうなトーキマスの姿だ。
「ふふ……。浄化されるアンデッドのようだね……。間違いない」
「言ってる場合かよ」
ふ、ふふ、と不気味に喜んでいるトーキマスに若干引いてしまいながら。
たはーっ、と至極満足しそうな長い息を吐いた彼女は、それから椅子から立ち上がると、おもむろに玄関先へと向かった。
どうやらヒールを履きにいったようだ。
思うところはあるものの、俺たちはそれを見送るように付き添う。
「じゃあ、もう何も問題はないね」
「まあ……俺たちは俺たちで頑張るよ」
「セシリアもいいね?」
「はい!」
晴れやかな笑顔で大きく頷いてみせるセシリアに、トーキマスが、やや寂しそうな顔をする。
見かねて、俺は、
「そっちのセシリアは任せた」
「……うん。もちろん。上手くやるさ」
俺は目の前のセシリアしか守れないから。だから、トーキマスのことを信頼する。
「仲間だからね」
「……こっちは、俺に任せてくれ」
「ふ、ふふ」
「た、タクヤ殿……」
片やニマニマと茶化してきて、片やなんか色付いてくる。別に悪くはないんだけど、慣れない感覚に首を振って俺は苦笑する。
「元気そうな君たちが見られてよかった」
「お前が来てくれて助かった。ありがとう」
何はともあれ、トーキマスが状況を教えに来てくれたから俺は次へ踏み出すことが出来たし、セシリアと向き合えたんだと思う。それは、トーキマスに感謝しなきゃいけないことだ。
「それじゃ、またね」
「達者でな」
「トーキマス、お元気で」
ささやかに手を振り合うセシリアとトーキマス。俺は光に呑み込まれていくような彼女を最後まで見届ける。
……また、がやや気になるものの。普通に考えればいつかの再会を願ってという思いがあるんだろうけど、トーキマスが口にすると何か含蓄がありそうだ。
実は家のなかになんか置いてってるんじゃないか?
まあ、それならそれで別に嬉しいけど。
「さて……」
残滓すらなくなり、トーキマスがいたことなんてなかったかのように綺麗にぽっかりと空間が空いてしまったあと。
俺は、ぐっと背中を伸ばして息を吐いた。
これで、万事解決か。
今後、異世界のことを考える必要はなくなって、俺たちはこれから、改めて、同棲だ。
……とはいえ、大きく過ごし方を変えるようなことは、あまり、ないだろうけども。
一足先にリビングへ戻ると、「タクヤ殿」と落ち着いたトーンで背中越しに声を掛けられて振り返る。
「好きです」
「………………………………………………………………………………………。知ってる」
改まってどうした。一瞬さっきまでのことが夢かなんかなのかと思った。二度目のはずなのにやっぱり慣れることなんてなくて、俺は若干、挙動不審な態度を取る。
セシリアは俯いているせいで、あまり、表情が伺えない。
「タクヤ殿が好きです」
「う、うん」
「好きです!」
「分かってるよ……」
「大好きです!」
「〜〜〜っ、……!?」
こいつ……何を考えてるんだ……!?
ズン、ズン、と一歩近づくごとに何度もそう口にするセシリアに、俺はどんどんと追い込まれていく。気圧されていく。顔を、合わせられなくなる。
目の前に立たれて俺は限界まで顔を背けて、セシリアが俺を見上げてくる。
ともすれば、バクバクと必死に動く心臓の音が彼女にまで届いてしまいそうだった。
「タクヤ殿がっ、大好きです――っ!」
「な……」
タンっと最後の一歩を踏み込んできて、ぎゅぅうう、と強く抱きしめられる。
よろけてしまいそうになるのを堪える。
色々な想いを全て込めたようなハグで、俺は、放心するみたいだった。
「……………」
「……………」
……力が強い、とか抱きつくな、とか色々、いつもみたいに突っぱねたっていいだろうけど、眼下にあるセシリアのつむじを見ていると、セシリアから伝わる温度を感じていると。
そんなことも、出来なくなる。
「……俺も、好きだよ。セシリア」
いままで俺が知らないふりをしていた分。
溜めに溜めた想いを放出させてくれるセシリアに、なす術なく、甘んじて俺は受け入れる。
だけど、この一言は絶対に言っておきたい。
「俺に付いてきてくれてありがとう」
「本当にっ、大好きです……!」
いや……さすがにちょっと苦しい。
ギチギチいってる。さすが騎士なだけはある。
だけど、その抱擁がたまらなく嬉しい。
今日ばかりは、この温もりがあまりにも愛おしい。
そう思うから、彼女の気が済むまで、そうしていてあげようと思った。
……………。
ゆっくりと、持ち上げた手で、少しの気の迷いのあと、やっぱり押し通すことに決め。
ぎこちない動作でセシリアの頭に、ぽん、と俺は手を乗せる。
【異世界から帰還したら、パーティーメンバーの女騎士(ポン)が付いてきた。いや何してんの?:了】
♢―――――――――――――――――――――――♢
ここまでお読みくださり、誠にありがとうございます。
以上で本編を完結とします。
今後は一話完結形式でキャッチコピー通りの『女騎士が現代堪能するだけ』な日々を綴っていく腹積りです。
この物語を良い!と思ってくださった方は、ぜひお気軽に応援、コメント、☆レビューなどを送ってくださると非常に励みになります。
今後とも、『女騎士が付いてきた』をどうぞよろしくお願いします。
環月紅人.2023/05/01
【完結】異世界から帰還したら、パーティーメンバーの女騎士(ポン)が付いてきた。いや何してんの? 環月紅人 @SoLuna0617
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